【第06話】疑惑
「助かります。こんな辺鄙な村の依頼を受けに来てくださって……」
物腰柔らかに、白髪の老人が深く頭を下げた。
「村のはずれにハチが大量発生して困っているんです。このままでは、狂暴化して魔物になってしまうかもしれません。
特にあのあたりには、村で育てているトトラド草があって……あれを失うわけにはいかないのです」
「すぐ駆除します」
レイが静かに応じると、老人は何度も頭を下げた。
「ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」
◇ ◇ ◇
「なんでこんな依頼、引き受けたのよ?」
「お前らから逃げるためだよ」
リズの問いに、レイが即答した。
「なおさらじゃない。依頼なんて受けずに、さっさと行けばいいのに」
「まあ……いろいろとな」
「ここにトトラド村なんてあったっけ?」
カイルが周囲を見渡しながら呟く。
「知らないんです?」
「いや、あんまりこの辺には来たことなかったからなぁ。それより、蜂退治だ!」
「本当にやるのね……」
呆れ顔のリズに、カイルは全身を網と防具で覆いながら胸を張る。
「もちろんだ! ぶっ放してくれ! ハチへの防御は万全だ!」
「いや、ハチじゃなくて……その後の話なんだけど。知らないわよ?」
「俺は囮くらいしか役に立たないからな。レイ様は、お忙しいご様子で?」
「……ふん」
「なんか知ってるんなら、教えてくれよな」
「確実じゃない。何もなかったって話もある」
「ふ~ん……。ま、とりあえず行こうか」
「頑張ってください、勇者様!」
「おうっ!」
◇ ◇ ◇
カイルは勢いよく棍棒を振り上げ──蜂の巣を叩き落とした。
「一つ!」
怒った蜂たちを引き連れ、別の巣へ走る。
「二つ!」
飛び回る蜂の群れの中で、巣を叩き落としていく。
「これで……最後だ!」
三つ目の巣が落ちたその瞬間、カイルは大声を上げた。
「よし、やってくれ!」
「どうなっても知らないわよ……!」
リズとユイが一歩前へ出る。
「……ファイアーストーム!」
火炎の奔流が森を包み──蜂の巣ごと焼き尽くした。
◇ ◇ ◇
一面、焼け野原。その中に、黒く焦げた人型の影がぽつんと残る。
「やりすぎましたか……?」
ユイが申し訳なさそうに呟く。
「一人で十分だったんじゃない?」
「バカだな……」
◇ ◇ ◇
「生き返ったよ、ありがとう!」
カイルはふらふらと立ち上がった。服はぼろぼろ、髪も煤だらけだ。
「焼き殺したのも私たちですけどね」
「蜂よりあんたの方が、回復に魔力使ってるんだけど」
「さすが勇者様だ、恐れ入る」
レイが半笑いで皮肉を言う。
カイルが反論しようと口を開いたそのとき──
「いやあ、ありがとうございます! 長年困っていたので、大変助かりました!」
老人が弾む声でやってきた。
「報酬の件ですが──」
レイが口を開こうとしたが、老人が先に言葉を重ねる。
「もちろんお支払いしますとも! 今日はもう日も暮れますし、ぜひ泊まっていってください。ごちそうもご用意いたしましたので」
「誰かさんが寝てたおかげでね……」
「うるせぇ!」
「では、お言葉に甘えて泊まらせていただきましょう!」
◇ ◇ ◇
老人が立ち去ったあと、レイが静かに言った。
「……最後のチャンスだ。ここで別れて逃げる気はないか?」
「今さら何言ってんのよ。約束したでしょ」
リズが軽く笑いながら返す。
レイは無言で一歩、前を向き直った。その目は真剣だった。
「一つ言っておく。……この村で出されたものは、何も口に入れるな。死にたくなければな」
明日は夜に投稿予定です。