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星の降る町  作者: 笹霜
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41/42

41.終

数時間前である。


銀河と璃絵を学校へ送り出した咲月は、悟とメイに鋭く指令を下していた。


「お客様が来られるから、応対お願いね」


「はっ…?」


「私より格下ではあるけれど、丁重にもてなす必要がある相手よ」


失礼はないように、との言葉に、メイと悟は素直に頷いた。


場所として指定されたのは庭であった。


玉砂利の上にテーブルが一つ用意され、二つの椅子が対面式にセットされた。


広々とした庭と池を望める、美しい場所であった。


燦々と五月の陽光が降り注いでいる。


木々の全てが新緑に輝くようであった。梢の間から、水面のように光が零れ落ちて来る。


庭の菖蒲が全て満開になろうとしていた。


美しい紫であった。


咲月は、正装であった。


狩衣姿である。


そのまま、安楽椅子に腰かけて、菖蒲の花をただ満足そうに眺めていたのだが、その視線をふっと上げた。


木立の中、メイに先導されて、歩いてくる一つの姿を認めたからであった。


メイの報告。


「玉川令様、御到着です」


その声は少し強張っていた。



―――玉川。



陰陽師五大の家の一つだと、メイも流石に知っている。やってきたのは、その当主である。


―――最近、お嬢様が氷川の家の当主だと知ったとはいえ―――それでもメイにとっては緊張する相手には疑いない。自分達の仕えていたお嬢様が、想像以上にガチンコのお嬢様と知り、最近のメイはやや態度が硬かったのであった。


しかもただのお嬢様ではない。


零落しつつも、それを自力で取り戻したお嬢様である。


ガチのお嬢様であること疑いない。


だから自らの主を誇りに思うと同時に―――硬い気持ちもあるのが本音であった。


咲月は、


「コーヒーをお願いね。私が淹れてあるわ。持ってきて頂戴」


「ただいま」


メイが一礼の後早足で屋敷に戻ってゆく。


残ったのは令であった。


「かけたらどう?」という促しがあって、初めて令は椅子に腰かけ、「何の用かは分かってるわよね?」との問いかけに恐る恐るといった体で頷いた。


そのやりとりだけで、もう明らかに分かるのは、―――咲月が上で、令が下という事実であった。


「簡単に式で連絡は飛ばしたけれど」


「…跡部のコトですよね?」


「跡部どころか多分玉川も、戦っている敵の正体が分かってなかったんじゃないかしら?」


「すみません…」


しゅんと肩を丸めてしまう令は、咲月より数歳年下である。


令と咲月―――中山弥生は、実は数年の付き合いではない。


かなり付き合いは長いのである。


かつて令は、弥生と名乗っていた頃の咲月に、散々世話になった。


令が玉川家を継承する時になって、一つの異能戦争も起こったのだが、その時も助太刀を貰っている。弥生と名乗っていた咲月―――歌手としてのソレの筋金入りの大ファンでもあった。


それから、先輩後輩のような仲で、散々令は世話になっていたのである。


足を向けて寝られる相手ではなかった。


令はきょろきょろと庭を眺めながら、


「…せめて弥生さんが、今、どこにお住まいなのかは聞いておくべきでした…。なら早めに気づけたかも知れないのに」


「そうね。でも私も話さなかったし、変わらなかった気はするけど」


「良いお屋敷ですね」


「氷川家の屋敷の別荘の一つよ。元々荒れ放題だったの。手入れして何とか住んでいるけれど」


「私、こういうお屋敷好きです」


「ありがとう。良ければ後で遊びに来なさい」


メイがコーヒーとお茶菓子を持ってくる。


メイが少し下がったところで、咲月は笑みを浮かべ、


「久々に飲んでみないかしら、私のコーヒー」


「弥生さん一時期滅茶苦茶修業してましたもんね」


「そうね。今の喫茶SSのようなコーヒーなんか淹れてたまるものですかという矜持ね」


コーヒーに口をつけ、「懐かしい味です」と令は洩らした。表情にもそれが表れていた。


「これを飲みながら、ずっと(りん)先輩とか弥生さん、緋鞠、花凛(かりん)ちゃんと話をしていました」


「綸や花凛とはまだ交友を持っているという話だったわね?」


「皆、弥生さんが消息不明というので、心配しているんですが…やはり、言わない方がいいですか」


その言葉に、咲月―――中山弥生は、微かに怒気を浮かべた表情をしていた。微かなものだが、メイと令の背筋を震わせるに十分な迫力があった。


「…私の消息が知りたければ、寮監さんの命日に、お墓参りに来ればいいじゃない。令ちゃんも、緋鞠も、毎年来るから、だから私と付き合いがまだ続いてるんじゃない。毎年毎年、あの湖の湖畔で、私がキャンプ張ってるのは、そのためよ」


その言葉に、令はぶるりと身を震わせた。


文字通り身を縮こまらせながら、


「…じゃあ、これがもし、私ではなく、玉枝や雨宮とかであったら…」


「まあ、戦争をも辞さぬといった形だったでしょうね」


「…お嫌いですか」


「ごめんなさい。あれだけ恩を受けた寮監さんのお墓参りに来ないような奴と友達付き合いをする気はないの」


その言葉に、令は頷いた。



―――玉川令や、朱鞠内緋鞠や、早花咲月こと中山弥生―――。



かつて、『音無一門』や『少女連盟』と呼ばれたことがある異能者達である。


そのいずれもが、『喫茶サンデーサイレンス』一号店を開いた、音無霧夜という異能者に世話になった経験があった。


弥生こと咲月は筆頭であり、一番弟子であり、一番懐いていた存在であった。


アイドルだった咲月、すなわち弥生の住んでいた寮の寮監をしていたので、今でも彼女は『寮監さん』と呼ぶ。


音無門下の少年少女達は、今はいずれもそれなりに形になっていたり、大成していたりする。


緋鞠は弥生の後輩であり、令も勤務はしていなかったが常連であった。玉川もかつて、霧夜の後見を受けていた時期があった。


今は裏世界の大暴力団、雨宮組の第四代となっている、雨宮綸もそのうちの一人である。


かつての咲月の盟友でもあった。


いわば同門のような感覚。


しかし今は違う―――向こうがどう思っているにせよ、と咲月は思っている。


綸は既に師の墓参りに来ない。


ならば私の友ではない。


綸は霧夜亡き後の喫茶サンデーサイレンスを引き継ぎ、拡充し、店舗を広げているが―――咲月はとてつもなく、その方針が、気に喰わなかった。


だから、咲月は、喫茶SSが、嫌いなのである。


そこで展覧会を行うという話があって、即手を引いたのもそこであった。


当然雨宮の息のかかった、異能者のスパイがいることも承知している。


咲月にとっては、今や最も警戒すべき仮想敵の一つですらあった。


「…令とはまだ、友達でいたいとは思っているけれどね」


「今回ゴタゴタありましたけれど、私もそうです」


「割と無茶な迷惑をかけた自覚はあるけれどね?」


「お互い様ですよ」


令は苦笑していた。咲月は一拍の間をおいて、率直な切り込みをした。


「…で。もう、話が伝わっているということは、跡部は玉川本家に泣きついたわね?」


「昨日夜、弥生さんから連絡あった直後にありました」


「間一髪で私の方が早かったわね」


「助かりました。何が起こっているか大体察しはつきましたから」


令は頷いて、


「そうでなければ、玉川家から戦力を出すトコロでした。危ういところでした。弥生さんとこれ以上争うなんて論外ですし」


「…ということは、璃絵ちゃんくれるのね?」


「くれるって」


令が苦笑。咲月は扇子でぽんぽんとテーブルを叩きながら、


「でも実際人材として互いが欲しがるということはそういうことよね?人材の取り合い」


「無論こちらが譲ります。もともと私もそれほど期待してなかったことですし、お付きの有能な子弟なんて玉川派にはまだまだいます。…けど、多分璃絵ちゃんの絵の才覚は、多分、霧夜さん譲りの弥生さんにしか手に負えるものじゃないと思います」


「あら、そこは評価するのね」


「私、弥生さんには劣るかも知れませんが…霧夜さんの絵も大好きですから」


それは咲月も知っていることであった。


腹の立つことに、―――咲月の絵の師でもある音無霧夜の絵は散逸していて、主にこの早花咲月と、玉川令と、他数人に分散しているのである。


令も相当好きものなのであった。


寮監さんの絵を巡って争奪戦もした。


「…持ち上げられちゃったからには仕方もないわね」


「ただ、璃絵ちゃんの絵、見せてくれると嬉しいです」


「そうね。私の絵含めて今度見せるわ。寮監さんの絵も蔵出しで」


「楽しみですね」


頷く令。


そこで咲月は思い出したように、


「ああ、そうそう、それと、申し訳ないとは思ってないのだけれど」


さらりと後悔のない前置きをしてから、


「黒鎧王、木端微塵にしたわ」


「…そうでしたか」


「私の屋敷の目の前まで来て喧嘩を売ってくれたから、爆破したわ。さすがに目に余ったからね」


「良く働いてくれましたが、そんなこともいつかはあろうと思っていました」


微かに惜しむ口調ではあったが、黒鎧王が姉貴分の母に何をしたかは令も承知していた。咎められるものでもなかった。


しかし令が惜しんでいたからこそ、咲月は、このような局面になるまで、黒鎧王を処分も出来なかったのである。


仲が良いからこそできかねることもある―――。


「ああ、そうそう。ついでに時間あるかしら?」


「何でしょう?」


「今年湖畔で令と話した後、一人の男の子を拾ったのよ―――」


それから四方山話が続き。




それからの流れで、令はここ―――星嶺の学長室にいるのだという。




「玉川令じきじきに話があれば、璃絵ちゃんも信じられると思ってね」


そんなさらりとした咲月の言葉に、銀河も璃絵も唖然である。


緋鞠が、


「まあでもベストタイミングというか。上司が出て来たからこちらも上司で対応する的なノリですね」


「私は弥生さんに頭上がりませんけど」


「とりあえず今回の璃絵ちゃんの件はコレで落着よ」


そう言って、早花咲月はニヤリと笑う。


「ただ、所属が玉川から氷川に変わっただけなのかも知れないけれど、それが璃絵ちゃんの望みならば―――」


「じゃあ、弥生さん。璃絵ちゃんをお願いします」


「あら、もう行くの」


「とりあえず、直接伝えて来なくちゃいけませんから」


結局一日朝からずっと居ちゃいましたから、と笑う令。


「今度、また、お話ししましょう、弥生さん」


「そうね―――」


「璃絵ちゃんも、頑張ってね」


そう言って、学長室を後にする令。「送ってさし上げなさい」と命令を受け、銀河は学長室を飛び出した。


令に追いつき伝えると、令は苦笑したが、


「…迷いそうだから、お願いします」


「こちらです」


玄関まで案内する銀河。


自らを先導するその高い背を見ながら、令はつぶやいていた。



「…弥生さんは、変わらない」


「え…?」


「変わらないんですよ」



玉川家当主、令は笑っていた。お淑やかで穏やかで―――それは当初、自分が咲月さんに抱いていたのと似たイメージであったが、多分咲月さんのアレは上辺で…多分令さんのソレは本音ではなかろうかと銀河は思う。


「世話焼きで。自分の夢を追いかける子、そして理不尽にされて困っている子を見ると、放っておけない…」


「…」


「私もかつて、そういう弥生さんにお世話になったんです」


銀河に向けて、令は苦笑した。


職員用玄関で草履に履き替えながら、令はその奥深い眼を銀河に向ける。


「だから璃絵ちゃんのことも、貴方のことも」


「…昔からそうだったんですね」


「そう。昔から。昔から何も変わらない…。私も助けて貰って、今回も迷惑かけたりして…。だから、少しでも…」


令は最後に、振り返りながら微笑んでいた。


「余りないとは思いますけど。弥生さんだけでも困ってるようだったら、私に連絡寄越すよう、少し言ってみてください。私も、少しでも、弥生さんの真似が出来たらって、そう思ってるのは、事実ですから」


「玉川さん…」


ふっと儚げな笑みに、銀河は直立不動の姿勢を取って、それから礼をした。


「…確かに伝言、承りました」


「お願いしますね」


「はい。お気をつけて―――」


放課後の陽光の中に、白い狩衣姿が溶けて消える。




それを見送りながら、宮原銀河は、長い溜息をついていた。





―――星ヶ嶺の五月は、まだ半ばを迎えたばかりである―――。

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