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四十話「みんな、自分勝手・1」


ワッツ? え? 今なんて言ったのこのヤンデレ鬼弟?

えっ? 食べた? 勾玉って無機物だよね? うん、つるつるしてて固くて、食欲はそそられない……って、食べたあああ!?

何で食べたの、どうして食べたの、なぜ食べる必要があったの紅緋さあああん!?


「だけど、義姉上も一応兄上のこと考えてくれていたんですね。取引材料ってところは気に食わないけど」


なんだか嫌な奴から、ちょっと見どころはある知人に格上げされたような親しみで、紅緋さんが話しかけてくる。

私は、うんともすんとも言えないまま、頭を抱えた。ゲームと違う展開になってとは思っていたけど、こんな展開にはなってほしくなかった! こんな驚きはいらなかった!

ここからどうやって挽回――。

ハッピーエンドアイテムは、半分なくなって。

鬼無は我が弟とともに、行方不明で。

挽回……できるの? ここからどうやって家族を守って世界平和に持っていくの?


「義姉上」

「……ハイ」

「そんなに落ち込まないで。いいことを教えてあげますから」


ねっと励ますように言われた。私の義弟、ここに来てなんかちょっと優しい。


「義姉上の弟と東子が、何故結託しているかは分からないけど……

 彼らの目的は分かります」

「目的、ですか?」

「ええ。鬼無は、刀に選ばれる使い手が持つと「鬼殺し」と呼ばれる能力を発揮するんです」


黎の二つ名?と同じ名前だ。居住まいを正した私に、紅緋さんはくすっと笑った。


「鬼殺しは、切られた鬼を傷つけずに「鬼」であることだけを殺す……

 鬼を只人にする力なんですよ」


紅緋さんの言葉に、ハッとする。そういえば、私は鬼無でぱっくり切られた服は見たけれど、血は一滴も見ていない。そ、そうか。鬼の能力だけ殺しているということは、鬼の人は生きているんだ……!

そっか、そうか、よかっ……いいのかな?コレ。

基本的に、鬼の一族は人を見下している。蘇芳くんのお父さんの鴇さんのように、息を吐くレベルで魅了を使うなんてまだ可愛い方だ。一応、紅緋さんの命令があるから表だったことは起こらないが、私が草王さんにあの不思議空間に連れて行かれたように、気に入らない人間を「外の人」にしたり、鬼の力がないと出られない場所に閉じ込めたりすることもある、らしい。

そんな、下の……紅緋さんの言い方を借りるならば、違う「いきもの」になってしまったら?


これはいいことじゃない。全然、いいことじゃないぞ……。


「ああ、これじゃないですよ。いいこと」

「そ、そうなんですか?」

「はい。兄上は、人間の術と僕以外の鬼の力で封印されているんですよね。

 その封印は、親から子、子から孫から受け継がれるものなんです。

 さすがに同族殺しは、やりたくないなあと思っていたので、消極的な方法を取らざるを得なかったんですが」


ごくりと唾を飲み込む。消極的な方法って言っても、結局、それでも鬼の一族は滅びますよねとは突っ込めなかった。なにせ日本も世界も崩壊するのが、紅緋さんのお望みなので、崩壊するものの中に鬼の一族が入っていないとは思えない。


「義姉上の弟が、僕以外の鬼の力を全部奪ってくれれば……

 兄上の封印が、解けるんですよ」


紅緋さんが、今までで一番いい笑顔で言ってくれた。

心の底から全力で首を振りたい。ちがう。全然いいことじゃないこれ!!


「僕の味方をしてくれるなんて、義姉上の弟は頼りになりますね。

 やっぱり、同じおとうとだから、見ているものが同じなのかな?」

「……紅緋さんは、二人の目的が、「兄上」を解放すること、だと思うんですか」

 

私の問いかけに答えず、紅緋さんは着物の袂で口元を隠した。


「ねえ、義姉上。

 人間の術はとっくに解けているんですよ。百年前だったかな? 江戸で大きな地震があった時に、ぽっくりと途絶えちゃいました。

 今、兄上を封じているのは……鬼、なんです」


くすっと無邪気に嘲るように笑った紅緋さんに、何も言えなかった。紅花さんは、人の為に鬼を殺した。たくさん、たくさん殺した。だから、人ではなく鬼にこそ恨まれているのだろう。だけど、だけど。


「時間が経てば、きっと変わると義姉上はおっしゃっていたけど……。

 なにも変わりません。なにひとつ、変わらないんです」


鬼の一族の頂点に立つ五色の鬼は、紅花さんと主人公の前世の女性の子孫なのだ。前世、彼女は紅緋さんに紅花さんとの子供を託した。人と鬼の子供。この子が、いつか二つの世界を変えてくれると信じて。

紅緋さんもその時は、信じていたのだろうか。彼女と兄の子供を信じたから、心をすり減らすだけの鬼の頭目という立場を選んだのだろうか。

ゲームでは、紅緋さんは言葉を語っても……昔の想いは、なにひとつ語らない。


「ああ。――昔の話でしたね。ごめんなさい、義姉上」

「う、ううん……ううん」


なんだろう。なんで私が切なくなっちゃってるんだろうなあ。私、今この人に相当なピンチに追い込まれてると思うんだけど!


「個人的に、義姉上の弟は応援してるんです。

 だから、義姉上と義姉上の家族は助けてあげます」


家族と言われてハッとした。そ、そうだー! 私の家族も大事だけど、もう一つ大事な家族があるじゃないですか。私のアホ!


「あ、あのっ。ありがとうございます!

それと、弟と一緒に居た彼女の、ご家族は――」

「東子に家族はいませんよ」

「え」

「アレは、三年前に僕の家の前に捨てられていたみなし子です」


『あなたもプレイしていたなら分かると思うけれど、

 一番気をつけるべきは、紅緋様。だから、私は、紅緋様の行動を察知できる位置にいるために、あの屋敷の奉公に上がったの。』

『中等部から入れば、外部のものでも推薦されるから。

 高等部も入るつもりだったんだけど、ちょっとあなたの反応がみたかったのよね』


初めて会った日に、東子ちゃんと交わした言葉が思い浮かぶ。

……そうだ。彼女は、家族のことなんて一言も言っていなかった。


「ああ。そういえば、義姉上と同じクラスでしたっけ。といっても、入学式当日になってやっぱりやめると言い出したとかなんとか」

「そう、なんです、ね……」

「私は必ずあなたのお役にたちますから、拾ってください」

「え?」


ぽかんと口を開けた私を見て、紅緋さんは密やかに笑う。


「――って、東子が言ったんですよ。だから、まあ拾ってみたんですけど、まさかこういう「役に立つ」だとは思いませんでした」


東子ちゃんそんなことを言っていたんだ。いやぁ、さすがだなあ。紅緋さんの関心を惹きつつうまい具合に怪しまれず、屋敷に……。


『ですから……、約束して』

『夏休みが終わったら、世界を救いましょう。それまで、勝手な行動はしないこと!

 ほう・れん・そうです』

『ええ。ほん・れん・そういたしますよ、お姉さま』

 

すっと紅緋さんが、着物の袖で口元を覆う。話は終わりの合図だ。背後ですっと襖が開き、廊下に深緑くんが立っていた。


「義姉上。今日はもう遅いですし、泊まって行ってください」

「えっ。あの、父と母は……」

「明日になったら会えますよ」

「一目だけでも、無事を確認したいんですが!」

「……僕の言葉が、信じられませんか? 悲しいなぁ。これでも義姉上には、けっこう親切にしているんですけど」


背筋がゾッとする。目の前の紅緋さんではなく、背後の深緑くんの視線に。わー!めっちゃくちゃ敵?叩く?潰す?みたいな気配を、感じる!


「……そ、そうですね。親切、デスネ」

「ですよね。千歳、義姉上を部屋まで送って」


深緑くんが小さく頷き、急かすように私を見る。……本当に、もう行くしかないの? もう二回も会っているが、ただの人間が鬼たちの神の紅緋さんに会えるなんて一生に一度あるかないかだ。紅緋さんが、以前は会った時に口にしていた「また」も言って貰っていない。

私、もっとなにかできたんじゃ。せめて、お父さんとお母さんの無事の――。

落ち着け、卯月サヨリ。

今ここで居座って、紅緋さんの機嫌を損ねることの方が、問題だ。私だけならまだいい。でも、紅緋さんが嘘をついていなかったら、お父さんもお母さんも彼に保護されているんだから。


「……失礼、します。紅緋さん」

「ふふ。義姉上にそんなもの欲しそうな顔をされると、困るなぁ。……潰したくなっちゃう」


紅緋さんの瞳が、ぽうっと淡い光を纏う。深紅。血の色。彼岸花。夕日――。

胸が高鳴る。頭がくらくらとして。口の中がひどく乾き。

ま、まずい。これ、魅了、だ……!


「し、失礼しましたぁぁ……!」


脱兎の勢いで部屋を抜け出した私の前で、無表情の深緑くんがゆっくりと襖を閉める。


「焦らなくても、また機会はありますよ。

 だって――……」


カタン。

かすかな音を立てて、ほのかな赤い光と幽かな声が、襖の向こうに閉じられた。



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