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追う者なきまま落ちた先は

「はぁ……やっと来ましたね」


 私は、突然目の前に降ってきた影にそう告げた。


「ええっとですね。あなたは今日からアリスです。アリス。わかりますか? ……って」


 私はのそりと起き上がったその人物を初めてきちんと認め――それから呆然と口を開けっ放した。


「……アリス、です、よ、ね」


 私はアリスであろうその人――アリスであるはずのその……()に、そう何故か()にそう問う。


 ……ん? アリスって……女……だよね?


 …………。は? ……じゃあこの人誰。


 私は眉をひそめ、若干慌てつつ腰に下げた革のホルダーをまさぐった。


 一応、ここに指令書が――


 と、目的のものを探そうとしたところで。


「……け」


 男が一言、というか、一文字、声を発した。


「……け?」


 意味が分からず、思わず私は顔を上げて男を見た。


 すると男は何故か頬を紅潮させ――突然跪き。


「え」


 ガシッと私の片手をとって私を見上げてきた。


 ……は。これ、どういう状況。


 予定外のことに私の頭がパンクしかけているところに、追い打ちのように男が喜色満面でこう告げた。


 嬉しそうに、何かほんともう、意味わかんないくらいに嬉しそうに微笑んで、言葉を紡ぐ。


 そうして告げられた言葉は――




「結婚してください。美しい人」









 まさかのプロポーズでした。
















 事の発端は約半日前に戻る。


 一応ここで断っておこうと思う。私は普通の、ごくごく普っっ通の女子高生である。


 変わり映えのない、大して面白くもない毎日を平凡に生きていた、普通の女子高生である。


 そうしてごくごく普通の私は、いつも通りの帰り道を、いつも通り一人で歩いていた。


 運命が変わったのは、あと数分で家に着く、という頃。


 数人のガラの悪い男達に、運悪くも、絡まれてしまったのが原因だった。





 とはいえ結果から言わせてもらうのならば、だ。


 私は被害者だが、間違いなく被害者であることを胸を張って宣言するが、私に絡んできた彼らも被害者になったと言わざるを得ない。


 はっきり言えば、あの場所で私に絡んだのが彼らの運の尽きだったといえよう。


 彼らが一体何を目的として私に絡んだのかは知らないし、知るつもりも毛ほどさえないが、なんというか、本当に運の悪い男たちだ。


 彼らが質の悪いナンパをして私をどこかに無理矢理連れて行こうとした矢先――「ソレ」は、現れた。



「あーあー、嫌がる女の子に無理強いはよくないよ? 君たち」

「あぁ? 何だお前」

「邪魔すんならぶん殴るぞテメェ」

「おぉ、怖いなぁ。ぶん殴られたらいやだな~」


 凄む男たちをまともに取り合う気がないのか、突然現れたその男はにこにこと笑いながら首を傾げた。


 線の細い男だった。白い肌は作り物のように透き通っている。――いや、本当に彼の背後の光が透けている気がする。


 ……透けている?


 私は男たちに囲まれているという状況も忘れてまじまじと男を見つめた。


 背中半ばまで伸びた真っ赤な髪。頭についているのは――ミニハット、だろうか。派手な中世の貴族のような、あるいは道化師のような、真っ赤な衣装を纏ったその男は、煙管を傾けて穏やかな笑みを口に刻んでいる。


 いや、そういう特徴はどうでもいい。


 はっきり言って精神異常者かな? というような風体だが、まぁそれはいい。この時代に煙管を吹かしているのも大変不審ではあるが、それも、いい。左の目元から頬にかけて何やら真っ赤な刺青のようなものが見受けられるが、いい。


 一番問題なのはその男が透けている、ということだった。


 とはいえこけにされたと思った男たちは逆上して、その事実に気づかなかったらしい。何やら意味不明の雄叫びをあげて赤髪男に一斉に殴り掛かり――そのまま赤髪男をすり抜けて派手な音を立てて壁に激突していった。


「えっ」


 私が瞬きを繰り返すと、赤髪の男はふっと微笑んで煙管の先を私に向けた。


「君も、災難だったねぇ」

「はあ。……あ、助けていただいてありがとうございました」


 一応ナンパ男どもから助けてもらったというのは事実だ。それに大して一言お礼を、と頭を下げようとした途端、男はこう言った。


「ううん、僕の方こそありがとうかな?」


 ……。


 …………。


 ………………はい?


「ええと、意味をはかりかねます」

「うん、だよね。お疲れ様」


 会話が噛み合っていない。


「あの、私急ぐので、お礼はまた後日でもいいでしょうか」


 別段急ぐ理由はない。しかし何やら意味不明なことを並べ立てるこの男に付き合っていたらろくなことにならない、と直感が告げていた。


「では、これで――」

「うん、それは困るかな?」


 男は相変わらずにこにこと笑いながら私の腕を掴んだ。


「なんですか? あなた強姦魔ですか?」

「いきなりそういう疑惑!? ええと、一応違うよ?」

「一応ってなんですか!!」

「ううんと、強姦はしない」

「ってことは他の犯罪には手を染めるってことですね。冗談じゃないです、気持ち悪い、放してください!!」

「お、女の子に面と向かって気持ち悪いって言われるとか……結構ショックなんだけど……。だからこういうのはドールに任せたかったのになぁ。ええと、一応僕の話を聞いてもらえない?」

「押し売りでしたら結構です、私急いでいますから!!」


 にべもなく私が断りの言葉を吐きつけると、男は心底困った顔になって笑った。


「……さ、最近の女の子は結構……過激、というか、言葉がきついよね……心が折れそう」

「泣いて引き止めようっていうのなら、そうはいきませんから。放してくれませんか。大声を上げますよ」

「……仕方ないなぁ」


 そう言うと、男は、私から手を放した。それに安堵し、私が駆け出そうとしたところで。


「天と地の狭間より、赤き道化師は君の名に、罪と夢を裁かんとす。奏でる音は断罪を、途切れた弦は罰を謳え。我、世界の行く末に、神と人との果てを見る」


 男がぼそぼそと妙な言葉をつぶやいた。


 そしてその言葉と同時に、私の視界は真っ白に染め上げられていった――











「……あ、起きた? おはよ~」


 目が覚めると、見たことのない場所にいた。


 目の前には大きな木。お粗末な看板が釘で打ち込まれている。「←left right→」と掘られているだけの、行き先もなにも書かれていない看板。なんの役に立つのだろう、これは。


 そしてその看板の横、木に寄りかかっていたのは、


「!!」


 あの、赤髪の男だった。


「な……ここどこ!? あなた、一体何したんですか!?」

「うーんと、誘拐?」


 てへ、と彼は舌を見せて笑った。無意味にイラつく。殴りたい。


「強姦はしない、ってこういうことだったの。強姦じゃないけど、誘拐っていう犯罪はするってことね。でもお生憎様。私の家はお金持ちでも何でもないので、身代金を要求しようったって大したお金は入らない」

「……ああ、うん、ええと、そういうのは目指してない」


 赤髪男は私の勢いにたじろいだように否定の言葉を返してきた。


「……なら何が目的? あぁ、人身売買? それともこんな人気のないところで私を殺して内臓取り出して売ろうってそういう魂胆?」

「…………。すごい発想力だなぁ」


 感心したように、男が呟く。今そんな答えは求めていない。


「ええと、白熱しているところ悪いんだけど、話を進めるね。ここは君のいた世界じゃありません。別世界ってことね。で、君には今から二つの選択肢をあげます」

「じゃあ帰ります」

「そういう選択肢は用意してないからね」

「……」


 ひくっと頬がひきつるのを感じた。


「……それで、選択肢ってなんですか」


 イライラしながら聞くと、男は


「うわーい敵意がビシバシ伝わって来るー」

「早くしてくれませんか」

「そして全く相手にもされないー。……はは、なかなか心に来るものがあるなぁ……めげそう」


 男はひとしきり騒ぐだけ騒ぐと、私に向き直った。


「君に与えられた選択肢は二つ。主役になるか、その他になるか、です」

「…………。はい?」


 意味がわからなかった。


 いや、この男の言っていることはさっきから意味がわからないのだ。今更か。


 多分、この男は精神異常者だ。


「……。君の考えてることが手に取るようにわかるー……心が痛い……」

「あなたの言っている意味がわからないからです。さっきから会話が噛み合わないから、精神異常者だって思っただけですよ」

「はっきり言った!! ひどい!!」

「酷いのは誘拐犯のあなたの方ですよね? 選択肢の意味を私にもわかりやすく説明して頂けませんか」

「もうだめ……ほんとに僕胸が痛む……でもここで終わらせられないからな……」


 男はそう言うと、ふと表情を切り替えた。困惑したような微笑から、妖しげなものへ。


「まぁ、残念ながら、君に説明してあげる理由を僕は持ち合わせてない。だから君には、嫌でも選んでもらう。ちなみに、逃げ出すという選択肢を今僕が君に与えていない以上、逃げ出そうとするなら僕が君を消す。意味がわからないならそれでもいいけど、さて。君は(right )( or )( left)、どちらに行きたい?」


 男はそう言うと、私の前で左右に向かって人差し指を突き出した。


「それは、主役だかなんだかの話と関係のあることですか?」

「うん、あるよ。君がどちらが主役の道なのかわかるなら好きに選べばいい。わからないなら、適当に選んでみたら?」


 男の曖昧な言葉に、私は眉をひそめた。


 木に釘で留められた看板を見る。しかしながらお粗末なそれに、答えはなさそうだった。


「どっちが正解とかはありますか」

「あるんだけどねぇ……ある意味、正解は選ばないほうが、いいかも? 君の性格からすると、だけど。あぁいやでもそしたら、もう一人が可哀想かも。身代わりだしね」


 意味のわからない言葉の羅列に、私は溜息をついた。


「どっちを選ぶべきなのか、全然わかりません……」

「うんまぁ、解るように言っていないし。君が勘の鋭い子だったらわかったかもしれないんだけどね」

「鈍感だって罵りたいんですか?」

「違うからあんまり睨まないで怖い!」


 という割に、男は笑っている。


 私は看板の矢印の先をみやった。


 右も左も、同じように茂みに囲まれる道が続いているだけ。さして変わりそうにない。


「――じゃあ左で」


 私が適当にそう答えると、男の目がぱっと輝いた。


「へぇ~。うん、OK。君がそういうのならまぁ、それでいいんじゃない。そっちのほうが、命のリスクは少ない……ような気がするし」

「……は?」


 今……この男はなんて言った。命のリスク?


 つまり……私は死ぬ可能性があると、そう言いたい、のだろうか。


「さてと。じゃあ、君の役割が決まったところで」

「?」


 私が怪訝な表情で男を見上げると、男はにっと笑って私の手を取った。


「は?」

「走る!!」


 言うなり突然男は私の手を引き看板で言う左側に走り出した。突然のことにパニックになる。


「な、なにを」

「君の役割はとりあえず走ることから始まるので、走りましょー♪」


 なんとも能天気で理解不能な答えに男の頭蓋骨を陥没させてみたい気分に駆られたが、私は何も言わず走り続けた。


 とはいえ運動神経が絶望的な私が、そうそう長く走れるわけもなかった。走り始めてそう経たないうちに、足が動かなくなる。


「はぁ……っ」


 私は立ち止まって、男を睨もうとした。しかしそこで。


「え……?」


 目の前にいるはずの男の姿が、消え失せていた。


 辺りを見回してもそれらしき姿は見当たらない。


「な……こ、これからどうすればいいの」


 こんな見覚えのない、何にもない場所に置き去りにされても困る。さきほど男は主役が云々とか言っていなかったか。主役もなにも、こんな草原で何をしろというのだ。


「……」


 私は怪訝に思いつつも辺りを見回しながら、手近な木に歩み寄った。寄りかかって、走り疲れた足を休めようと思ったのだ。


 しかし私の手がその木に届くことはなかった。


 私は、突然地面を()()()()()


 え、と思う間もない。 私は声にならない悲鳴を上げながら、それ――底の知れない穴の中に、吸い込まれたのだった。

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