四十六話「双子と鬼の世界・三」
小豆くんの授業はたいへん分かりやすかった。
基本は会話で、ややこしいところは図や物を使い、質問や疑問にも明確に答えをくれる。時に脱線することや、予定通りすすまないことはあっても、無理につめ込もうとせず、休憩時間をきちんと入れてくれた。
一方で梅ちゃんはというと、だいたい小豆くんと私のやりとりをじぃっと見ている。かと思えば、ふいっと外に出て行き、気が付いたらちょこんと元の位置に座っている……なんてこともある。
気になって休憩時間に梅ちゃんへ尋ねてみたが、ふるふると首を振られるばかりだった。
まあ、そんな感じで、あれよあれよという間に五日が過ぎて――。
「サヨリ様……」
ふんっと小豆くんが、丹田に力を込めた。小豆くんの隣で、梅ちゃんもふんっと拳を握る。
「合格!」
「ほんと!?」
「ほんとほんと。
裳着にはほど遠いけど、俺と梅が付き添うなら外出してもだいじょうぶ!」
「……」
喜びを顔いっぱいに出す小豆くんだけではなく、梅ちゃんも鼻息荒く、こくこく頷いてくれる。私だって嬉しい。なにせこの五日間、この部屋の周りと庭くらいしか出られなかった。お風呂とトイレもこの部屋にあるし、ご飯は双子が持ってきてくれる。
なので、朝と夕方に庭に出て、「太陽ってまぶしい!」と「あ、もう日が暮れた!」をやるのが、日課でした。
「サヨリ様? なんかプルプル震えてるけど風邪?」
「ちが……ううようやく外に……
外に出られるよう。庭以外の空が見られるよう」
目じりに涙が浮かんできて、指で掠めるように拭う。
外に出たら、一番にやりたいことがあるんだ。バーガーショップに行って、ハンバーガーセットを頼んで……食べる。味付けの濃いパテとふわふわのパンにしゃきしゃきのレタス。それを一気に口に入れて……
しかし私の肉色の妄想は、小豆くんの次の一言であっさりと消えた。
「さっそく、四色のお屋敷に挨拶に行こうな!」
ワッツ?
小豆くんが案内してくれたのは、玄関脇の小屋だった。
石製の鳥居の奥にある小屋は、一言で言うと怪しい。梅ちゃんが木戸を押すと、蝶番の軋む音がして……。
「ここが、転霊の間。
ここから、四色のお屋敷に行ったり、帰ってきたりできるんだ」
「――」
岩である。
抱えきれないほど幅があり、見上げるほど大きな岩が、地面の上に、四つ並んでいる。
「ま、まってまって。岩だよね?」
「花崗岩とか玄武岩って聞いたことがあるぞ。
でも、岩の種類なんてどうでもいい。この岩の下に埋まってるもののほうが、重要なんだ」
岩の下に埋まっているもの。
紅緋さんのお屋敷と、四色の屋敷間のワープ。――なんだろう、嫌な予感しかしないぞ。
顔を青くする私と違い、小豆くんは目を輝かせて声を上げた。
「四色の家の歴代当主たちの、遺骨が埋められてるんだ!」
「……」
「もちろんここだけじゃないぞ、四色の家の方にも埋まってる」
「………」
「原理はよくわかってないんだけど、茜様が言ってたな。
魂は、身体に戻ろうとする、身体は、魂を呼ぶんだ――って。
何にせよ名誉なことだよな。紅緋様のお屋敷に体を置いて貰えるなんて……
サヨリ様?」
双子が、こてんと首を傾げる。
私はただひたすらに、地面を見た。小屋の中だというのに、むき出しの地面。よくよく見れば、黒い岩のとなりにうっすらとした陥没――まるで、昔そこにもう一つの岩があったような――があって……。
たぶんその下には、昔。
おそらく並ぶ岩の下には、今も。
髑髏が。アバラが。大腿骨が。頸椎が。鎖骨が。
……埋まっている。
……埋められている。
……埋め尽くしている。
気分が悪くて、壁に寄りかかる。そんな私に双子は心配そうにきゅっと眉を寄せた。
「サヨリ様。具合が悪いのか?
ひょっとしたら、朝ごはんのいくらが当たって……」
「……」
「え? 梅、違う?
卵? 半熟温泉卵があやしい?」
……違うのだ。
違う。姿かたちは同じでも、言葉が通じても、意思を少しは交わせても。
常識が、こんなにも違う。
「あ、あのですね。そのですね。これ、あの」
それにこんな場所、知らないよね。いや私も千恋の全てを把握してるわけじゃないし、見逃していないエンディングはあっても、見逃したイベントはあるかもしれないけど……無理。
お墓の上に、土足で立っていられないんだよぉ!私の知る極普通の一般人はー!
「サヨリ様、ちょっと休憩しよう。
顔色、真っ青だ」
小さく頷いた私の手を、梅ちゃんが握る。
小屋を出るのかと思ったけれど、彼女は私を支えるように肩にもたれかからせた。
「ごめん、サヨリ様。
俺、分かってなかった。緊張して当然だよな。
だから五分くらい休んで……それから行こう、な」
そう言うと、小豆くんは私の額に触った。
大丈夫。……すぐよくなる。大丈夫。
繰り返される言葉に、身体がすうっと軽くなってくる。これ、鬼の力なのかな。いやいや私が単純なだけか?
背筋が震えるほどの気持ち悪さは、あっという間に収まり、小豆くんが小首をかしげた。
「もう大丈夫……だよな?」
「うん、なんか平気になった。これなら行けそう」
「……よかった。
梅、サヨリ様の手を引いていって」
ぐいっと頼もしく、梅ちゃんに腕を引かれる。
そして私と梅ちゃんが立ったのは、黒い岩の前だ。梅ちゃんは私の手を握ったまま、黒い岩にぺたりと触れる。すると、彼女の体が淡い赤色のオーラみたいなものに包まれた。見れば、私の手の甲とか、髪もうっすらと赤く輝いている。
ファンタジーである。ワープっぽいのは、文化祭前に体験してるけども、アレとはまた違うコレファンタジー感。
「サヨリ様」
「なななに?」
「最初は、蘇芳様のところからだぞ。
茜様が話を通してくれてるから、今日は本邸にいらっしゃるんだ。
それで――」
赤い瞳が、パッと見開かれる。
途端、繋いでいた手が離れ、私は梅ちゃんに思いっきり突き飛ばされた。
――え?え? ……なにごと!?
自分の手を握って、呆然とする梅ちゃん。私の手をとろうとする小豆くん。
不気味なほど大きな岩が立ち並ぶ、転霊の間。
それらが一瞬ですべて視界に入って、……搔き消えた。
……。
………。
…………。
はい。現実逃避の三点リーダーです。
湿った土の匂い。わかる。夏なのに空気がずいぶんとひんやりしてるもんね。地下かもしりない。肌に触れるざらりとした心地。畳だ。ただし毛羽立ち、触れるとぐにょっとする感じの放っておかれた畳。わかる。田舎の空き家の畳なんて、雨漏り、経年劣化、埃の三重奏でこんなものだ。
そして、正面には、木の格子。
わか……わかるかぁぁぁ……!!
木の格子を掴んで、ぐいぐいと引っ張る。私の両腕より太い木は、もちろんびくともしない。格子の隅には、南京錠のかかった扉が見えた。
――どこかだか分からないけど、これだけは分かる。
座敷牢だ、ここ。




