四十五話「双子と鬼の世界・二」
双子の先生こと、小豆くんと梅ちゃんを部屋に招き入れて、向かい合う。
ぴしっと背筋を伸ばし、じっと私を見る梅ちゃんの落ち着き様とは違い、最後まで部屋
に入ることを渋っていた小豆くんは、さきほどの私もかくやと言わんばかりにカチンコチ
ンだ。
「小豆くんも梅ちゃんも、私のお世話係?でもあるんだよね」
「そうだけど……」
「だったら、私の部屋に入るのに慣れていたほうがいいんじゃないかなーと思うの。仕事のために!」
「し、仕事のため。……うん。それなら、仕方ないな。慣れる!」
「うんうん、仕方ない仕方ない。それで、その……修行?って、いつから始まるのかな?」
「今からだぞ!」
「……!」
双子が、ダブルでこっくんと頷く。
わーい、今からか~……今から!? 私はサッと自分のお腹に手を当てた。
今の今まで忘れたけれど、私はまだ起きたばかりだ。目覚めてからトースト一枚、ご飯一膳どころか、ひと口の水さえ口にしていない。
――うっ。意識すると、お腹も減ってきたし、喉も乾いてきた。
「あ、あの~。ひっじょうに申し訳ないんだけど、その前になにか飲み食いさせていただけると……」
「あーー!! そうだよな、夕べから食べてないんだよな……!
ごめんな、すぐ持ってくる!」
ぱしんっと両手を合わせた小豆くんが、ぴゅーっと風のように駆けていく。
速い。私のごめーんありがとーうという声は、少年の背中に届かず、そのあたりに木霊した。
「……」
「……」
そして部屋の中では、しーんとした沈黙が降りる。うん、そうだね!小豆くんが居なくなったらこうなるよね!
梅ちゃんに断りを入れてから、自分の鞄を手繰りよせる。
狙うはもちろん筆記用具とノートだ。
倫理のノートの白いページを畳の上に広げ、シャーペンを二本出す。一本を梅ちゃんへと差しだすと、彼女は私とシャーペンを三度ばかり交互に見てから、受け取ってくれた。
よし。
真っ白なノートの一頁に、シャーペンを走らせる。
『筆談しよう』
梅ちゃんは文字と私を見比べてから、シャーペンを握った。
『なにをですか?』
『梅ちゃんのことが知りたい』
『わたしのことを聞いてどうするのですか?』
『仲良くなりたいの』
梅ちゃんの眉が八の字に寄った。まるで針を持つように持たれたシャーペンの先端が、紙の上でふらふらとさまよう。そうして一分ほど迷ってから、梅ちゃんはその文字を書いた。
『わかりません』
「ご、ごめん……」
思わずポロッと口頭で謝ってしまう。梅ちゃんはフルフルと首を振り、恐縮したように身を竦めた。
ああああ。これって逆効果ぁぁ……!
ちょうどその時、襖が開く。ご飯を乗せた朱塗りのお膳を両手に持ちながら、器用に襖を開けた小豆くんが、ノートを囲んでお見合い状態の私と梅ちゃんを見て目を丸くする。
「あれ? 二人で勉強してたのか?」
「いやいや、ちょっと雑談をね。あ、ご飯だ! ありがとう~!」
露骨に話を逸らし、ノートと筆記用具をそそくさと片づける。そんな怪しさ抜群の私を気にした風もなく、小豆くんはお膳を私の前に置いた。
初めて実物を見た足つきのお膳には、お漬物、お味噌汁、白ごはん、焼き魚に卵焼きとこれぞ和朝食といったものが、バランスよく並べられている。
「いただきます」
「あ、サヨリ様。緑茶でいい?」
「うん」
私が返事をすると、小豆くんがさっと急須にお茶をいれてくれた。白地に桜の模様が描かれた湯飲みを、梅ちゃんがさっと膳の上に置く。
至れり尽くせりである。
よーしっ。私は気合を入れ、まずは味噌汁腕を手に取った。
味噌は合わせ味噌かな。具はワカメと長ネギと豆腐の黄金セレクトだ。
卵焼きは、おっと出汁卵焼き。箸できるとじゅわっと出汁が溢れだす。コレに勝てる日本人って居る?
焼き魚は鮭。骨は残らずとってあり、こんがり焼き目とふわふわの食感が両立している。
白米はいわずもがな。粒が立っていてほんのり甘い。焼き海苔もあるけど、何も乗せなくても十分だ。
美味しい。どれも残らず美味しい、んだけど……!
もくもくと食べる私を、二対の瞳がジーッと見る。ジーっと、ジーッと。それはもう私がこんがり焼けそうなくらい熱心です。
半分を食べたあたりで、箸を置く。
「えーと。……なにか、おかしかった?」
「え! ぜんぜん」
「そ、そう? うーん、そうだ。ね、なにかお話ししよう」
「えっ……食事中にお喋りは……」
「それじゃあ、ミーティング! これからの授業についての打ち合わせってどう?」
時間ないんだよねと続ければ、小豆くんがうんうんと悩みだす。梅ちゃんは意思表示することなく小豆くんを見るばかりだ。
こういう時は、小豆くんに決定権があるようだ。
「わかった! ミーティングな。といっても、そうだなぁ。まずは俺がいくつか質問するから、それに答えて貰っていい? あ、食べながらでいいからな」
「わかった、お願いします」
頷いて、キュウリのお漬物をつまむ。糠漬けだぁ、おいしい。
「まずは、うーん。
鬼と人間の違いって分かる?」
「え……と。
鬼は不思議な力がつかえる?んだっけ?」
「……んー。半分正解。
鬼は人間が超能力って呼ぶ力を持ってる。
他者を自分の好きなように操る魅了の力。
目の色や声、人によっては姿形も変えてしまう変身の力。
あと身体能力も高いし、人間より綺麗な人が多い」
小豆くんからすらすらと出てくる知識に、ちょっと呆気にとられてしまう。
人間と鬼。
千年の恋歌、既プレイ勢としては知ってはいたけれど曖昧だった知識が、しっかりとした形を持っていく。
「鬼って、すごいねぇ」
「そうだよ」
えっへんと胸を張る小豆くんと、こっくり頷く梅ちゃん。
この二人も、鬼なんだよね。でも、可愛い・カッコイイを除けば、ふつうの子供と変わらないように見える。
「でも、人間か鬼かって見た目じゃ分からないよね。
鬼と鬼は、どうやってお互いのことを見分けてるの?」
私の質問に小豆くんは、グッと眉をつりあげた。
え?と思う間もなく、梅ちゃんと共にずいずいと私の方にやってくる。
「サヨリ様、他の鬼の前でソレ言っちゃダメ」
「え?」
「人間と見分けがつかないって言われたら、十人中九人の鬼は怒るから。怒らないの、新橋の若様くらいだから」
「えええ……! そんな意味じゃないのに!」
「そういう、意味に、聞こえる、から」
小豆くんの瞳が、きらりと赤く輝く。梅ちゃんも桜色の瞳で、じっとりと私を睨み付けていた。……鬼に詳しくないが詳しい私にも分かる。これはヤバイ。
「わ、わかった。気を付ける……」
「二度と言っちゃだめだよ?」
念押しに頷いて、お茶を飲む。芳ばしい。お茶の熱がお腹に回る頃、ようやく二人が私から離れていく。
知らず入っていた肩の力が抜け、私はお茶を飲み切った。
ああ、もう!
鬼って、プライド、高い!めんどい!
朝昼ごはん兼ミーティングを終えると、そのまま鬼の一般常識授業となった。
梅ちゃんが片手の指二本で持ってきてくれた文机にノートを広げる。教師役の小豆くんは、私の準備が終わるのを待って、やや離れたところから声をあげた。
「今のサヨリ様は、表に出せないよ。……ぜったい、かくじつに、茜様の評判を落とす」
「それどういう意味!?」
「でもサヨリ様は素直で前向きだし、これからだよ。
早く部屋の外に出られるよう、がんばろうな……!」
「最低限できるようになるまで私軟禁されるの!?」
「おれもがんばるから……!」
滲む涙をそっと拭い、小豆くんが両の拳を握る。
自分より年下の子にそういうこと言われると、凹むし申し訳ないしなんやかんやだ。
でも、軟禁。軟禁かぁ。
「うーん。
私がここに居なくちゃいけないのって、一応、よ、養女だからだよね?」
「そうだよ。でも紅緋さまの養女っていうか、義理の姉?になってるみたい」
「義理かぁ……」
「なんで義理なんだろうな。紅緋さまにご兄弟が居るって聞いたことないけど」
「……?」
「でも、うん。兄弟っていいもんな!」
梅ちゃんと顔を見合わせ、弾けるように小豆くんが笑う。梅ちゃんもはにかんだような笑顔を見せた。
……私は辛うじて、驚きの声を飲みこんだ。
居ない? そんなハズはない。紅緋さんには兄がいる。例え封じられていても、いるのだ。
「話は変わるんだけど、紅緋学園って紅緋さんが作ったんだよね。
あれは、えーと」
「大正時代の終わりだったかな。帝都でおおきな地震があったろ?
その時、けっこう大人数の鬼が死んじゃってさ、紅緋様がこれからの為にって建てたんだ。
最初は鬼だけの学校だったみたいだけど、新橋一族の提案が受け入れられて、鬼と人の学校になったんだって。人間は知らないけど、鬼と人が一緒に暮らしていくための学校でもあるんだ」
学校のパンフに載ってないやつだ。これぞ正に裏の歴史だね。
でも、新橋会長の一族ってずいぶん昔から、人との共生を考えてたんだなぁ。
うんうん頷く私に、小豆くんが続けた。
「それで鬼には、四つの……」
「あ、ちょっと待って。
紅花神社って、鬼に関係がある神社なの?」
「あの神社?
なんか大昔、人も鬼も喰った鬼を封じた神社だよ。その鬼を封じたのが、紅緋さまなんだ」
「そ、そうなんだ」
「そうそう。じゃ、説明いくぞ。
鬼は、四つの一族がある。これ以外の一族やはぐれ鬼も居るけどそれは追々な。
とにかくまず四つの一族があって、
蘇芳、山吹、新橋、深緑――」
胸がドキドキして痛い。小豆くんの説明を聞きながら、頭のどこかで考えずにはいられなかった。
紅緋さんの兄。紅花を封印したのは、人と紅緋さん以外の鬼だ。
人の為に鬼を狩る鬼は、いつしか人からも疎まれ、鬼からは憎悪を向けられた。
そして二つの種族に討伐され、紅緋さんはひとりぼっちになる。
後に皮肉なことに。
紅緋さん以外の純血の鬼は死に絶え、あとに残る鬼たちは紅花さんと人の娘の子供たちのみ……。
だった、はずだ。うん、これが正しい。紅緋さんだって、私を義姉と呼ぶからには、そういう認識のはず。
「……サヨリ様? 聞いてるかー?」
「う、うん。聞いてる」
「じゃあ、俺、なにいってた?」
「四色の鬼のことだよね。えっと……」
気になる。すごーく気になるけども。
今は、目の前のことに集中しよう。




