酉 軍施設
私たちは興奮覚めやらぬ乙城記念公園を後にして、次なるヒントを求めて昔の軍隊の施設に向かった。現在は乙浜市立博物館という施設になっていて、建物は戦争で残った建物の一部をそのまま利用しているそうだ。先生の話では乙浜の小中学生なら一度は行ったことのある施設だよって説明を受けた。
私は平成六年生まれなので、日本人が戦争をしてた頃を知らない。おじいちゃんは昭和一三年生まれで、七歳の時に戦争が終った話を子供ながらに聞いた事がある。
「日本がかつて戦争をしていた事を今の子は知らなきゃいかん」というのがおじいちゃんの口癖だ。
地図の裏に書かれた文章、『川ノホトリノA』、当時の川はさっきまでいた乙城記念公園からほぼ真南辺りが河口になる。先生の話ではその頃あった川沿いの施設と言えば軍隊の基地くらいだと説明する。おじいちゃんも「乙浜といえば昔軍隊の施設があった」と言うくらいだから、それだけ当時は存在が大きかったのだろう。
私たちは先程の興奮で熱くなった身体を冷やすかのように博物館に入った。入場料はおじいちゃんが三人分払ってくれた。館内は図書館みたいに冷房が効いてて気持ちいい。
本館に並ぶ百年前から終戦までの文書や写真。私はこの地図をここに並べたらどうだろうって聞いたら、二人とも笑っていた。私が今手にしているのは丁度その頃の物だ。
「昔は徴兵制度があって、男は兵隊になる義務があったんじゃな」
徴兵制度という言葉は私も学校で聞いた事がある。言葉は知っていても、当時の人の気持ちは平成生まれでかつ女子の私にはわからない。
「この頃なら僕も今頃軍隊に入ってるだろうね」
私の横で先生が呟いた。その一言は自分のさっきまでの考えを改めさせた。
「それは嫌だな、先生が兵隊になるの。戦争に行けば死ぬかもしれないんだよ」
「いやぁ、麻衣子さんに心配されると思わなかったなぁ」
先生とおじいちゃんは揃って笑い出した。
「もしもの話じゃ。誰も平和な世の中を望んでいるもんだ」
「そうですね、戦争はしない方がいい。そのために過去は教訓にしないとね」
今の私がこうして好きに出来るのは、今までいろんな失敗や良くない出来事があって、それを繰り返さないように昔の人が考えてきたからだ。先生もおじいちゃんも同じことを教えてくれる。私は今の時代に生きてて本当に良かった、そう思っている――。
***
博物館の資料から、私の地図が書かれた1894年頃は、確かにこの辺りは当時川沿いだったようだ。写真がそれを証明している。『川ノホトリ』というのは軍隊の関係であるのは間違いないようだ。以前先生がこれを書いた人は「軍人とか堅そうな人」と言ったけど、そのような気がしてきた。
「この地図は戦争に関係する事なのかな?」
「まさか、本土であったのは空襲だけで、且つこれよりも何十年もあとのことだよ」
「そっかあ、じゃあ何なんだろう。やっぱり宝なのかな?」
私は乙浜に来てから得た情報を整理した。地図のバツ印に何かがある、ここで有名なもの……。思い付くのは花火くらいだ。
「川沿いか……、じゃあ当時の花火はこの辺で上がったのかな?」
「だろうね。そんな物語もあるくらいだからね。んで、どうかしたの?」
「ここからだったら綺麗だったろうな、って」
「花火は例年八月一日って言っとらんかったかのう?」
「私思うんだけど、この地図は明治二七年のだから、日清戦争よりも前のものじゃない?それでも八月一日に花火あげてたわけ?」
「言われたらそうだ、鋭いな、麻衣子探偵」
「へへーん」
先生に褒められて私は鼻を擦った。
「ただね、乙浜の花火は江戸の終わりからあったって言うから、日付は後から慣例になったんだろう」
「この年の今日、花火が上がってた可能性はあるってことだ……」
私は別の写真を見た。当時の乙浜の町並みだ。さっきまでいた乙城記念公園は山になっててお城が微かに見える。
私は何故か時間が止まったようにこの写真を見つめた。教科書で見たことがあるような古い日本を思わせるその中に一軒ひときわ目立つ洋風な建物があって、それが私を釘付けにした。
「何かあった?」
先生に肩を叩かれて私は現実に戻った。館内放送で閉館を案内するアナウンスが流れていた。
「この建物がスゴいなと思って……」私は写真の洋館を指差した。
「この喫茶店は今もそこにあるよ。地元じゃ有名なんだ。昔は花火が見れたって言うし」
「明治時代に喫茶店があったんか?」おじいちゃんが驚いたように質問した。
「僕も調べた事はないですけど、日本人がコーヒー飲むようになったのは明治に入ってからでしょう、当時はモダンな店だったんでしょうね」
先生は時計をチラッと見た。
「行ってみましょうか、ここも閉館するし」
「私も何か飲みたーい」
「よし、じゃあ日没までそこで休憩しようか」
さっきまで固まっていた私は二人を置いて、一番に博物館を出た。さっき古い写真で見た通り、すぐ近くにその喫茶店は見えた。写真でもそうだったけど、私の目にはその建物しか入ってなかった。




