【第10話】消えた村
「おりゃあ!」
カイルの木の棒がゴブリンに向かって振り下ろされる──が、空を切った。
ゴブリンは鼻で笑うように身をひるがえし、くるくると踊るようにカイルを挑発してくる。
「こなくそぉ!」
再びカイルが突っ込む。が、またしても空振り。
今度は逆にゴブリンが間合いを詰めてきた──が。
「隙あり!」
バシュッ!
木の棒が勢いよく横なぐりに振られ、ゴブリンの頭を叩いた。
「ふっ、甘いな」
自信満々に構え直すカイル──だったが、ゴブリンは怒りの唸り声を上げ、棍棒を振り上げる。
「うわっ、やば──」
そこに炎が走った。ユイの詠唱なしの火球が、ゴブリンを包む。
燃え上がる小さな炎の塊。その中で、ゴブリンが絶命した。
「おい何やってんだユイ! もうちょっとで倒せたのに!」
「どこがよ。ゴブリン一匹相手にどんだけ手こずってんのよ」
リズが腕を組んで呆れた顔をする。
「ちっ、ノリが悪いな……」
カイルが悔しそうに木の棒を下ろす。
一行はそのまま、ハイランド高原を上り、トトラド村へ向かった。
「……村どころか、何もないな」
レイがいぶかしむ。
「夢だったのかしら……」
リズも呟くようにあたりを見渡す。
「ここ、地面がえぐれています。たぶん……私の呪文の跡だと思います」
ユイが小声で告げる。
「トトラド草も焼けたようだね。育てていた跡がまだ残ってる。でも、草もろとも村ごと消すとはね……豪快だな」
ノーランが地面を蹴りながら言う。
「村人はどこへ行った? ちらほらアンデッドらしきのはいるが、数が少なすぎる。一部は正気を取り戻していたはずだが……」
レイが警戒するように視線を巡らせる。
「わざわざ足を運んでもらって悪いけど、収穫はなさそうだね」
ノーランが肩をすくめる。
「お前が指示したんじゃないのか?」
「なんの目的でだい?」
「それは……」
「僕が怪しいのはわかるけど……おっと、ほら、まだいくつかトトラド草が残ってる。サンプルに持っていこうか」
「何のためにだ?」
「この高原周辺にしか生えてないんだ。地味に貴重でね。薬草として研究してもいいし、売ってもいい」
ノーランはおもむろに腰から鞭を取り出し、ひと振り。遠くの草を絡め取って手元に引き寄せる。
「……なんで鞭なんだよ」
カイルが思わずツッコむ。
「便利だろ? 手を汚さずに物を拾えるし、距離もとれる。あと──」
ぴしり、と地面を鳴らして笑う。
「見た目がかっこいいからね」
「あんたのそれは曲芸でしょ…」
呆れるリズ。
「草何本か拾っただけで終わりかあ」
カイルが投げやりに言う。
「もう一つ残念なお知らせがあるわ」
「なんだよ」
「お金がない」
三人の沈黙だけが、静かに風に溶けていった。