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四十一話「みんな、自分勝手・2」


深緑くんに連れられてやってきたのは、私が目覚めた部屋だった。すっと襖を引いたと思うと、お礼を言う間もなく深緑くんは消えてしまう。

それもそうか。深緑くんと私は、もう友達でも何でもないんだもんね。

敷きっぱなしになっていた布団を三つ折りに畳んで、もたれかかる。木目の天井を見上げてみたけど……うん。


「これから、どうしよう」

「どうすれば、いいのかなぁ……」


呟いてみたけれど、特に返事もなく。深緑くん、近くに居ると思うんだけどな。天井あたりかな。それとも、部屋の外に居るのかな。話しかけたら、話し相手に……。

ぽろっと頬を液体が、滑り落ちた。

え? なに?なにごと? まさか……水漏れ!? 瓦的なものか、板的なものに穴とか穴とか隙間とか、あった、り……。

ぺたぺたと頬を触ると、どうやら液体はちょっと塩辛くて、透明だ。


「あ、あー……え? いま?」


うん。これ、涙だ。私、泣いてるや。


「あ、安心とかは、ないとして。気が、抜けたとか? あはは、ありえ……」


自覚したのがよかったのか、悪かったのか。堰を切ったように、涙が止まらない。流れてくる。溢れてくる。

東子ちゃん。夏休みが終わったら、世界を救おう。お互いのことは報告しあおうって言ったじゃん。

黎、なんで東子ちゃんについていったの? どうして、あの時、鬼無を自分のものだなんて言ったの? 

お父さん、お母さん。やっと、会えた。会えたのに、こんなことに巻きこんじゃって……。


「も、もう、もう、みんな、もうちょっと……もうちょっとさ、相談、してよ……。ていうか、紅緋さんはなんで勾玉を飲んじゃうかな!?」


――ぴろろーん。

私の声と一緒に、間の抜けた電子音が室内に響く。

あれ? 今の音って……ん?

目蓋を擦って、部屋の隅を見てみる。四角くて黒い……どうみても私の通学鞄と、横に段ボール二箱が積まれていた。


「ええー。なんで……って考えたくない」


ぼすっと布団に後頭部をぶつける。分かってる。今の私には考えなくちゃいけないことが、山積みだ。東子ちゃんと黎の真意。どうやって世界を救うのか。家族に危険が及ばない方法は。

けど、あと五分は休みたい。

あと五分。五分したら、考える。また頑張る。大丈夫だ、ぜんぜん頑張れるから。

……でも、あの音はメールの着信音だったような。そんな、気が……。

――待って、メール!?

勢いよく飛び起きて、鞄に向かってダイブする。私の愛機ガラケーは、鞄の前ポケットに無造作に突っ込まれていた。

ぱかりと開けて、ホーム画面を見る。着信履歴はゼロ。メールは、……一件。

受信メールを見る前に、お父さんとお母さんのメールアドレスに向けて、メールを送信する。


『To:お父さん、お母さん

 Title:お父さん、お母さんへ

 私は大丈夫。心配しないで。

 周りの人に逆らわないで、自分たちが無事に帰る事だけを考えて』


祈るような気持ちで送信ボタンを押す。一秒、二秒……。

送信、成功。


「……!」


少なくとも、メールは送れた……!!

続いて、作成したメールを削除する。東子ちゃんとのやりとりですっかりと身についた念のため精神です。

次は、……受信メールだ。

慎重に息を吸って、メールボックスを開く。一番上に来ているメールは……。


『From:白鷺菫くん

 Title:お疲れ様!

文化祭、お疲れ様。どうだった?楽しかったかな。

サヨちゃんの活躍がこの目で見られなくて、とても残念です。

写真とか動画は撮ってるのかな。今度会った時に見せて欲しいで』


ぽかんと口を開ける。

え? えっと、文化祭? 写真?どう……

私が口を開けたままでいると、またもぴこーんとメールが受信した。開く。


『From:白鷺菫くん

 Title:兄に代わりまして。

 お兄ちゃんがいつまで経ってもメールを送信しないので、

 代打で妹が送信しちゃいました~゜+.(◕ω◕)゜+

 サヨさん、今度会ったらわたしにもメアド教えてね!

あ、スマホに変えたら、LIMEのidも兄より早く教えてください。

最高に素敵で無敵に可愛い妹より』


私の口はぱっくり開いたまま、戻らなかった。

菫くん。

小百合ちゃん。

二通のメールを何度も見比べる。

これ、菫くんが書きかけのままにしていたメールを、小百合ちゃんが送信したのかな? 二通目は小百合ちゃんの独断で……。


「……あははっ」


そっか。そうだった。

今日は、文化祭だった。一組・二組合同のかぐや姫。山吹様はかっこよくて、十二単衣は暑くて……桧皮さんやみんなと一緒に、やり遂げた。それをお父さんやお母さん、黎が見に来てくれたんだった。


「よし。凹んでる場合じゃない!」


力を込めて、頬を叩く。ええい、ちょっとワケの分からないことがあったってなんだ! 私の当面の目標は、夏休みには実家に里帰りして、黎と一緒に喫茶店でバイトをして、菫くんや小百合ちゃんと会って! 世界を救うこと、なんだから!

鞄から筆記用具を取り出す。

私がこれからすること、すること……。

・まずは現状把握

・黎と東子ちゃんを探す

・お父さんとお母さんの無事を確認

・特製メモ帳を見返して、ヒントを探す

すぐに思いつくのはこれくらいかな。特に現状把握は重要だ。紅緋さんは記憶を消して返してくれると言っていたけれど、鵜呑みにするのもちょっと怖いし。紅緋さん以外の鬼がどう思っているのかも、気になる。

あとは、そうだ。

最後の勾玉の欠片を、入手する。対となる勾玉は紅緋さんがまるっと食べてしまったが、勾玉の欠片は手に入れておくべきだ。

三番目にして最後の欠片。

石碑の欠片は、今までの無茶ぶりが嘘のように心の広い入手難易度だ。

たしか……。

その時、ひゅんっと音がした。後から思い返してみれば、それは衣服が風を切る微かな音だったのだ。


「わっ……!」


ぐるんと視界が回転し、頭と背中が畳にしたたかに打ち付けられた。

え? え? ちょっとまって、なにご――。

顔を上げる。私の真上で、私に、馬乗りになって。

深緑くんが、私を見下ろしていた。


「あ、あの。ふかみ、くん? なに……?」

「出して」

「はい?」

「卯月サヨリ。欠片を出せ」


ひくっと喉元が引きつる。深緑くんに魅了は使えない。だから大丈夫……なワケあるかー!

無理だったけど!紅緋さんに泊まっていってねって言われている時点で、無理だったろうけど!

私が真っ先にやるべきことは、ここから逃げることだったー! 

脳をフル回転させる。勾玉の欠片は二つとも、私の制服のポケットに入っている。メモ帳も、だ。

愛機ガラケーは、押し倒された衝撃で、畳の上に転がっている。ちょっと手の届かない位置だ。

よし、ガラケーは諦める!


「あ、あの、上から退いてくれませんか? 頭を強く打ったみたいで、ちょっとクラクラして」

「……」

「それに、欠片って急に言われて、もっ……!」


セーラー服の白いスカーフを、深緑くんがぐいっと掴む。きぃと布の軋む、いやな音がした。


「なっ、なん、なんですか!?」

「話さないなら、勝手に調べる」

「~~~っっ」


か、考えろ。考えろ、卯月サヨリ。この程度のピンチ、なんてことはない。大丈夫。落ち着いて、落ちつ……

深緑くんの片手が、スカートに向かう。ぞわっと背筋が粟立った。

こわい。

こわい。こわい、こわい。こわ……怖いけど、やったるわー!!


「こ、の……

 真面目で純朴素直な不思議ちゃんに見せかけて主大好き深緑千歳くんめ!!」

「……」

「わ、私……知ってるんだから!

 深緑くんが、深緑くんが……深緑くんの、ばかーー!!」


身体を反らして、渾身の勢いで膝を持ち上げる。狙うは人体の急所。お腹である。けれど私の渾身の膝蹴りは、深緑くんの左手にあっさりと捕まえられた。

ひぇっ……ノータイム……!ちらっとも足の方を見ないで、一瞬で押さえられた。

スカートのポケットから、かさりと音がする。私が手を伸ばす前に、深緑くんはスカートのポケットから、勾玉の欠片が入った袋を取り出した。

目の前で、袋が開けられる。緑色の二つの欠片を見る深緑くんの瞳が、すうっと細められた。


「……かっ、返して、ください!」

「不可」

「ど、どろぼう!押し込み強盗!ばか、あと、ば……!」


掴みかかろうとした腕をすり抜けて、深緑くんはそっけなく立ち上がった。彼の手には、もう勾玉の欠片は見えない。

私はずりずりと畳の上を這いずって、深緑くんの足をぽかぽか叩いた。


「返してったら! それは大切なものなんです!」

「不可」

「ていうか、なんですか。紅緋さんが取り上げろって言ったんですか!?」

「おれの判断だ」

「なんで!そんなこと!するんですかー!!」


深緑くんは、何も言わない。取り返さなくちゃ。深緑くんの自己判断なら、まだ目がある。取り返さなくちゃ、いけない……!

ふっとぽかぽか叩き続けていた足が消える。私はそのまま畳の上にべしゃっと転んだ。いけない。転んでいる場合じゃない。

今はとにかく、深緑くんだ。ふかみく、


視界の端で襖が開く。

その先に居た人物を見て、私は目を丸くした。


「蘇芳くん?」


私の呼びかけに、和服を着た茜色の少年がついと目を逸らした。



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