虹の橋を渡るセイレーン(付録あり)
「お前本当に背ぇ伸びたな、うん、あんな薄っぺらかったのに、肉も付いて人間っぽくなったな、良かったな」
「阿呆、そもそも人間だろ、他の何だってんだよ。ロゼぇ、相変わらず変なオッサンでごめんなぁ」
「うっせ、汚ねぇ手でベタベタ触んな、ロゼが汚れる」
「お前こそ、その信者ムーヴを何とかしろ」
二年ぶり会った可愛い子供に、オッサン二人がフィーバーしている。
子供は、剣士と弓使いの間で、無邪気に笑って小突かれるままに揺れていた。
二年前とあまり変わらない風景だな、と双剣使いの斥候は想う。
あのデモの喧騒から数日。
ウェストパレスの学生たちは嘘みたいに大人しくなり、エンジェル・ロゼファンは彼女たちなりの卒業イベントを催した。
処々の後始末を終え、今日ロゼは本当に、イストメーア帝国へ旅発つ。
朝靄けぶる王宮前庭の馬車停め。
特別に入城を許可された『蒼天一閃』のメンバーが、甲斐甲斐しくロゼの見送りをしている。
ロゼの移籍で一番大変だったのは、連れ去る事になった(された)イストメーアの使者殿だ。
各場面で、「いやあの子はちゃんと養う、脚なんか切らん」と説明せねばならなかった。
条約は頑張って、祖国を納得させられる箇所に落とした。でないと『お小姓貰って手を緩めた』なんて言われてしまう。
ヒヤヒヤの連続で、この国にいる間に体脂肪率がちょっと下がったかもしれない。
第九王子は、謹慎の後、王室教育の学び直しになった。
罪が軽くて済んだのは、助けに行った牢獄に子供が居らず、背信が未遂に終わったからだ。
それでも、侍従見習いの子供の方が遥かに国の為に立ち回れたのだから、恥ずかしいと思わねばならない。不平など口に出来る筈もない。
子供は第九王子に手出しをさせず、早々に裏メンバーの手を借りて、自室に着替えに行っていた(ザル)。
ドレスは、ノースフレイクの魔王が贈ってくれていた物。
そう、ロゼを完璧に守り通せる者でなければ、彼の女性の装いは解かせられない。
魔王は自覚していたし、王子は分かっていなかった。
ロゼは女性の服装で、市井の各所を回って、デモのお礼を述べた。
王子や王室の擁護も忘れなかった。
斥候は、大人たちに愛され玩ばれ、そして翻弄するロゼを想う。
ロゼに、人を利用するといった概念は無い。
いつだって相手を尊敬し、好いて大切に想い、心から感謝をしている。
ただただ生存本能が突出しているだけなのだ。
彼が、魔力ゼロの代わりに神様から授かった特性……、
『群れの中でより強い者をかぎ分け』、その庇護を受ける為に、『相手が求め望む子供になれる』能力。
鳥のヒナの赤いクチバシのように。
冒険者ギルド職員のあいつが、そんな風に解説していた。
奴も子供の頃、似た特性だったらしい。
それを生かして、今、人間観察を求められる受付仕事でギルドを大繁盛させている。
だからロゼだって、子供を脱する頃には、彼ならでは道を見付けているだろう……と。
「お前、そのマント、つんつるてんじゃないか」
髭面のリーダーは、子供の赤いフードマントを見て、端をつまんで引っ張った。
子供はいつもの澄んだ瞳で、槍使いの大男を見上げる。
「だって、貴方が買ってくれたマントだもの」
「そうか…… うん、あの時は…… 大きいのを買い過ぎてブカブカで、肩から落ちそうで…… あああ、ロゼよぉ、…………置いて行って、ごめんなぁ……」
「ああ―― リーダー泣いてる!」
「髭面のオッサンの涙とハナミズ、汚ねっ!」
「うっせぇこら吊るすぞダボ!」
賑やかに掴み合いをする男衆の横で、魔導師の女性がたおやかに微笑んで、マントのリメイクの方法を教えていた。
――馬車の用意が整って
最後に斥候は、子供の背に両手を回して、彼にだけ聞こえる小さい声で言った。
「ウェストパレスのジャグラーが、コツコツ探していた唄う妖精を、とうとう暗い所から見付け出したってさ」
「・・??」
子供は、よく分かっていない風に、パチパチと瞬きをした。
「聖水で清めて教会に頼んで、行くべき所にきちんと送って貰ったそうだ」
水底みたいな瞳に、かすかに光が横切った。
「だからお前も、安心して、一生懸命ちゃんと生きればいい」
「なにそれ、話が繋がってない……」
子供はフイと答えたが、言葉と裏腹に、深い底から水を汲み出すように、溢れた雫が白い頬を列になって伝う。
「あれ、あれ?」と、自分の涙に戸惑う子供に、見ていた御者や役人は、懐かしい恩人とのお別れの涙か、本当に清らかな子供だなぁと、また勝手に解釈した。
風が吹いて靄を飛ばし、覗いた青い空に見事な虹が掛かっている。
そうして子供は、馬車の窓から手を振りながら、虹の橋をくぐって元気に旅発って行った。
「今度はあっちの皇族でも垂らし込むかね?」
なんて口の中だけで呟きながら、双剣使いの斥候は、近年に無いほど軽やかに笑った。




