【第04話】国境付近の夜
森を切り開いて築かれた都市──ベイク。
街道の左右には伐り倒された切り株が今も残り、開拓の名残を色濃く留めている。
規模は小さいが国境に近く、人の出入りは多い。
傭兵、商人、流れ者。身元の曖昧な者が集まり、夜になっても街の灯りが消えることはなかった。
逃亡者にとって、都合のいい街でもある。
宿屋の一室。
「なんで俺がお前の旦那役なんだ」
レイは露骨に顔をしかめた。
「家族連れの方が怪しまれませんから。体裁が整うんです」
セレナは涼しい顔で答える。
「納得できないな」
「ではエミル様と結婚しろと?」
セレナは肩をすくめ、くすりと笑った。
「……まんざらでもなさそうな顔をしないでください、エミル様」
ぴしり、とリリィの声が飛ぶ。
偽装は単純だった。レイとセレナが夫婦。エミルとリリィが兄妹。
王子の顔は騎士団にも知られている。
だが夫婦連れに紛れれば、そう簡単には疑われない。
一晩でも時間が稼げれば、それで十分だった。
「それより気になるんだが」
エミルが腕を組む。
「セレナとレイは、以前から顔見知りなのか?」
「それは──」
「それはですねえ!」
レイの言葉を遮り、セレナが身を乗り出した。
「昔、悪い人たちに捕まったときに助けてもらったんですよお! トラヴィスって言うんですけどね!」
「勝手なことを言うな。お前も悪い人の側だろうが」
「トラヴィス?」
エミルが眉をひそめる。
「ロマールの代表だろう? 人格者だと聞くが……」
「……え?」
「あいつ、ロマールに逃げのびたのか。ぼんずの地下牢に捕まってたはずだが」
「そんな……まさか……」
セレナの表情が、ほんの一瞬だけ陰った。目が細くなる。
何かを確認するような、あるいは飲み込もうとするような間だった。
だがすぐに、いつもの顔へ戻った。
「あいつのことより、これからどうするつもりだ?」
レイが話を切り替える。エミルも頷いた。
「この街は国境に近い。西へ進めばレイヴァン川だ。そこを越えれば追手も簡単には来られない」
「関所は?」
「森の中にはない。だが対岸の街に入る際、身分照合はされる」
「なるほどな」
「明日の朝に出発すればいい。半日もあれば川を越えられるはずだ」
翌朝。
一行は軽装に着替え、顔を隠すように外套を羽織った。
旅人の波に紛れ、街路を進む。
まだ空気が冷たい時間帯だった。
朝靄の中、石畳を踏む足音が静かに響く。
うまくいけば、昼前には川を越えられる。そう思っていた。
その時だった。
通りの向こうから、赤旗を掲げた一団が現れた。
セントヴェナの騎士団。鎧の擦れる音が、静かな朝の空気を裂く。
レイたちは思わず足を止めた。
「……まさか」
エミルが息を呑む。
「フェイウィックか」
騎士たちの中央にいたのは、白髪混じりの老騎士だった。
重厚な鎧。胸には古い紋章。
年老いてなお、その佇まいには歴戦の重みが宿っている。
老騎士は馬をゆっくりと進め、王子の前で静かに手綱を引いた。そして──
「王子、お久しゅうございます」
深く頭を垂れる。その顔が、ゆっくりとほころんだ。
だがその背後では、赤旗が不気味に揺れていた。




