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万能勇者、敗北。そして二度目の人生は最弱から  作者: 虚無しお
第2部2章 さようなら、勇者様
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【第14話】奪われた勇者


「人の港で随分と暴れてくれたようだな」


 低い声が、背後からかかった。


 振り返ると、赤い服を着た男が立っていた。


 年の頃は四十代後半か。

 黒髪をきちんと撫でつけ、わずかに白いものが混じっている。

 深紅の長衣は血を思わせる色合いだが、仕立てはどこまでも上品だ。

 整った顔立ち。穏やかな笑み。ただ、その目は笑っていない。

 値踏みするような視線が、一行をゆっくりと順に舐めていく。


「トラヴィス!」


 セレナが鋭く言う。


 トラヴィスは周囲の惨状を一瞥し、軽くため息をついた。

 まるで散らかった部屋を見るような、そういう息だった。


「さっさと引き上げてくれないか。ここはお前らの国じゃない」


「ク……っ」


 白翼の青年が言葉を詰まらせる。


「そっちのエミリオ王子も、さっさと船でマルカクへでも出て行ってくれないかな」


 エミルは一歩前に出た。無言だったが、目は静かに男を見据えていた。


「すまない」


 トラヴィスはふと視線をセレナへ移す。柔らかくなった、とも取れる表情だった。


「それにしても……よく似ているな。君は僕の家に来てもいいよ?」


「お断りします」


 即答だった。一秒もなかった。


 トラヴィスは小さく肩をすくめた。それ以上食い下がるつもりはないらしい。


「そう。残念だ。——さあ、もうお開きだ。早く出ていってくれよ」


 それだけ言い残し、踵を返す。


 深紅の長衣が翻り、人波に消える。あとには潮の匂いだけが残った。


「……行くぞ」


 エミルの一言に促され、一行は船へ向かう。


 舷梯を上る足音が、やけに大きく響いた。誰も振り返らなかった。

 振り返れば、さっきの瞬間が焼き付いて離れなくなる気がした——レイが貫かれる瞬間が、白い少女の笑みが、光に飲まれていく背中が。


 錨が上がる。帆が開く。低い汽笛が、港を震わせた。


 ロマーレの街並みが、ゆっくりと遠ざかっていく。

 赤い建物も、石造りの塔も、やがて小さな影になる。


 その中に、レイはいない。


 海風が頬を打つ。塩の匂いが、胸の奥を刺す。

 レンは無言で岸を見つめていた。イユが小さく息を吸う。船は、黒い海へと静かに滑り出した。

 波の音だけが、変わらず続いていた。


-


「レイが……負けるなんて」


 セレナが呆然と呟く。声に力がない。


「助けねばならないな」


 エミルの声は静かだった。感情より、覚悟の方が先に立っている声だった。


「でもエミル様、私たちでは……どうしようもないですよ」


 リリィが言う。否定ではなく、現実の話をしていた。


「それでもだ。こちらが巻き込んだ形だ」


「……正直、万能勇者を当てにしてたところあるからなあ」


 クレインが苦笑する。笑いながら、目は笑っていなかった。


「無理に付き合えとは言わない。船が着いたら解散で構わん。セレナもな」


 エミルが視線を向ける。


 セレナは一瞬だけ目を伏せた。それから、顔を上げた。


「私はついていきますよ。……私も、行くところがないんです」


「どういうことだ?」


「私、元の世界で死んだみたいなんですよ」


 船室が静まった。


「その後、なぜか森で目が覚めて……レイがいたから、とりあえずついてきただけです。それだけです」


「セレナもレイ目当てか……」


「最初はそうでしたけど、今はエミル様も大好きですよ!」


「自業自得だな」


 低い声が割り込んだ。


 レンだった。窓の外を見たまま、そこだけ切り取ったように言う。


「なんですか、レイの偽物のくせに」


「俺が本物なんだがな。一応」


 レンは外の海から目を離さない。


「おい、ユイ。レイは見つかったか?」


「イユです。……探してるんですけど、なかなか見つからなくて。イシュタリアにはいないのかもしれません」


「そうか」


「まさか……死んだんじゃ」


 リリィが震えながら言った。声が小さかった。


「死んではいません。生きてます」


 イユがきっぱりと言う。疑いの入る余地がない口調だった。


「……俺たちだけで合流するしかないか」


「合流?」


「行くところがないなら、ついてきてもいいぞ」


「どこに?」


「エルレンだ」


 窓の外、夜の海が広がっている。終わりが見えないほど、どこまでも黒い。


 誰もがそれぞれの思いを抱えたまま、押し黙っていた。

 その先に何が待つのか、エミルにはまだ分からなかった。

 ただ一つだけ確かなのは——船は、もう引き返せない方へ進んでいるということだった。


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