【第10話】消された村
「おりゃあ!」
カイルの木の棒が、ゴブリンへ振り下ろされる。
──空振り。
ゴブリンはひらりと身をかわし、くるくると踊るように距離を取った。
明らかに遊ばれている。
「こなくそぉ!」
もう一度突っ込む。やはり当たらない。
足が重い。
思ったよりも、体が動かない。
その隙を狙い、ゴブリンが棍棒を振りかぶる。
「うわっ、やば──」
その瞬間。
炎が走った。
詠唱なしの火球。ユイの魔法だ。
空気が一瞬、熱で歪む。炎の中心だけが白く輝き──ゴブリンは焼き尽くされた。
「おい何やってんだユイ!」
カイルが振り返る。
「もうちょっとで俺が倒せたのに!」
「どこがよ」
リズが呆れたように言う。
「ゴブリン一匹にどんだけ時間かかってんの」
「ちっ……ノリが悪いな」
カイルは棒を下ろした。
悔しさをごまかすように、軽く笑う。
だが、胸の奥は妙にざらついていた。
──弱い。
それが、はっきりとわかる。
レイは少し離れた場所で、腕を組んだまま見ているだけだった。
口も出さない。ただ、評価しているだけだ。
(……くそ)
何も言われない方が、余計にきつい。
そのまま一行は、ハイランド高原を登り、トトラド村へと向かった。
「……村どころか、何もないな」
レイが眉をひそめる。
焼けた跡ではない。
“消された”としか言いようがなかった。
家も、人も、気配も。
最初から存在しなかったかのように、綺麗に消えている。
「夢だったのかしら……」
リズが呟く。
「ここ……地面がえぐれています」
ユイが小さく言った。
「たぶん……私の呪文の跡です」
わずかに視線を伏せる。その表情は読めない。
「トトラド草も焼けたようだね」
ノーランがしゃがみ込み、地面を指でなぞる。
「育てていた跡が残ってる」
乾いた土の匂いが、かすかに立ち上る。
「草もろとも村ごと消すとは……徹底してる」
「村人はどこへ行った?」
レイが周囲を見渡す。
「アンデッドはちらほらいるが、数が合わない。一部は正気を取り戻していたはずだ」
まるで、都合よく掃除された後だ。
「収穫はなさそうだね」
ノーランが軽く肩をすくめる。
「お前が指示したんじゃないのか?」
カイルが睨む。
「なんの目的で?」
「それは……」
「まあ、怪しいのはわかるけどさ」
ノーランは笑う。
「──ほら」
視線を落とす。
「まだ残ってる」
トトラド草が、いくつか地面に残っていた。
「サンプルに持っていこう」
「何のためにだ?」
「この辺りにしか生えない。貴重なんだ」
言いながら、腰から鞭を取り出す。
ひと振り。
遠くの草を絡め取り、そのまま引き寄せた。
「……なんで鞭なんだよ」
カイルが呆れる。
「便利だからね」
ぴしり、と地面を鳴らす。
「手を汚さずに済むし、距離も取れる。あと──」
にやりと笑う。
「見た目がかっこいい」
「曲芸師のつもり……」
リズがため息をついた。
「草拾って終わりかあ……」
カイルがぼやく。
「もう一つ、残念なお知らせがあるわ」
「なんだよ」
リズが淡々と言う。
「お金がない」
風が吹き抜ける。
誰も、何も言わない。
静まり返った高原に、現実だけが残った。




