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Ep5-1・双剣使いの斥候






「その処刑を待つのだ! 彼は『ウェストパレスの英雄』かもしれぬ!」


(ついに出て来たな、その単語が……)


 双剣使いの斥候(せっこう)は、パーティの仲間と共に、王宮門の前で警護に立っている。

(二年ぶりにサウスシャディーダに戻って来たと思ったら、即その日からロゼ関連の事態に振り回されるとはな……)


 こういう場面に上位冒険者が駆り出されるのは有りがちだ。

 示威運動(デモ)の民は、権力の手先……衛兵や警備隊には敵意を持って反抗するが、民間の、そこそこ敬意を集めるAクラス冒険者などだと、割と言うことを聞いてくれる。

 今は、決められたラインから前に出ないで、代表者を選んで抗議内容をまとめておけ、などの指示に従ってくれている。


 目に入るプラカードは

『サウスシャディーダの路地裏の天使を救え』

『ノースフレイクのエンジェル・ロゼを取り戻せ』

『踊る天使の脚を切るなど言語道断』

『神への冒涜だ』

 等の市井の声。


 そこへ新たに、姿勢正しい圧のある集団が前に出て、軍人らしい張りのある声を上げ始める。

「ウェストパレスの英雄を返して貰おう!」

「我らが英雄に何をしてくれる」

「彼は二年前、ウェストパレスの全国民に慈愛と献身を教えてくれた英雄なのだぞ!」

「名前は違うが川で拾われた時期が一致している。我々を門内へ入れて確認させろ!」


 門の前で憮然と立つ斥候の横に、パーティリーダーの槍遣いが寄って来た。

「英雄って何だ?」

「二年前、俺らがウェストパレスを出る直前、街はそれ一色だったでしょう?」

「そうだっけ」


 本当にこいつらは……

 まぁ、俺と違って生粋の冒険者は、迷宮やら魔物の攻略やら以外、無関心だったりするからな。


「でもさ、俺らがロゼを拾った川は、ウェストパレスと繋がってないし、人違いなんじゃないの?」

 反対側から弓使いの若者が肩を寄せて、小声で言って来た。


「うっわ、人違いだったら恥ずかし!」

「軍人の兄ちゃんたち、目も当てられねぇな」


 群衆に耳をすませていた斥候は、振り向いてリーダーに報告した。

「彼ら、まだ正式な軍人じゃなくて、ウェストパレスの士官学校からの出向学生らしい」

「よく分かるな、本当、お前の耳が羨ましいよ」

「要らん事も聞こえちゃいますけどね」


 士官学校の生徒なら、学年は違ってもロゼの顔を見たら一発だろう。そう、あんな目立つ奴、他にいない。

(『ウェストパレスの英雄』と結びつける人間、居ない事もないだろうとは思っていたが、まさか顔判定できる奴が出て来るとは……)


「新聞記事の手記が曖昧な書き方だったのがいけないんじゃない?」

 門前にゴミ袋を投げ付けようとする老婦人をなだめていた魔導師が、戻って来た。

「大まかな時期と『川で拾われた』しか書かれていないんだから、そりゃ勘違いしちゃうわよ」


「勘違い、教えてやる?」

「言って聞くかしら?」

「いいんじゃね? 勘違いして騒いでくれてる方が、ロゼに有利だろ」

「それもそうね」


 そう、勘違い……


 斥候は改めて、軍人候補生たちの正義感溢れる顔を見る。己の行動を疑わない純粋な目。

(あの子と関わり薄かった他学年の生徒だろうな……)


 あの手記は、確かに群細が書かれていなかった。

 勘違いを誘った訳じゃない。

 ロゼはただ、自分の忘れてしまった事は書けなかっただけだ。


 オドオドと目を泳がせる、柵の向こうの衛兵を見やる。

 普段滅多に問題の起きない穏やかな小国で、こういう事態に慣れていないんだろう。

 皆が皆、不安を隠そうともしていない。


(すまんな)


 この騒ぎ、実は俺『たち』が仕組んだんだ……



 ***



 双剣使いの斥候は、冒険者ギルドの花形『蒼天一閃(そうてんいっせん)』の古参メンバーだ。

 パーティ名がちょっと恥ずかしい。五人とも恥ずかしいと思っているが若気の至りは今更変えられない。

 恥ずかしいがまぁ、一応そちらが本業のつもりだ。


 副業で情報屋みたいなのをやっている。いわゆる裏稼業。


 斥候が務まるだけあって、目と耳がずば抜けて良い。そして身が軽い。

 その特性は同じ人間という種で括るには無理がある程で、まぁ祖先の源流が違うのでは? ぐらいに思っている。

 今暮らしている社会に不満がある訳ではないので、取り立てて主張しようとは思わない。


 ただ、『同種(コンジェネリック)』の呼称の元に仲間意識はあり、各地の裏街にコミューンのような物が出来ている。たまにそちらの仕事をするのは互助の意味もある。


 仲間の『特性』は一定ではない。

 目と耳の他、鼻の良い者、手先の器用な者、勘の鋭い者、記憶力の高い者、自白誘導の上手い者、など種々多様。

 代々受け継ぐ者もいれば、無関係な場所で突然生まれる者もいる。

 そういう者も一発で判別出来る共通の特徴がある。


『魔力がゼロであること』


 普通の人間には大小の差異はあれど必ずあると言われる魔力がゼロ。

 と言っても振れ幅が下の方の人間と同じ位の不便さで、むしろ各種特性を備えたこちらの方が有利、神様は上手いこと割り振ってくれるもんだ、と彼は思っている。



 ウェストパレスを拠点にしていた二年前、

 斥候は、とある任務で、早朝の士官学校へ潜入した事がある。

 教師と一部保護者の癒着を調べろって、ありがちでアレな依頼。


 (もや)に包まれた中庭を横切ろうとした時、人影を見た。

 生徒かな? と思ったが、軍人志望の子にしては随分小さい。一年生は十一か十二だっけ?

 騎士クラスの制服だ、ああ、貴族の子弟か。


 人影はキョロキョロと辺りを見回した後、大きな木の下に屈んで何かを探し始めた。


『坊っちゃん、落とし物ですか?』


 声を掛けてみた。

 出入りの庭師と同じ服装をして来たし、隠れるより存在を見せた方が怪しまれないと思った。


 巻き髪の子供はピクリと揺れてこちらを見上げた。


 透き通った瞳、何処までも深く……

 背筋に何かが駆け上がった!

 本能がヤバいと叫ぶ。これは意識をしっかり保っていないと吸い込まれる奴だ!

同種(コンジェネ)……か!?)

 魔力ゼロなのに魔法のような吸引力を持つ奴も、仲間内には確かにいる。


(もしも同種だとしても、俺らには縁が無さそうだな。貴族だし、特性なんか関係なしに、安定した人生があるんだろう)

 斥候はすぐに我を取り戻して、演技を続けた。


『一緒に探してあげようか。何を落としたの?』

『うん……』


 しかし綺麗だなこいつ、何だその陶器みたいな艶々な頬。魔物だったら剥いで高額取引出来そうな。


『呼んでいたので……』

『は?』

『おかあさんが……』


 夢遊病? もしくは関わっちゃいかん奴か。

 早々に立ち去ろうとする斥候を尻目に、子供は下草に屈んで嬉しそうに声を上げた。


『あった』

『何が?』


 拾い上げたのは、親指の先ほどの小さい毛玉。赤いクチバシを開ける鳥のヒナだ。


『さっきから、おかあさんが激しく呼んでいたので』


 確かに神経を向けてみれば、枝の上の小鳥が普段と違う鳴き方をしている。朝の鳥なんか皆賑やかだから、自分は気にも止めなかったが。


『坊っちゃん、耳が良いんだな』


『おかあさんが呼んでいるのなら、子供はおかあさんの所に帰してあげなくちゃ』


 彼に釣られて、斥候も枝を見上げる。

 親鳥が鳴いている近くに巣があるが、かなり高い。

(しようがないな、ひと肌脱いでやるか)

 柄にもなく素の親切心で、登れそうな枝を見極めてから目を下ろすと……

 ――?? いない?


 隣にいた筈の子供がいない。

 まさか朝靄が見せた幻か? さっきの瞳はこの世ならざる者か?


 一瞬背筋を粟立てたが、すぐに上でガサガサと音がした。

 樹上動物みたいな影が動いたと思ったら、子供はもう枝に居て、巣にヒナを戻している所だった。

(早い)

 どうやら体幹も相当優れているらしい。

(惜しいな……)

 貴族でなければ、仲間内で金の卵になったろうに。



 その後斥候は無難に仕事をこなして、仲間の集うコミューンに帰った。

 夜、酒場でグラスを傾けながら朝靄の庭の話をしていると、仲間の一人が声を掛けて来た。

 シアター酒場でショーの合間にジャグリングやタップダンスを披露している芸人だ。


『元気そうにしていたか?』

『知ってるのか?』

同種(コンジェネ)だったろ』

『ああ、でも貴族だろ?』

『侯爵家』

『うへぇ、一生縁が無いな』

 他の仲間も肩をすくめた。貴族なんざ別次元の生き物だ。


『それが、幼少時は俺のご近所さんだった訳で』

『ええ?』

『いわゆるお貴族サマがお外で撒いたお種な訳で』

『ひゃあ』


『お袋さんは酒場の唄姫で、仕事の割に身持ちが固くて、優しくて綺麗で信心深い聖女で』

『お前妻子が居るだろが』

『そんなんじゃねぇよ!』

『へいへい』


『あの子と身を寄せ合うように暮らしてたんだけどさ』

『うん』

『無理がたたって病気でさ』

『そうか』


 母親が亡くなってすぐ、侯爵家に見つけられ、引き取られて行ったとか。


『もう少し大きくなったらコミューンに誘うつもりだった訳で。そうしたら母親にも楽をさせてあげられたかもしれなかった訳で……』

 ジャグラーの男は段々に声をしぼませて、しょんぼりとグラスを口に運んだ。


 自分たちの身上では、『たられば』を言うのはご法度だ。言ったってしようがない。

 彼もそれを分かっているが、それでもついつい吐いてしまってゴメン、と詫びた。


 仲間が肩を叩いて宥めてやる。

『いうてお貴族サマだろ? 召し使いにかしずかれて、飯は時間で出て来るし、学校にも通わせて貰って、鳥のヒナの心配なんかしていられるご身分だ。そんなに嘆いてやる事もないだろ』


 うん……と商売道具のバトンをいじくりながら、ジャグラーは俯いた。

『連れて行かれ方がさ…… 嫌がるのを無理矢理、っていうか、比喩ではなく本当に、乱暴な男たちに手加減なく簀巻きにされて、物みたいに運ばれて行った訳で』

『…………』

『なぁんかさ、その時の、死んだお袋さんを呼ぶ悲鳴が忘れられなくて、ずっと残っちまって』

 それは去年の出来事で、まだ記憶が生々しいらしい。


『す、少なくとも、学校に通えているんだから』

『そうそう、屋敷に閉じ込められてるんじゃなくて外に出して貰えてるんだから。しかも士官学校って全寮制だろ? 家から離れて同年代の子と、きっと楽しくやってるさ』


 同席の仲間たちが慰める横で、斥候も同調しながら頷く。

 でも少し思考が脇へ流れた。


 学校だったら、普通科の学校も貴族向けの専門学校もあるこの街で、何であんな身体が小さい明らかに向いていなさそうな子が、武系の学校に入れられる?

 答えは割とすぐに来る。

 塀が高いから。

 全寮制で外出禁止で高い塀に囲われて、別名子供の刑務所。

 閉じ込めておきたい子供の指定校とも揶揄される。

 斥候だって、塀越えは無理だと諦めて、苦労して出入り業者証を入手したんだった。


 他の学校の生徒は街でも普通に見掛け、自由に青春を謳歌しているように見える。

 士官学校の生徒を見るのは集団行動の時だけだ。


 拐われるように侯爵家へ連れ去られ、高い塀に囲われる子供。

 朝の、白い靄の庭を思い出した。


 ――おかあさんが呼んでいるのなら、子供はおかあさんの所に帰してあげなくちゃ――








ジャグラー:

幼ロゼにタップダンスを教えた人。

奥さんも同種、夫婦仲は普通、娘は反抗期。

ロゼ母の事は芸術品のように遠くから眺めてた。



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