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Ep4-3・ノースフレイク商業ギルドの魔王(挿し絵あり)



『ノースフレイクの魔王』が丸くなったと囁かれた。

 年甲斐もなく天使に絆されたと。

 その通りなので、老翁は怒りも握り潰しもしなかった。


 ある日、子供が別荘のテラスの端で、警護の黒服と共に、猫の親子と遊んでいた。

 黒服は、ロゼが居ない時も一人で猫の世話を焼いていて、呼べば来る程になっていたのだ。


 老翁は黒服の配置替えをした。

 長らく側に置き信頼厚い者だったが、惜しむ気持ちは無かった。

 突然の配置替えはよくある事なので不自然は無く、黒服も何も言わずに従って、他部署へ移って行った。


 猫は許容してやろうと思っていたが、ロゼに噛み付くのを見たので、傘下の商店長に引き取らせた。

 猫だって野良でいるよりは屋根の下で養われる方が良かろう。


 研ぎ澄ませて生きて来たのが少しずつ、周囲の空気が濁り不明瞭になって行った。


 背筋を冷やすしくじりがあった。

 幹部の謀反に気付かずに、敵方に結構な範囲まで入り込まれていた。

 あわやで覚醒して事なきを得たが、牙城が崩れかけた事に、周囲は動揺した。


 そこに来て、後継が育っていない不備が指摘された。

 翁は家族を持たなかった。

 血縁の情は不穏の種にも弱点にもなるからだ。

 それでも持っておけば良かったと、初めて思った。思ってしまった。そんな、もうどうしようもない後悔、今更したくないのに。


 求め望む子供(ロゼ)を、知ってしまったからだ。



 霧の深い夜、ベッドサイドでセイレーンの民話を朗読していたロゼが、本を閉じて物語の続きのように語った。


『貴方の寝首をかけと指令されました』


『……シュヒギムにか』

『はい、そちら経由の新たな依頼主に』


 律儀にまだ繋がっていたのか。

 しかしロゼを操っているつもりでいるからか、どうにも調子に乗っているようだ。


『害にもならぬから放っておいたのだが』

『すみません』

『潰すか』

『お許し下さい、恩のある人たちなんです』

『お前はどうしたい?』

『僕はただ、僕が側にいる事でオーナーが軽んじられて、害意を向けられるのが嫌です。凄く嫌なんです』

『…………』


 おそらくロゼは、最近の事象全般を指して言っている。


 ――あの子供はファムファタール(魔性)だ――


 昼間すれ違ったS級冒険者の声が、脳裏に戻った。

 だからと言って、ロゼを手放す気持ちになど、とてもなれない。この子がいない日々を考えただけで気が狂いそうだ。


『お前はどうしたい?』

 もう一度聞いた。


 子供はそれに答えずに、夕べの晩餐会で主賓だった外交官の、泊まりの部屋を聞いて来た。

 老翁は、それ以上は質問せずに、それを教えた。




 突然アポイントを取って来た外交官と面会し、老翁は少なくない衝撃を受けた。

 ロゼは身体の成長に苦しんでいた?

 ……まったく気付いていなかった。


 思えば変声期など当たり前ではないか。

 唄の専門家を付けていれば、変換期も上手く管理出来たのに、ロゼは自分の声が失われて行くのに、誰にも寄り掛かれず一人で抱え込んでいた。

 誰かを頼ると老翁の気に障るからだ。


 ロゼは天使でいられなくなる。

 でも、魔王の傍に侍るのは、天使のロゼでなくてはならない。

 老翁がそう演出していた。


 外交官は、子供を人間として捉えていた。

 成長を見据えて、大人になる為に必要な物を与えようと、熱く語った。

 勢いもあるだろうが、頭を打った事のない人間の純粋な人柄が伝わった。

(自分には無い物だ……)

 加えて彼は隣国の王族だ。

 シュヒギムの契約破棄だの冒険者ギルドの縛りだの、すべてに押し勝てるだろう。


『お連れください』

 口から自然にこぼれ出た。



 ***



 子供が旅立って季節が二つ過ぎる。合歓(ねむ)の枝は健やかに今年の新芽を伸ばし、薄紅の花が満開の枝をしならせる。


 老翁は幸い気が狂いもせず、天使の居なくなったノースフレイクを裏から支える毎日に忙殺されている。


 遠くに、ロゼが外交官に付いて侍従見習いとして頑張っていると伝え聞き、たまに絵葉書なども送られて来る。

 それだけで何と心が暖められる事だろう。


 そうしてふと、自分はそういう風に、心を暖める物を他人に与えた事があるだろうかと考えた。ビジネス以外で。


 気紛れで……本当に気紛れで、教会の孤児や、商会の従業員の子供の誕生日などに甘い菓子を送ってみたら、異常なほど感激されて、見掛けると挨拶される程になっていた。小さい子供は笑顔で手を振ってくれる。


 裏社会の首領(ドン)なのは変わらないが、周囲の空気に柔らかい部分が出来、あんなに難しかった後継の育成にも、風が通って道が見えた気がする。


 湖畔の合歓の木の別荘には、親しくなった子供がたまに遊びに来て、薄紅の羽毛のような散華の中、輪になって踊っている。

 ロゼの為に雇っていたトレーナーがでんぐり返しを教え、栄養士がおやつを作ってやっている。

 小さい子供が湖に落ちたら危ないので、警護の黒服も呼び戻した。




 踊る 踊る 輪になって


 賢い猫と男の子


 愚かな羊と女の子


 聖者と怠け者


 悪魔と天使


 天使と魔王


 橋の上では みんな同じ みんな平等


 躍り過ぎて 落っこちて


 残ったのは・・・・







 ***



「あああ、あの爺さんかぁ~~」

「怒るだろうな」

「めっちゃ怒るだろうなぁ、ロゼの事、ベタベタに可愛がっていたみたいだし」

「ああ、別国にいた俺の耳にも入るぐらいで」

「それでなくとも一回ヤラカシてるんだよなぁ……」


 サウスシャディーダの冒険者ギルド。

 街の騒乱に開店休業状態。

 ガラガラの受け付けカウンターでダベる、ギルド職員と双剣使いの斥候(せっこう)


「去年、俺が出張で外してる間にさ、代理で『裏』受け付けを任せた職員が、トンでもない依頼を通しちまって。

 あの爺さんの寝首かいて幹部の謀反に加担しろって」

「うわっヤバッ」


「ヤバいだろ、背筋が冷えたわ。ちゃんと精査して通せよ、あのZ世代が。

 幸いロゼは賢い奴で、そんな依頼はスルーしてくれたから助かったんだが。

 有り難かったわ―― そんなの魔王にバレたら、俺ら翌日にはサウスの海に浮かんでたじゃん」

「いや、ここの『裏』すら最初から無かった事にされてただろ」

「怖い怖い」

「くわばらくわばら」 


 窓の外を、新たな一団が駆け抜けて行く。プラカードに『ウェストパレス』の文字が見える。

 この地上で、イストメーア帝国と並ぶ、もう一つの大国の名。


「そんな爺さんだから、当然ロゼの過去なんかも把握してたんだろ?」


「十二歳以前のか? そりゃそうだろ、調べるだろ、傍らに置くんだから。むしろあの背中の火傷の痕見たら、気になりまくるだろ。

 ま、ここの『裏』冒険者連中だって、あっちから来た流れの同種(おなかま)に話聞いたりして、いつの間にか全員知ってた」


「ウェストパレスでは二年たった今でも有名人だからな」


 『蒼天一閃』のリーダーが、警護に出る準備が出来たと、斥候を呼んだ。

 ギルドの扉が開かれると、外から一際勇ましい軍人らしい声が入って来る。


「『ウェストパレスの英雄』を救え!!」





合歓の木の下


挿絵(By みてみん)



続・代替サービス:

天使のキスキャンディは、ロゼがいなくなってから製造中止になったので、

現存してる物はプレミア価格がついてエライ事になってる。


魔王さん:

誕生日にロゼから贈られた安眠枕が宝物。



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