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宝の地図  作者: xxx
9/12

申 城跡

 宝の地図はこの町で間違いない事がわかった。次の問題は


   文丗日ノ日沒 川ノホトリノA


と書かれた地図の裏の文だ。私たちは今その文の通りに地図にあるバツ印の所へ向かっている。今日がその七月三〇日、日没に何があるのだろう。

 百年前、その印の場所には山があって、乙濱城という小さなお城があったそうだ。今では酉岡と呼ばれた山も小高い丘となり、乙城記念公園と呼ばれる大きな野球場や体育館がある。しかしお城の跡地と聞くと何かがありそうな気がする。それだけに私の期待は膨らんできた――。

「先生はここにどんなお城があったか知ってるの?」

「うーん」私の質問に先生は首をひねった「実はよく知らないんだ」

「えー、そうなの?」

「無理もない、先生が生まれた時には既に公園になってたんじゃろ」

「今じゃ跡形もないからね。僕にしたらあそこは球場だな。でも石碑くらいは立ってるんじゃないかな?」

「ふーん……」

 目的地まで、私の頭の中で期待はずれ半分と、逆に誰も知られていない穴場かもしれない半分とが勝手な論争を繰り返していた。


***


 私たちは乙城記念公園に到着した。ここは県内でも一番大きい部類に入る野球場で、今日は先生の弟の駿太さんがいる乙浜高校が甲子園の常連校相手に初出場を賭けて対戦する。地元開催だけに公園周辺は異様な活気にあふれていて、お祭りのような賑わいを見せていた。

 長い運転で疲れが見えたおじいちゃんには先に球場に入って座って貰い、私と先生の二人で『城の跡形』を探すこととした。蝉の鳴き声が聞こえて来るけど、それ以上に球場の歓声が大きい。

 私たちだけが人の流れとは逆に歩く。その『跡形』は意外にすぐに見つかった。

「先生、これっぽくない?」

 私は球場の横に小さな祠があるのを見つけた。注意深く見てないと無視してしまうようなくらい小さく建てられたそれは、何も言わずにじっとそこに居続けているような感じがした。今までも、そしてこれからも。

 祠の横に「乙濱城趾」と彫られた小さな碑文がある。これによると昭和二〇年に戦争で焼けたようだ。

「え、これだけ?」

 正直私は拍子抜けした。地図は確かに百年以上前のものだから、今とは違っているかもしれない。ゲームだったらファンファーレがなるような発見を期待したのに、目の前にある単純な現実に力が抜けて行くのがわかった。

「当時ここは高台で、町が一望出来たんだね」

 先生はそう言うけど、ここから海辺の方を見ても、町の景色が一望出来ることはなく、駅周辺にある高層ビルが見える程度だ。

「昔はあの辺が川の河口辺りだったんだね」

言葉が途切れた。先生が私に気を遣っているのが何も言わなくても大体わかった。私は祠の前で力が抜けて、横にある石の上にへたれこむように座ってしまった。

「麻衣子さんどうしたの、疲れたかい?」

先生は心配そうに私に聞いてきた。 

「ここが宝の位置だよね、何にもないよ……」

せっかくここまで来たのに、この緊張感の出ない結果に私はがっかりして、つい本音がもれた。

「そうだね……」

 先生は疲れた顔一つせず、黙って私を見ている。何か言おうと考えている時の仕草だ。木陰の祠に球場の歓声が風に乗って聞こえてきた。

「でもよ、まだ諦めたら駄目だ。日没にならないとわからないかもよ」

 先生は笑いながら私に話しかけた。そう言えば地図には


   文丗日ノ日沒


って書いてたんだ。私は先生に小さく謝って立ち上がった。そういや私が困っている時ほど先生は優しい。

「野球見ながら考えよう。日没までまだ時間はあるよ」

 ここまで手伝ってくれる先生を困らせたくないので、私は元気を見せて大きく返事をした。先生がそれを見て微笑み返すと、不思議とさっきの残念な気持ちは忘れていた――。


***


「おじいさん、どうですか?」

「これは価値ある試合じゃぞ」

 私と先生は、先にレフトスタンドに座って観戦しているおじいちゃんの横に座って、バックネット裏のボードを見た。試合はもう八回裏、〇対〇乙浜高校の攻撃、二死一塁、大方の予想を裏切る大接戦。そんな雰囲気の中三塁ベンチから

「三番、レフト、松下君」

のアナウンスで駿太さんが現れた。今日の朝出会った時駿太さんが言ったように「花火」を上げれば試合は大盛り上がりだ。そしてそれは現実のものとなった。

 初球だった。駿太さんの打球は大きな弧を描いて私たちは頭の上を通りすぎると場内に地響きが起こるほどの歓声が沸き上がった。


 九回表、大役を果たした駿太さんは三塁ベンチからレフトのポジションに走ってきた。三塁側はまとまりのない歓声であふれかえった。

「駿太!」

 普段大人しくて優しい先生が大声で弟を呼んでいる、初めて聞くような大きな声だ。駿太さんは私たちに気付き、右手で帽子を取って、小さくお辞儀をした。顔は帽子で隠していたけれど、帽子の奥から白い歯がこぼれるのが見えた。

「かっこいい……」

 私はその姿にうっとりした。それから、ふと横にいる先生の横顔を見ると既に目が潤んでいた――。

 そして最後の見せ場は九回表の最後の守備。ツーアウトあと一人で最後のバッターが放った打球はレフトへの大飛球だった。

 駿太さんが素早くフェンス際まで下がり、両手をあげ捕球体制に入った。球場が一瞬静まり返り、全員が固唾を呑んで球筋を追った。

 ボールが駿太さんのグラブに収まった瞬間、レフトスタンドにいる人達はそこにいる知ってる人知らない人関係なしに抱き合って喜んでいた。

「いやあ、エエもん見られたなぁ」

おじいちゃんも疲れを忘れて興奮気味だ。

「駿太さん、本当に花火上げたよ!」 

 興奮して先生を見たら、汗か涙かわからないものを流してタオルで顔を拭いていた。口には出せないけれど、先生の、弟思いでちょっと涙もろい一面が見れてちょっと可愛いなと思った。私より随分歳上だけど。 


 試合が終わり、閉会式が始まる頃には会場も落ち着き、先生も落ち着いていた。目はちょっと腫れているけど。

「そうだ、花火……?、麻衣子さん、ちょっと地図を見せてよ」

「花火、川のほとり……、もしかしてこれか?」

「そうだ、軍の施設だ。あそこなら百年前の乙浜が解るかも」

 先生は次の目的地まで急ぐようにと行った。時計は四時に近付こうとしていた。


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