照安王の乱
反乱は、雪より先に降ってきた。
端原の密偵が王都から戻ったのは、深夜だった。
馬は潰れ、使者の衣は泥と血にまみれている。
「……霊殿廣実、挙兵」
広間の空気が凍った。
「公爵・赤丑照安を擁立。寺下晴光と共に兵を集めております」
達範が目を細める。
「予想より早いですね」
壮真は黙っていた。
だが豪政には分かった。
父は、嬉しがっている。
「中央が割れた」
壮真はゆっくり立ち上がった。
「ならば始まる」
◇
数日前――。
霊殿廣実は、王都外縁の古寺にいた。
灯火は三つ。
廣実。
寺下晴光。
そして、公爵・赤丑照安。
照安はまだ若かった。
本来ならば政争に関わるような人物ではない。
だが、その血統だけで価値がある。
王族に連なる名門。
旗印としては十分だった。
「本当にやるのか」
照安が震える声で言う。
廣実は笑った。
「今さら怖気づかれますか」
「だが、相手は副王だぞ」
「だからこそです」
廣実の目には狂気が宿っていた。
「新庄実伸は王を傀儡にした」
「廷臣を犬にした」
「地方を食い潰した」
晴光が静かに続ける。
「今の朝廷は、王朝ではありません」
「新庄家の私物です」
照安は唇を噛んだ。
「……勝てるのか」
その問いに、廣実は即答した。
「勝てます」
嘘だった。
だが、ここで迷いを見せれば終わる。
「東方監察府にも同志はおります」
「地方豪族も動く」
「端原も、いずれ呼応するでしょう」
照安は、ゆっくりとうなずいた。
その瞬間。
寺の鐘が鳴る。
廣実は立ち上がった。
「では――始めましょう」
◇
挙兵は、鮮烈だった。
照安軍は瞬く間に地方の不満分子を吸収し、東方へ進軍する。
だが。
現実は甘くなかった。
東方観察府。
雪の平原。
そこで待っていたのは、麻生廣頼だった。
廣頼は馬上で静かに敵軍を眺めていた。
隣には弟・廣俊。
その背後には監察府精鋭。
「本当に来たか」
廣俊が笑う。
「馬鹿だな、廣実も」
「……いや」
廣頼は目を細めた。
「怖い男だ」
「追い詰められた獣ほど厄介なものはない」
開戦。
戦場は一瞬で地獄になった。
寺下晴光は奮戦した。
照安軍の先鋒として何度も突撃し、監察府軍を押し返す。
だが数が違う。
装備が違う。
統率が違う。
廣俊の騎兵が側面から食い破った瞬間、戦列が崩壊した。
「総崩れだ!!」
誰かが叫ぶ。
照安の顔から血の気が消えた。
その時。
一人の僧が進み出る。
法印・尊俊。
「殿下、お下がりを」
彼は錫杖を握り締めた。
「ここは拙僧が」
「無茶だ!」
「元より、死ぬ覚悟にございます」
尊俊は笑った。
次の瞬間、単騎で突撃する。
監察府役員・奧知呂頼致の馬前へ。
「南無三――!!」
絶叫。
刃が閃く。
頼致の首が飛んだ。
だが同時に、尊俊の身体も槍に貫かれる。
血飛沫が雪を染めた。
廣頼はその光景を見つめ、ぽつりと呟く。
「……見事だ」
◇
敗走。
照安軍は潰走した。
廣実は歯を食いしばりながら馬を走らせる。
後ろでは味方が次々と討たれていく。
「霊殿様!!」
晴光が叫ぶ。
「ここで別れましょう!」
「何だと!?」
「このままでは全滅です!」
廣実は逡巡した。
だが正しかった。
彼らは別行動を取る。
照安と晴光は境山方面へ。
廣実は神征軍拠点へ。
それが最後だった。
◇
山道。
吹雪。
霊殿廣実はわずかな供回りと共に逃走していた。
「もう少しだ……!」
だが前方に、松明が現れる。
騎兵。
長縄和斉。
「お待ちしておりました」
廣実は刀を抜いた。
「どけ」
「副王閣下より命を受けております」
和斉は淡々と言った。
「ここで死んでいただく」
廣実は笑った。
疲弊し切った、乾いた笑い。
「……新庄実伸め」
彼は最後の突撃を敢行した。
結果は、一瞬だった。
◇
一方。
寺下晴光は、境山に照安を匿っていた。
追撃してくるのは、西村武博、緑川秀忠ら官軍。
兵数差は絶望的だった。
「晴光……」
照安が震える。
「申し訳ない」
晴光は首を振った。
「謝る必要はありません」
彼は静かに刀を構える。
「殿下は、最後まで王であられました」
官軍が迫る。
晴光は突撃した。
凄まじい剣だった。
三人斬り倒し、五人斬り倒し、それでも止まらない。
だが。
堂坂則興の槍が胸を貫いた。
晴光は崩れ落ちる。
照安は、その姿を見ていた。
しばらくして。
静かに短刀を抜いた。
「……許せ」
赤い血が雪に落ちた。
◇
数日後。
端原。
壮真は敗報を聞き終えると、静かに言った。
「そうか」
豪政は尋ねる。
「父上。これで終わりでしょうか」
壮真は笑った。
「違う」
「これは始まりだ」
達範が補足する。
「照安の乱で、中央はさらに疑心暗鬼になります」
「麻生廣頼も、必ず動く」
「そして、東方監察府が乱れる」
壮真は立ち上がった。
「その時だ」
「端原は天下へ出る」
その瞳には、既に戦乱の未来が映っていた。




