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【第01話】万能勇者、散る


 勇者レイは、限界だった。

 弾かれた剣の衝撃が腕を痺れさせる。渾身の魔法は、漆黒の鎧を纏う異形に指先ひとつで霧散させられた。刃も魔力も、まるで子供の落書きを消すように、何の手応えもなく退けられていく。


 玉座の間に、低い声が響いた。


「人間ニシテハ、 ヨクヤッタ」


 空気そのものが震えるような重さだった。声というより、圧だ。


「ダガ──我ガ強スギル」


 魔王。その一言で全てが足りた。ここまでに倒してきたどんな魔物とも、次元が違う。レイは歯を食いしばった。これまで、一撃で倒せない敵などいなかった。誰よりも強いと、疑ったことすらなかった。それが今、音を立てて崩れていく。


「仲間ガイレバ、アルイハ我ヲ倒セタカモシレンノニナ」


 仲間。


 その言葉が、胸の奥の古傷をわずかに抉った。だがレイは首を振る。守る者など、最初からいらないと決めていた。足手まといを作るより、自分一人が最強であればいい。そう信じてここまで来た。


 魔王の隣に、人影があった。


 黒衣を纏い、白い仮面で顔を覆った存在。男か女かも分からない。気配すら掴めない。この場で唯一、レイが「読めない」と感じた相手だった。


「人間など、何匹集まろうが無駄なこと」


 冷たく嘲る声と共に、仮面の人物が指を鳴らした。

 全身を、凍えるような感覚が貫く。

 力が、抜けていく。筋肉が崩れ、骨がきしむ。奪われている。蓄えてきたものが、根こそぎ引き剥がされていく感覚だった。


「殺シハセン。少しシダケ生キテイラレル程度に、力ヲ削イデヤロウ」


 光が弾けた。

 視界が白く染まる。声も、剣も、魔力も、何もかもが遠ざかっていく。沈んでいく。


 目を開けた瞬間、光が突き刺さった。

 昼過ぎの太陽。眩しい。息が苦しい。体が、重い。


(なんだ……これ)


 起き上がろうとして、足がもつれた。腕を見る。細い。筋肉がない。関節が頼りなく、まるで別人の体だった。

 これは、自分の体じゃない。


「おい坊主、大丈夫か」


 顔を上げると、薪を抱えた大柄な中年男が立っていた。ごつごつした顔に無精髭。人の好さそうな目が、こちらを覗き込んでいる。


「こんな所で寝てると身ぐるみ剥がされるぞ。どこから来た?」


 答えられなかった。

 頭が真っ白で、言葉が出てこない。さっきまで魔王の間にいたはずだ。最強だったはずだ。なのに今の自分は、立ち上がることすらできない。


 無敵の勇者レイの人生は、この瞬間、完全に終わった。

 ──そう、思っていた。

ご覧いただきありがとうございました。

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