【第10話】白翼、雪山に舞う
白翼の青年は、雪原に静かに降り立った。
純白の羽根がゆるやかに広がる。
その視線は、真っ直ぐレイを射抜いていた。
「まさか二人で隊のほとんどを壊滅させるとはな」
低く、不愉快そうな声。
「……何の話だ?」
レイが眉をひそめる。
「とぼけるな。我が隊の大半が消えた。お前と小娘の二人によってな」
「俺じゃないぞ」
レイは剣を構えた。
「どのみち──」
白翼がゆっくりと開く。
「お前はここで潰す」
「これはチャンスだ!」
クレインが叫んだ。
同時に、腰のポーチから試験管を二本抜き放ち、青年めがけて投げつける。
空中で割れた薬液に、クレインが指を鳴らした。
次の瞬間。青い炎が爆ぜた。
雪原を焦がす異様な炎。魔力反応で燃え上がる薬液だ。
だが──炎が消えた時、青年は無傷のまま立っていた。
白翼がかすかに光を帯びている。防いだのだ。
ゆっくりと、視線がクレインへ向く。
「怒らせただけみたいだけど」
ノーランが苦笑した。
「……ほんとに人間かこいつは?」
「二人とも下がれ」
レイが低く言った。
「……あれ?」
セレナが足を動かし、目を丸くする。
「そういえば足が動きますねえ」
「なぜだ?」
「分かりません。でも……術の圧が消えてる」
リリィも頷いた。
「領域外では効果が落ちるのかもしれんな」
「そうかもしれませんね」
「おふたりはいつでも逃げられるようにしておいてくださいね」
次の瞬間。白翼が羽ばたいた。
突風が巻き起こる。雪煙が視界を奪う。青年の姿が消えた。
「上か!」
レイが叫ぶ。直後、白刃が落ちてきた。金属音が弾ける。
剣と剣がぶつかり、火花が散った。
重い。だが速い。
空中から連撃が降り注ぐ。レイは踏みとどまりながら、刃を受け流し続けた。
そこへセレナの鞭が唸りを上げた。
空気を裂く鋭い音とともに、しなる軌道が白翼の青年へ迫る。
「──ちっ」
青年は空中で体を捻り、直撃を避ける。
だがその一瞬の軌道の乱れを、レイは見逃さなかった。
地を蹴る。踏み込みは低く、一直線。刃が翼の影へと滑り込む。
「遅い」
だが次の瞬間、青年の剣が閃いた。弾き上げられるレイの刃。
返す動きのまま、逆袈裟の斬撃が振り下ろされる。
避けきれない。
咄嗟に体をひねるが──肩口を浅く裂かれた。血が散る。
「レイ!」
「かすり傷だ!」
即座に踏みとどまり、距離を取る。青年は愉快そうに笑った。
「隙ありですよ!」
セレナの声。鞭が唸り、青年の足へと絡みつく。一瞬、動きが止まった。
「レイ!」
「分かってる!」
雪を蹴り、踏み込む。横薙ぎの一閃。鋭い斬撃が青年を捉えた。
衝撃とともに、身体が大きく吹き飛ぶ。そのまま──崖の縁を越えた。
「落ちた……!」
ノーランが息を呑む。だがレイは首を振った。
「油断するな」
下を覗き込む。深い谷。雪煙が舞い、底は見えない。
生きているか死んでいるか、判断できなかった。
あの青年が、そう簡単に死ぬとは思えない。
「今は逃げるぞ」
「賛成だ!」
クレインが即答した。
一行は踵を返す。雪を蹴り、山道を駆け下りていった。
白い羽根が一枚、風に乗って舞い上がり──静かに、谷の底へと消えていく。




