【第09話】再会と違和感
ニュクス山の麓に辿り着いたのは、それからさらに二十日ほど後のことだった。
長い行軍だった。
街道を避け、森を抜け、岩場を越え、野営を繰り返す。
まともな寝床にありつけた日はほとんどない。
冷たい地面に背を預けることにも、すでに慣れてしまっていた。慣れたくはなかったが。
「結局二十日ぐらいかかりましたね」
リリィが白い息を吐きながら呟く。
「床で寝るのも慣れたな」
エミルは肩を回し、軽く身体をほぐした。
「私はベッドが恋しいです……」
リリィがため息をつく。
「ここからもきついぞ」
レイが前方を見上げた。
山はすでに雪に覆われている。中腹から上は白く霞み、吹き下ろす風は刃のように冷たかった。
平地の寒さとは種類が違う。骨に届く。
「勘弁してほしいですよ、もう……」
ぼやきながらも、四人は足を止めない。そして──雪山へと足を踏み入れた。
同じ頃。
ニュクス山のイシュタリア側斜面を、二人の男が歩いていた。
腰まで積もる雪をかき分けながら進んでいる。
白衣の男は四十代半ばほど。整った黒髪に眼鏡、
やけに清潔な装いは雪山では明らかに浮いていた。
隣の男も四十代前後、くすんだ外套を羽織り、腰に短剣を差している。
雪を踏みしめる足取りは軽い。奇妙な組み合わせだった。
「もう帰ろうぜノーラン。ここはイシュタリア側だ。連中に見つかったらまずい」
クレインが周囲を警戒しながら言う。
「そう言わずに、もう少し探させてくれよ」
ノーランは雪原を見渡し、目を輝かせていた。
「雪割りの花がそんな簡単に見つかるわけねーだろ。厄介なことになる前に帰るぞ」
「ここまで来たんだ。手ぶらじゃ帰れないさ」
そう言って、さらに奥へ進もうとしたその時だった。
前方の雪煙の向こうに、人影が現れる。
四人。旅装の一団。互いに足を止め、視線が交差した。
「……ノーランじゃないか。少し見ないうちに老けたな」
最初に口を開いたのはレイだった。しかしノーランは首を傾げる。
「誰だい君は? いきなり失礼なことを言うじゃないか」
その言葉に、レイの表情がわずかに固まった。
「クレイン! こんなところで何をやってるんですか」
セレナが続けて声を上げる。
「……誰だよ?」
クレインは警戒を解かないままだ。視線が鋭い。
「こんな美人と知り合いとは、君も隅に置けないね」
ノーランが軽口を叩く。
「知らねえよ。誰だよ」
「どれだけ私があなたの後始末したと思ってるんですか、まったくもう」
「だから誰だよ」
「そなたは何故この山で白衣なのだ?」
エミルが首を傾げる。
「好きだからだ。魔法で汚れないようにしているから問題ないぞ」
「そういうことではないのだが……」
もっと他に気にするべきことがあるだろう、と言いたげな顔だった。
会話が妙に噛み合わない。レイは眉をひそめた。
「……ほんとに俺のこと覚えてないのか? 少し前だが、一緒に旅をしただろ」
ノーランは困ったように笑う。
「うーん……僕はほとんどロマールから出たことがないんだけど」
その返答に、空気が一瞬止まった。
吹雪の音だけが耳に残る。違和感。何かがずれている。
しかしそれを言葉にする前に──
山の風が、不自然に止まった。
次の瞬間。上空から白い影が落ちてくる。
雪煙を引き裂き、翼を広げて降下した。
純白の羽根。神々しい光を帯びたその姿は、山の寒気とは別種の圧を放っている。
「……なぜすんなりと来れたかは知らないが」
青年はゆっくりと地面に降り立った。雪が弾ける。
視線は真っ直ぐレイを射抜いていた。
「ここでお前らは潰す」
白翼が、音もなく広がった。




