【第01話】万能勇者、散る
レイは、強かった。
剣でも、魔法でも。
幼い頃から周囲に「天才」と呼ばれ、勝てぬ相手などいなかった。
回復魔法さえ扱えた。仲間は必要ないと思った。
足手まといを引き連れて歩くくらいなら、自分ひとりで進む方が早い。
そうしてレイは、たった一人で──魔王の城の最奥までたどり着いた。
「ココマデ一人デ来タノハ、誉メテヤロウ」
奥から声が響いた。
姿を現したのは、漆黒の鎧に身を包んだ異形の存在──魔王。
その圧倒的な気配は、これまでのどんな魔物とも違っていた。
レイは剣を抜き、魔王に挑んだ。
勝つ自信はあった。最初は自分が押していると思い込んでいた。
道中の魔物と同じように、少し威圧感のあるでくの坊と変わらないと感じていた。
──魔王が本気を出すまでは。
「人間ニシテハ、ヨクヤッタ。ダガ──我ガ強スギルノダ」
その言葉が事実だと、レイはすぐに思い知らされる。
剣を振るえば、空を切る。魔法を放てば、かき消される。
今までの自分の戦いは、相手にとってはチャンバラごっこに過ぎなかったのだ。
いや、それすら及ばなかったのかもしれない。
回復すら間に合わず、気がつけば膝をついていた。
「くっ……!」
歯を食いしばる。
ここまで、どんな敵も一撃だった。誰よりも強いと信じて疑わなかった。
だが、それはただの“思い上がり”だったのかもしれない。
「モシ仲間ガイレバ、我ヲ倒セタカモシレンノニノウ」
魔王が、ゆったりと立ち上がる。
その隣に、ふと“誰か”の気配が現れた。
黒衣に身を包んだ人物。顔を仮面で覆い、男か女かも分からない。
魔王の側近だろうか。しかし、青年はその正体も名も知らない。
「人間など、何匹集まろうが無駄なこと」
仮面の人物は、嘲るように口元を歪めた。
「殺サズニ、帰シテヤロウ」
魔王が言う。だが、それは慈悲ではなかった。
その視線の奥には、奇妙な興味と──実験するような悪意があった。
「少しだけ生きられる程度に、力を削ぎましょう。
――生き地獄を楽しみなさい」
仮面の人物が指を鳴らす。
眩い光がレイを包み、世界が白く染まった──
◇ ◇ ◇
「……!」
少年は跳ねるように目を覚ました。
目を開けた瞬間、太陽の光が目に入ってきた。
昼過ぎだろうか?
呼吸が苦しい。体が重い。
(なに……これ……?)
視界がぶれる。立ち上がろうとするが、足がもつれて倒れそうになる。
手足が細い。筋肉がない。
まるで、自分の体が“別の誰か”のものになったかのようだった。
「おい坊主、大丈夫か?」
日差しと共に声が飛び込んできた。
目に入ってきたのは、体格のいい中年の男。
ごつごつとした顔に、あごひげ。手には薪の束を抱えている。
「こんなとこで寝てると、身ぐるみはがされるぞ。まったく、見たことない顔だな……どこから来た?」
言葉が出てこない。
何もかもが理解できず、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
無敵の強さを誇り、一人で歩き続けてきた彼の人生は──今、音を立てて崩れ始めていた。
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