【第12話】二度目の邂逅
ホームは煤と熱気と、無数の人声でごった返していた。
汽笛が鳴る。出発が近い。
そんな喧騒の中で、セレナはクレインを真正面から睨みつけた。
「……なんでついてきてるんですか」
「そう邪険にするなって」
クレインは大きな荷を肩にかけたまま、涼しい顔で笑ってみせる。
飄々としたその態度が、また腹立たしい。
「俺さ、あの羽の生えたやつに手を出しちまったからな。一人でトンズラするより、お前らと一緒に逃げた方が断然お得ってわけよ」
「本音は?」
「危険な薬を試せる機会が、山ほどありそうだ」
間髪入れずの即答だった。
クレインはほんの一拍置いてから、ゆっくりと口角を持ち上げる。
まるで全部分かっていて、それでも言う、という顔で。
「やっぱり!」
セレナが弾けるように声を上げた。
「追い出しましょうよ、エミル様!」
「僕たちには使わないでくれよ?」
エミルは苦笑混じりにそれだけ言う。条件交渉の顔だった。
「分かってますって、王子様」
クレインが肩をすくめる。
「やっぱり甘いですよ、エミル様! わたしと薬師で役割がかぶってるんですって。いるだけ無駄です!」
銀髪を振り乱しながらセレナが叫ぶ。
周囲の乗客が、ちらりとこちらへ視線を向けた。
「落ち着け」
レイが短く言う。
「列車に置いてかれるぞ」
「でも――」
「俺は研究者だ。薬だけじゃない。罠も毒も、細工仕事も一通りこなせる」
「だから危険だって言ってるんです!」
「……目立つな」
エミルが低く、ぼそりと言った。
汽笛が、もう一度高く鳴り響く。
「ほら、乗るぞ」
レイが先頭で階段を上がる。クレインとセレナがそれに続いた。
エミルとリリィは逆方向――個室車両へ続く扉へと向かう。
扉が閉まる。
列車が、ゆっくりと、重い体を引きずるように動き出した。
夜になった。
個室の灯りは落ちていた。あとは揺れだけが続いている。
規則的で、どこか眠気を誘うような揺れ。
でも眠れない夜というのは、そういうものだ。
エミルは窓ガラスに額を寄せるようにして、外を眺めていた。
闇の中、遠い町の灯りが点々と浮かんでは流れていく。
まるで夜空の星が、地に降りたみたいに。
「……床よりはだいぶマシだな」
ひとりごとのように呟く。
「あの、エミル様」
「なんだ?」
「……お城から逃げた時のこと、なんですけど」
リリィの声は、いつもより少しだけ硬かった。
「私、エミル様を城外に出したら、そのまま逃げるつもりでした」
「知ってた」
「え?」
「お前はわかりやすい。だから侍女にしたんだ」
しばらく沈黙が落ちた。列車の揺れと、鉄路の音だけが続く。
「……追い出さないんですか」
リリィは絞り出すように言った。
「ぶっちゃけ、処刑されても文句は言えない話なんですが」
エミルは少しだけ目を細めた。
怒りじゃない。何かを測るような、静かな目だった。
「前にも言っただろ。結果を見ろよ」
「……」
「お前の召喚が成功したから、僕はここにいる。今の僕は、生きてる」
リリィは唇を噛んだ。それ以上、何も言えなかった。
「甘いですよ。エミル様は、やっぱり」
「そうかもな」
エミルは笑ったふりをして、すぐ真顔に戻った。
「それより。お前、揺れに弱いだろ。こっちに吐くなよ」
「吐きません!」
その頃、レイは通路に出ていた。
眠れなかった。
揺れが古傷に響くのもある。
だがそれ以上に、頭が妙に冴えてしまって、どうにも横になっていられなかった。
連結部まで歩き、夜気の入り込む小さな扉の前に立つ。
鉄と油の匂い。外は真っ暗で、線路の音だけがやたらうるさい。
そこに――いた。
暗がりに溶けるような影が、手すりにもたれていた。
自分によく似た青年と、見知った顔の少女。
少女がこちらを見て、静かに口角を上げる。
「奇遇ですね」
「……全くだ」
レイが返すと、青年が一歩近づいた。
その顔は、レイ自身に似すぎていた。
鏡でもこんなにはっきりとは映らない、そういう種類の「似すぎ」だった。
「その顔。納得してない顔だな、いろいろ」
「……どうやらここは、俺の知ってる世界じゃないらしい」
「正解だ」
男はあっさり言った。
「ここは――俺が"レイ"をやっている世界だ」
寒気がした。
言葉が、ゆっくりと胸の奥に落ちていく。
「元の世界に戻る方法は」
レイが問うと、男はすぐには答えなかった。ほんの少しだけ、視線が泳ぐ。
迷っているというより、どこまで話すか測っているような間だった。
「……エルレンへ行け」
「エルレン?」
「そこにヒントがある」
レイがもう一歩踏み込もうとした、その瞬間。
男は肩越しに、夜の闇を見た。
「それと――」
声が低くなる。
「セレナは、例外だ。気をつけろ」
「どういう――」
問いは最後まで言えなかった。
二人の影が、列車の揺れに紛れるようにして、すうっと消える。
最初からそこにいなかったみたいに。
レイは連結部に一人残され、鉄と煤の匂いの中で、ゆっくりと息を吐いた。
例外。
気をつけろ。
意味はわからない。
だが嫌な予感だけが、はっきりと胸に張り付いて離れなかった。
腕の古傷が、じくりとうずいた。
汽笛が鳴る。
列車はロマーレへ向けて、夜を切り裂くように走り続けた。




