【第16話】残された珈琲
「槍で刺されて外国にさらわれたってどういうことよ!」
黄色い髪を揺らしながら、若いリズが机を叩いた。
「俺もよくわからないんだが」
カイルも腕を組む。
「セレナに呪いで殺されて生き返った? というかなんでセレナとクレインがここにいるんだ」
「私がやったわけじゃありません」
「世界が壊れていくとはどういうことだ」
エミルも頭を抱えている。
騒がしかった。
だが誰も本気で怒鳴っているわけではない。
怒りより困惑が勝っている。
情報が多すぎて、感情が追いついていないのだ。
「あんた達、ちょっと落ち着きなさい」
「おばさんは黙ってなさいよ」
「じきにあんたもこうなるわよ」
「まあまあ……一回整理しようぜ」
「なんでクレインが仕切ってんのよ」
クレインは咳払いをひとつした。
「まず、赤茶の髪のお嬢ちゃんがイユ」
「イユです」
「で、白っぽい銀髪がユイ」
「はい」
「黒でフードかぶってるのがカイム」
「そうです」
「そしてお前らは別の世界から来たと」
カイルや若いリズ、ユイたちを見回しながらクレインが言う。
「私やレイも本来の世界はそっちのようですね」
セレナが静かに付け加えた。
「その世界はトラヴィスによって壊されつつある。あいつは虚無神の力を乗っ取った」
「本来は無害な神なんですが」
カイムが淡々と答える。
「ほっとくと、すべての世界が壊される可能性がある」
「ほんとかねえ、唐突だなあ」
ユウトがぼやくと、カイムが静かに視線を向けた。
「私たちは口を挟まない方がいいわよ」
「そのようだね」
ユウトは肩をすくめた。
「で、こっちの二人についてだが」
クレインがレンとイユを見る。
「別の時間軸で、レンはセレナに呪いをかけられて命を落とし」
「私じゃないですよ」
「未遂な」
「……」
「その後、イユちゃんもそっちで存在を消したと」
「はい」
「で、目が覚めたら……見覚えのあるこの世界にいた、と」
クレインが言葉を切る。
整理しているのか、それとも信じられないのか、しばらく天井を見上げた。
「バグですね」
カイムが言う。
「本来ならありえません。いつまで存在を保てるかは分かりません」
「明日消えててもおかしくないってことか」
カイルが静かに言った。
「その可能性はあります」
「それは俺たちも、なんとなく分かってるよ」
レンが肩をすくめる。
軽い口調だったが、目は笑っていなかった。
「で、俺たちについてだが」
「それはもう聞いたわ、全く」
リズは腕を組んだまま、エミルとリリィを見た。
少しの間、何かを考えるように黙ってから、口を開く。
「別にレイは私の所有物じゃないし、どうこう言う権利があるわけじゃないけど」
言葉を選ぶように続けた。
「褒められたもんじゃないわね」
「本当に申し訳ない」
「すみません」
二人が頭を下げる。
「まあまあ……」
なだめようとする声。
だが、空気はまだ少し重かった。
「まとめてみたが」
カイルが頭をかく。
「意味が分からんな」
「詰め込みすぎでは……」
ユイが呟いた。
部屋の全員が、なんとなく同意するように黙った。
その時、カイムが静かに立ち上がった。
「ちなみにですが」
「なんだよ?」
「トラヴィスがこちらに気づいたようです」
「……は?」
「ここの二人を巻き込むのは得策ではありません」
カイムの視線がリズとユウトに向く。
「移動します」
「おい、勝手に――」
言い終わるより早く、床が消えた。
視界が裏返る。音が途切れ、光が弾ける。
喫茶店の天井が遠ざかり、椅子も机も、珈琲の香りも、全部が彼方へ飛んでいった。
後に残ったのは、二人だった。
「嵐みたいだったね……」
ユウトが呟く。
「うまくいくといいけど」
リズが静かに答えた。
店内には、まだ温かい珈琲だけが残っていた。




