【第08話】街を抜けて
森を抜けた先、遠くに街の灯りが見えた。
だがすでに日は大きく傾いている。
無理に入れば足止めを食う──そう判断し、一行は森の入口近くで野営することにした。
焚き火の火が、小さく揺れる。
静まり返った森の中で、エミルが口を開いた。
「さっきの方々は知り合いか?」
「……わからない」
レイは火を見つめたまま答えた。
「顔見知りのようでしたけどねえ?」
セレナが横から口を挟む。
「俺は知らない。ありえない」
即答だった。
「どうだか」
意味ありげに笑うセレナを、レイは睨みもしない。炎を見つめたまま、押し黙っている。
「ともかく助かったので良しとしよう。リリィ──あの者は何だ?」
話題を切り替えるように、エミルが問う。リリィは少し顔色を変えた。
「……イシュタリア聖教会の粛清官です。教会のエリート部隊。狙われたら……もう助からないわ」
「よく知ってるな」
「セントヴェナは、もう終わりです。イシュタリアの傀儡になるのも……時間の問題でしょう」
蒼白な顔のまま、リリィは続けた。
「城の中も以前とは別物です。騎士団も、貴族も、誰が味方なのか分からない……」
「お嬢ちゃん自身は、俺たちの味方なのかい?」
「……私は王子様を守るためにここにいます」
その言葉に、わずかな淀みがあった。炎の揺れる音だけが、間を埋めた。
「その話は後にしよう」
エミルが静かに制した。
「セレナに対しても思ったが、少し甘くないか王子様」
「彼女が貴殿を召喚したから、私はここにいる。何もできない私にとって、彼女は貴重な仲間の一人だ」
迷いのない返答だった。
リリィが口を開きかけ、閉じた。
レイは小さく息を吐く。
「……それは違いないな。まあ、大船に乗った気でいろよ」
「私もいますしね」
「お前は泥舟かもな」
「むう」
小さな抗議が上がる。緊張の中に、わずかな緩みが生まれた。焚き火がぱちりと音を立てた。
「これからどうすべきか?」
エミルの問いに、リリィが地図を広げた。
「北へ向かい、ニュクス山を越えてロマールへ抜けるのが最短です」
「馬車は?」
「三日ほどで着きますが……」
「却下だ。囲まれたら終わりだ」
「では徒歩で。急げば十日ほどかと」
「街も、できれば避けていきたいが……」
「この先の町だけは迂回できません。補給路がありませんから」
「仕方ない。最悪、強行突破だな」
翌朝。一行は意を決して街へ入った。
国境都市──エルノ。
規模は大きくないが、行き交う者の数に対して妙な静けさがある。
人の気配はある。なのに何かが足りない。
男の姿が、ない。
通りを歩くのは女ばかりだった。
「男性や子どもが少ないようですが……どこへ行ったんでしょうか」
「さあな。とにかく早く抜けるぞ」
レイは周囲を警戒しながら歩を速める。
「一応聞くが、道中の宿は?」
「街の外で野宿だ。見つかって死ぬよりマシだろう」
「そうか……」
足早に通りを抜けていく。誰も声を上げない。
誰もこちらを呼び止めない。静かすぎる。
その静けさが、じわじわと不快感として背中に積もっていく。
エミルは気づいていなかった。街の女たちの視線が、全員分、レイたちの背中に注がれていたことを。
一行が街を離れてしばらく後。森の入口近く。
「さて、ここからが大仕事だぞ、ユイ」
「イユですよ、レンさん」
「まだそれ続けるのか?」
「同じ名前の人物が二人いると、色々と面倒ですから」
軽口を交わしながら、二人は森の奥を見据えた。
その先から、足音が迫っている。白い旗を掲げた軍勢。イシュタリアの追撃部隊だ。
「……ちらほら子供もいるな」
レンが低く呟く。
「戦闘不能までにしないとですね」
「結局同じだと思うけどな」
「気分悪いですね、まったく」
イユは小さく息を吐き、手をかざした。
森の奥で、光が弾ける。遅れて、剣戟の音が響いた。
二人の顔から、笑みが消えていた。




