表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神話世間  作者: 西堂有規
1/10

照安王の乱

 反乱は、雪より先に降ってきた。


 端原の密偵が王都から戻ったのは、深夜だった。


 馬は潰れ、使者の衣は泥と血にまみれている。


「……霊殿廣実、挙兵」


 広間の空気が凍った。


「公爵・赤丑照安を擁立。寺下晴光と共に兵を集めております」


 達範が目を細める。


「予想より早いですね」


 壮真は黙っていた。


 だが豪政には分かった。


 父は、嬉しがっている。


「中央が割れた」


 壮真はゆっくり立ち上がった。


「ならば始まる」


    ◇


 数日前――。


 霊殿廣実は、王都外縁の古寺にいた。


 灯火は三つ。


 廣実。

 寺下晴光。

 そして、公爵・赤丑照安。


 照安はまだ若かった。


 本来ならば政争に関わるような人物ではない。

 だが、その血統だけで価値がある。


 王族に連なる名門。


 旗印としては十分だった。


「本当にやるのか」


 照安が震える声で言う。


 廣実は笑った。


「今さら怖気づかれますか」


「だが、相手は副王だぞ」


「だからこそです」


 廣実の目には狂気が宿っていた。


「新庄実伸は王を傀儡にした」


「廷臣を犬にした」


「地方を食い潰した」


 晴光が静かに続ける。


「今の朝廷は、王朝ではありません」


「新庄家の私物です」


 照安は唇を噛んだ。


「……勝てるのか」


 その問いに、廣実は即答した。


「勝てます」


 嘘だった。


 だが、ここで迷いを見せれば終わる。


「東方監察府にも同志はおります」


「地方豪族も動く」


「端原も、いずれ呼応するでしょう」


 照安は、ゆっくりとうなずいた。


 その瞬間。


 寺の鐘が鳴る。


 廣実は立ち上がった。


「では――始めましょう」


    ◇


 挙兵は、鮮烈だった。


 照安軍は瞬く間に地方の不満分子を吸収し、東方へ進軍する。


 だが。


 現実は甘くなかった。


 東方観察府。


 雪の平原。


 そこで待っていたのは、麻生廣頼だった。


 廣頼は馬上で静かに敵軍を眺めていた。


 隣には弟・廣俊。


 その背後には監察府精鋭。


「本当に来たか」


 廣俊が笑う。


「馬鹿だな、廣実も」


「……いや」


 廣頼は目を細めた。


「怖い男だ」


「追い詰められた獣ほど厄介なものはない」


 開戦。


 戦場は一瞬で地獄になった。


 寺下晴光は奮戦した。


 照安軍の先鋒として何度も突撃し、監察府軍を押し返す。


 だが数が違う。


 装備が違う。


 統率が違う。


 廣俊の騎兵が側面から食い破った瞬間、戦列が崩壊した。


「総崩れだ!!」


 誰かが叫ぶ。


 照安の顔から血の気が消えた。


 その時。


 一人の僧が進み出る。


 法印・尊俊。


「殿下、お下がりを」


 彼は錫杖を握り締めた。


「ここは拙僧が」


「無茶だ!」


「元より、死ぬ覚悟にございます」


 尊俊は笑った。


 次の瞬間、単騎で突撃する。


 監察府役員・奧知呂頼致の馬前へ。


「南無三――!!」


 絶叫。


 刃が閃く。


 頼致の首が飛んだ。


 だが同時に、尊俊の身体も槍に貫かれる。


 血飛沫が雪を染めた。


 廣頼はその光景を見つめ、ぽつりと呟く。


「……見事だ」


    ◇


 敗走。


 照安軍は潰走した。


 廣実は歯を食いしばりながら馬を走らせる。


 後ろでは味方が次々と討たれていく。


「霊殿様!!」


 晴光が叫ぶ。


「ここで別れましょう!」


「何だと!?」


「このままでは全滅です!」


 廣実は逡巡した。


 だが正しかった。


 彼らは別行動を取る。


 照安と晴光は境山方面へ。


 廣実は神征軍拠点へ。


 それが最後だった。


    ◇


 山道。


 吹雪。


 霊殿廣実はわずかな供回りと共に逃走していた。


「もう少しだ……!」


 だが前方に、松明が現れる。


 騎兵。


 長縄和斉。


「お待ちしておりました」


 廣実は刀を抜いた。


「どけ」


「副王閣下より命を受けております」


 和斉は淡々と言った。


「ここで死んでいただく」


 廣実は笑った。


 疲弊し切った、乾いた笑い。


「……新庄実伸め」


 彼は最後の突撃を敢行した。


 結果は、一瞬だった。


    ◇


 一方。


 寺下晴光は、境山に照安を匿っていた。


 追撃してくるのは、西村武博、緑川秀忠ら官軍。


 兵数差は絶望的だった。


「晴光……」


 照安が震える。


「申し訳ない」


 晴光は首を振った。


「謝る必要はありません」


 彼は静かに刀を構える。


「殿下は、最後まで王であられました」


 官軍が迫る。


 晴光は突撃した。


 凄まじい剣だった。


 三人斬り倒し、五人斬り倒し、それでも止まらない。


 だが。


 堂坂則興の槍が胸を貫いた。


 晴光は崩れ落ちる。


 照安は、その姿を見ていた。


 しばらくして。


 静かに短刀を抜いた。


「……許せ」


 赤い血が雪に落ちた。


    ◇


 数日後。


 端原。


 壮真は敗報を聞き終えると、静かに言った。


「そうか」


 豪政は尋ねる。


「父上。これで終わりでしょうか」


 壮真は笑った。


「違う」


「これは始まりだ」


 達範が補足する。


「照安の乱で、中央はさらに疑心暗鬼になります」


「麻生廣頼も、必ず動く」


「そして、東方監察府が乱れる」


 壮真は立ち上がった。


「その時だ」


「端原は天下へ出る」


 その瞳には、既に戦乱の未来が映っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ