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五十六話「鬼の花嫁」



唖然とする私の腕をがっしりと握りながら、山吹様は立て板に水とばかりにつらつらと喋った。


「茜。これは僕の罪です。僕はずっとこのひとに恋をしていました。……でも彼女はあなたと婚約した。

 お互いに好き合っていると聞き、僕は恋心を封じることにしました。せめてあなたと彼女の良き友で居たくて。

 だけど真実は違った!あなたと彼女は恋をしていない!それならばと勇んだ僕は、紅緋様に問いかけ、僕こそが彼女の婚約者になる了承を得ました。……茜。僕の婚約者にこれ以上の危害を加えることは許しません。その剣を下げて、大人しく僕たちを見送って」


はったりだ。

紅緋さんが会いたい時にすぐに会ってくれて、簡単に言い分を変えてくれるわけがない。

けれど何故か山吹様の言葉を蘇芳くんは信じたようで、刀を地面に投げ捨てた。

それを見届けてから、山吹様が私の腕を引いて転霊石に手を触れる。

蘇芳くんから目を逸らさないようにしていたけど、彼はこっちを見るばかりでなにもしない。


……なにか、言ったほうがいいのかな。でも、山吹様の発言の意図もよくわからないし、下手に蘇芳くんを怒らせたくはない。

折られた小指がずきずき痛む。

……このままなにもしないのが、一番なのだ。


そう思うのに、蘇芳くんから目が離せない。


――なにか取り返しのつかないことを、したんじゃないのか?

――彼に聞かなければならないこと、聞いてほしいことがあるんじゃないか?


もやもやした気持ちは晴れないまま、私は紅緋さんの屋敷にワープした。そして山吹様に手を引かれるまま、山吹家にワープした。そこで糸が切れたように、山吹様が地面に倒れこむ。とっさに支えたけど、私たちふたりは仲良くご先祖が眠る土の上に座りこむ羽目になった。

それから山吹様は長い長い沈黙の末。


「生きている喜びを感じます」


なるほどなるほど。

山吹様も蘇芳くんに殺されるかと思ったのかー。それはなんだかなすぎるよ!?


「助けてくれてありがとう! でも朽葉くんまで命の危険を感じてるなら教えて欲しかったよ……! さっさと逃げるんじゃダメだったの?」

「うーん。その場合は僕たちあそこで蘇芳家のご先祖の仲間入りしてたと思いますよ? 茜が誰かを傷つけるって、そういうことです」


山吹様の言葉に、いまさら体が震えてくる。な、なんでそこまで、蘇芳くんは追い詰められちゃったんだろう? 紅花さんに浸食されるヤンデレルートでも、生き物に危害を加えるのはエンディングだけだったん、だけど……。


「僕、風邪を引いたあなたのお見舞いに来ただけだったんだけどなぁ。あなたと茜がちょっと険悪な感じで蘇芳家に向かったと聞いたから、ただ本当に心配で見に来ただけなんだけど……いったい何があったんですか?」

「た、多少の意見のすれ違いはあったけど、話し合いを……してました」


山吹様は乱れた髪をかきあげて、私をじとりと睨んだ。


「もっと詳しく」

「うぐっ……はい……」


山吹様の非難をビシバシ感じながら、私はできるだけ丁寧に会話を思い出して説明した。話が蘇芳くんが怒ったところを通り過ぎ、欠片で蘇芳くんの沈静化をはかったところで、山吹様がぴくりと眉をあげた。


「それですよ。茜が怒った理由」

「え!? さっぱり意味が分かりません!」


山吹様がこめかみをぐにぐにと揉む。


「茜が最初の魅了をかけた時、彼とあなたは相愛の恋人同士だということにしたはず。……さて、愛するあなたに魅了がかかっていない茜は、どういう態度をとってきましたか?」

「優しく……してくれたかな。魅了がかけられたんだって分かってなかったら、ずっと自分が蘇芳くんの婚約者だって信じてたかもしれない」


魅了にかかっていた間のことを思い出すと、胃がきりきりしてきた。人間には自力じゃ絶対に解けない魅了をかけたのだから、蘇芳くんは私を放っておいてもよかったのだ。

小豆くんや梅ちゃんに任せて、ただ儀式の日にちに紅緋さんの屋敷を訪れる、だけで……。


ぐしゃりと。両手で枯れた花を握りしめたように、胸が痛む。


「茜くんはずっと……さっきも……正気だったって、いうの」


言葉にした声が微かに震えている。

だってそれは、ありえない話だ。

魅了によって歪められた私を、蘇芳くんが好きになって、いたとか……。


否定してほしくて山吹様を見上げると、彼はいっそ残酷なまでに晴れやかに笑った。


「人間には暴力をふるい、自分の思う様に魅了をかける。茜もようやく鬼らしくなってきましたね? まぁ、あれだけ軽蔑していた父親と同じ行いをして手にできたモノを、偽物まがい物だと責められれば、鬼にもなるでしょう」


血の気が引いてゆく。そうだ。蘇芳くんが私を好きになってしまっていたなら。私たちは、彼の両親とほとんど同じ状況になってしまっているのだ。


……魅了で意志を変容させ。

……正気に戻れば暴力を振るい。

……それでも、言うことを聞かなければ、地下牢に、閉じこめる……。


蒼白になった私の顔を眺めてから、山吹様は怪我をした私の手をとった。


「……茜、仲間にできそうですか?」

「…………一番最後でお願いします」

「どうぞご随意に。

 でも、時期を逃がさないように気をつけてくださいね。あなたはそういう間が悪そうだし」


いたずらっぽく微笑む山吹様に、引きつった笑顔を返す。

なんだか一方的に私がけちょんけちょんにされている気がするけど、怒る気にはなれなかった。


――いや、怖かったし痛かったし訳分からなかったけどねっ。いまでもやっぱりちょっと怖いけどね!


でも私が蘇芳くんにやったことって、結果的にゲーム知識と思い込みで、彼の心を踏み潰したってことでも、あるんだよね……。


なんだか、怖い。ゲーム知識があるから、主人公ポジションだから、自分の容姿とか性格に自信がないから。……そんな理由で、自分の判断の正しさを疑わなかった自分が、怖い。

勾玉の欠片の効果がなかったこととか、蘇芳くんがずっと優しかったこととか……気づけるタイミングはどこかにあったはずなのに。


――これから、どうしよう。


新橋家か、深緑家のどちらから先に行けばいいんだろう。誰に会いに行けばいいのかな。新橋会長や深緑くんとは、うまくやれるかな。傷つけ、ないかな……。


どんどん暗い方へと思考が引っ張られてゆく私を、山吹様が立たせてくれた上に、髪や服についた土をハンカチで落としてくれた。


……そっか。そうだった。


目尻に浮かんだ涙を拭う。私には山吹様という共犯者が居るのだ。迷ったり悩んだりしたら、まず彼に尋ねてみればいいのだ。


「朽葉くん……」


名前を呼ぶと、山吹様は太陽の光輝く笑みを見せてくれた。ううっ、うさんくさいまでにまぶし……あっれ?


喉に引っかかった小骨のように、頭の隅に小さく引っかかる。なーんか、大事なことを、忘れているような、いないような……。


「紅緋様へ婚約の報告に行きましょうか。お会いできるかはわかりませんが、善は急げです」

「あ……あれ? はったりじゃ……」

「違いますよ。忘れんぼうのサヨリさん」

「ひっ」

「僕があなたの手を握っている限り、ほら、逃げられませんよ? そしてはーい、転霊石タッチ」


びたんと石肌に山吹様の手が這う。

待って待って。これはどういう意図なの、山吹様にはどんな不利益があるの、私はいったいどうなるの!?


「行動する前に! まずはちゃんと説明してー!!」


私の悲鳴と山吹様の爽やかな笑い声が、転霊の間に木霊した。



宙に浮かぶ立体映像を見て、彼女は頬杖をつきながらにやりと笑った。


「やっぱり僕って天才的でしょ。いや~100回やっても誰のノーマルルートにも入らないとかまじバグか?運営はよなおせ、いや運営いねーし!って、一人漫才しちゃったし」


これまでの艱難辛苦を思い、彼女は十字を切ってから神様と仏様に祈った。


「いままでたいへんにお世話をかけました。でも今のこれが正解新ルートならぬ真ルート!……あ~。これ以上はもうやだなぁ。飽きる」


陽気で無邪気な声から、一転して本音がぽつりと漏れる。彼女はこの「ゲーム」が好きだ。

でもどれだけ好きなゲームをプレイし続けても、クリアできないとなればさすがに「クソゲー」と吐き捨てて、目を瞑って耳を塞いで、投げ出してしまいたくなる。

そんな未来は嫌だ。彼女は、この「ゲーム」を好きなまま、エンディングを迎えたいのだ。


「ぅしっ。疲れたらとりあえず休憩! ゲームは一日五時間まで!」


立体映像から目を背けるために目を瞑って、彼女は自分の後ろに置いてたクッション目がけてダイブした。

しかし直後に後頭部を襲ったのはクッションの柔らかさではなく、畳に頭を打ちつけた打撃音。

頭を抱えて身悶えながら、彼女はするどく声をあげた。


「零!僕のクッションとっただろ!」


ちょうど障子を開けて、彼女の部屋を覗きこんだは黎しかめっ面した。昼過ぎになるというのに、寝間着姿でパソコンの前に転がって冤罪を投げつけてくる生物に、黎は心の底から呆れている。

それでも情けの心を持ち合わせている黎は、彼女の頭にたんこぶができていないか確認してから教えてあげた。


「菫が外に干してた」

「菫のバカ!僕の部屋のもの触るなって言ってるのに!」


お気に入りのクッションを取り戻すべく、部屋の主が猛然と駆けてゆく。黎は誰も居なくなった、真っ暗な画面を映すパソコンが一台だけある部屋の障子を閉めた。





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