【第06話】イシュタリアへようこそ
橋を渡り終えた、その瞬間だった。
空気が、震えた。
上空から影が落ちる。白翼が翻り、その中心に青年が降り立つ。
年の頃はレイとそう変わらない。
灰を混ぜたような白銀の髪が、風に煽られて揺れる。
整った顔立ちだが、表情は冷たい。
瞳だけが鋭く、生きた刃のように光っていた。
背には、常に顕現したままの白い翼。
羽根一枚ごとに硬質な光を帯び、淡く輝くそれは、神聖さよりも不気味さを感じさせた。
「イシュタリアへようこそ!」
青年は笑う。
「会えてうれしいよ、万能勇者!」
言い終えるより早く、姿が消えた。
刹那──斬撃。
「っ!」
レイは咄嗟に剣で受け流す。火花が散り、衝撃が腕を伝った。
「とにかく森の中へ逃げろ!」
振り向きざま叫ぶ。だが──
「そうしたいのは山々なんですけど……足が動かないんです!」
セレナの声。足元を見ると、淡い光の紋様が浮かび上がっていた。
エミルとリリィの足元にも、同じ紋様。
「何……!」
青年は空中へ舞い戻る。白翼が光を散らし、ゆっくりと羽ばたいた。
「この拘束が効かなかったのは、君が初めてだよ。万能勇者」
口元が歪む。
「楽しませてくれよ」
次の瞬間、光弾が降り注いだ。
レイは魔法障壁を展開し、応戦する。爆音と閃光が橋の周囲を揺らした。
剣を弾き返すと同時に、掌を前へ突き出す。紅蓮の炎が奔流となって青年を飲み込んだ。
橋の上が熱気に歪む。
だが──
炎の中で、白翼がゆっくりと広がった。
「熱いな。でも、この程度か」
炎を切り裂くように、青年が突進する。
「なら、これはどうだ──」
レイの指先に光が収束する。稲妻が一直線に走り、青年の胸元を貫いた。
轟音が空を裂く。だが青年は、空中で体勢を立て直しただけだった。
「あ、あの翼は……教会の粛清部隊……」
リリィが震えた声を漏らす。
「もう……終わりだわ……」
顔面は蒼白だった。
「レイは勝てるのだろうか……」
エミルが呟く。
「勝てますよ」
即答したのはセレナだった。
「本当か?」
「ええ。私たちがいなければですけどね──」
そう言いながら、小瓶を投げる。
「レイ!」
瓶が割れ、淡い光が弾けた。魔力回復薬。光がレイの体を包み込む。
「助かる」
魔力が戻る感覚と同時に、レイの動きが加速した。
剣閃が空を裂く。だが青年は、楽しげにそれを受け流す。
まるで遊んでいるようだった。
「空中が得意なら、付き合ってやるよ」
足元に魔法陣が展開される。風が爆ぜ、レイの体が宙へ跳ね上がった。
空中で剣と剣がぶつかる。白翼が羽ばたき、その衝撃波が橋の下の川面を波打たせた。
「神に選ばれし者を甘く見るなよ」
白翼が眩く輝く。光の刃が無数に放たれた。レイは風を纏い、空中でそれを弾き飛ばす。
「そろそろ飽きてきたな」
白翼が大きく広がる。
「噂の万能勇者も、大したことがない」
「そう言わずに、もう少し遊んでいけよ」
次の瞬間──レイの視界を、閃光が覆った。
「くっ……!」
レイの視線が一瞬だけ地上へ向く。
エミルたちを守りながらでは、動きが制限される。
その僅かな隙を──青年は見逃さなかった。
狙いは、レイではない。
エミルだ。
「メインディッシュは君じゃないんだよ」
口角が歪む。
「甘いね、万能勇者」
刃が振り下ろされる、その瞬間──
横から衝撃が走った。
「なっ──」
青年の体が弾き飛ばされた。橋の近くまで吹き飛び、地面を転がる。
ゆっくりと顔を上げる。
そこに立っていたのは──レイだった。
「お前は……」
青年の瞳が、初めて揺れた。
「誰が甘いって?」
もう一人のレイが、けだるげに剣を構えた。




