【第27話】闇への誘い
「まーた、あっという間に着いたわね」
門をくぐったリズが、街を見渡して満足げに呟く。
「今のところ、特に変わった様子はないようだが……」
レイが慎重な目で周囲を見回す。
「洗脳は自覚なく行われるからね。急に襲ってくることだって、全然ありうるよ」
ノーランの声はいつも通り冷静だが、その瞳は鋭く、警戒を緩めていない。
「とりあえず、私の実家の宿に来てちょうだい。落ち着ける場所も必要でしょ」
「俺もか?」とレイが眉をひそめる。
「当たり前でしょ! 単独行動は危険よ」
* * *
リズの実家──宿『スターチルドレン』に足を踏み入れると、ふわりとパンの香ばしい香りが鼻をくすぐった。
「いらっしゃ──あら、リズじゃない。おかえり」
「ただいま、お母さん。ちょっと部屋借りるね」
「いいけど……あら、レイ君もいるじゃない。よかったわね、リズ!」
「おじゃまします」レイが軽く頭を下げる。
「……なんのことだか」リズがそっぽを向いて頬を染めた。
* * *
部屋に入ると、少しの静けさが流れる。
「思ったより大きな街じゃのう」
ムン老師が窓の外を見ながら、感慨深げに呟いた。
「都会ですね」ユイが頷く。
「この大陸でも一、二を争うぐらいの大きな街よ!」
リズが胸を張る。
「お前の街じゃないけどな。……てか、また衣替えか?」カイルが呆れ気味にツッコむ。
「僕のマネかな? 探検家スタイル?」ノーランがニヤリと笑う。
「動きやすい服装が好きなの!」
そのやり取りを遮るように、リズの母が再び顔を出した。
「そういえばユウト君が、夕食をどうかって。お仲間の皆さんもどうぞって言ってたわよ」
「ユウトが!? 行く行く!」
「……その服で行くのか?」
「うっさい!」
結局リズは、ドレスに着替えてから出かけることになった。
* * *
ユウトの家は町でも有数の資産家の邸宅であり、白壁と黒い屋根が堂々とした雰囲気を醸している。
「やあ、リズ! レイも! 久しぶりだね!」
「ほんと久しぶり! 元気してた、ユウト!」
「もちろんさ。君がいなくて寂しかったけどね。今日は食事も用意してあるから、好きなだけ食べてくれ」
「……俺たちは今日帰ってきたばかりなんだが。ずいぶんと用意がいいな」
レイの鋭い視線に、リズが肘で小突いた。
「ちょっと、レイ!」
「あはは、相変わらずだね、レイは。実はぼんずの人から連絡もらってたんだ。君たちが戻るって聞いて、ささやかな歓迎会ってわけさ」
* * *
テーブルには豪華な料理が並び、香りが部屋中に広がっていた。
ムン老師がパスタをフォークで無理やり啜っている。
「師匠、スパゲティは啜ったらいけないんですよ」
「めんどくさいのう……箸が欲しいわい」
「うめーなこれ! 洋食もやっぱいいなあ……あれ? なんか……」
カイルが箸を止める。
「カイル! 行儀悪いですよ」ユイが慌ててたしなめたが、カイルは椅子にぐったりと身を預ける。
「うー、そんなに食ってねえのに……気持ち悪い……眠……」
「食べないのかい、レイ?」
ユウトがレイをまっすぐに見つめる。
「ちょっと、さすがに失礼でしょ! ユウトよ」リズが焦ったように言う。
「わかったわかった、すまなかった」
レイが警戒しながら、野菜の付け合わせにゆっくりと口をつけた瞬間──
頭がぐらりと揺れ、視界が急速に滲んだ。
ぐるぐると、世界が回る。
──意識が、闇に沈んでいく。