表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コスパの悪い魔法の世界で、僕は地球に論文を送る。 ~異世界転生した天才物理学者は事象の地平線を越えて真理を証明する~  作者: あとりえむ
第2部:シュバルツシルトの深淵編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/57

第35話 重力異常地帯の恵み

マナの霧を抜けた先、奈落の中層に着地した私たちの目に飛び込んできたのは、世界の理が崩壊した光景だった。

巨大な岩石が宙に浮き、地表から湧き出した水が上に向かって滝のように流れている。上下左右の概念が完全に消失していた。


「うっぷ……なんだここ、気持ちわりぃ……」


「地面が、斜めになっているのに落ちないなんて……頭がぐらぐらしますぅ」


リックとアリスが、視覚と三半規管の情報のズレによる強烈な空間酔いに見舞われ、その場にしゃがみ込んでしまう。


「吐くなら下に向かって吐けよ。いや、今の『下』がどっちかは分からないが。この空間の濃密なマナが局所的な重力場を形成し、空間を歪めているんだ」


私は宙に浮く岩の群れを見渡した。空中の岩を渡って奥へ進む必要があるが、一歩間違えれば明後日の方向へ落下してしまう危険なルートだ。


「ボブ、ナビゲートできるか?」


「無理だね。ランダムに変動する重力場のせいで、未来予測にノイズが混じりすぎる。僕の演算じゃ処理しきれない」


ボブが眼鏡を押さえながら首を振る。

ならば、私自身が計算するしかない。私の眼には、空間に働く複数の重力ベクトルが黄金の糸の張り具合として視認できていた。


「僕の指示した岩以外には絶対に乗るな。引力の向きと大きさを暗算で足し合わせる」


私は頭の中で矢印を繋ぎ合わせ、安全に飛び移れるルートを構築し始めた。

しかし、私たちが三つ目の浮遊岩に飛び移った瞬間、巨大な岩の裏側から、馬車ほどの大きさを持つ黒光りする甲虫が這い出してきた。


「敵襲!高位の魔物、グラビティ・ビートルだ!」


ボブの警告と同時に、甲虫の角の間から強烈な引力が発生した。

バキバキと周囲の小石が甲虫に向かって吸い寄せられていく。アリスとリックの体も宙に浮きかけ、甲虫の巨大な顎の方へ落ちていきそうになる。


「レイ様!吸い込まれます!」


「慌てるな!複数の引力が重なる場所には、必ず力が釣り合う特異点が存在する!」


私は甲虫の発生させる重力波と、ダンジョン本来の重力場が干渉し合うパターンを瞬時に計算した。


「リック、アリス!右斜め前方の窪みへ跳べ!そこがラグランジュ点だ!」


二人が私の指示通りに岩の窪みへ身を躍らせると、嘘のように引力が消失した。二つの重力ベクトルが完全に相殺される無重力の死角だ。


「今だアリス!アンテナ杖で奴の角の間を狙撃しろ!」


「はいっ!ウインド・スナイプ!」


死角からの安全な狙撃。圧縮された風の弾丸が、甲虫の重力器官である角の根元を正確に撃ち抜いた。

重力制御を失い、甲虫がバランスを崩してよろめく。


「とどめは俺が刺す!うおおおおっ!」


リックが死角から飛び出し、セラミック剣を大上段から振り下ろした。

硬い金属質の甲殻を持つ魔物だったが、リックの剣はまるで紙を切るように、抵抗なく甲虫の頭部を両断した。


「っしゃあ!なんだこれ、すげぇ切れ味だぞレイ!ワイバーンといい、あの見るからに硬そうな甲羅といい、バターみたいにスッパリいけたぜ!」


甲虫の死骸が崩れ落ちる中、リックが自分の剣を見つめてはしゃぐ。


「当たり前だ。お前の剣の表面には、酸化アルミニウムのプラズマ溶射によるファイン・セラミックスの皮膜が形成されているからな」


私は浮遊岩に着地し、リックの剣を一瞥して解説した。


「鋼鉄の剣は硬い甲羅を叩けば刃先が微視的に変形して威力が逃げる。だが、極小の結晶が規則正しく並んだセラミックは全く変形しない。お前の腕力による運動エネルギーが、逃げることなくミクロの線の一点に極限まで集中するんだ。切れない物はない」


「へへっ、理屈はさっぱりだが、要するに俺の剣が最強ってことだな!」


リックが自慢げに剣を振るう。

その時、真っ二つにされた甲虫の死骸が、私たちが乗っていた浮遊岩の一部に激突し、岩肌を大きく砕いた。

私はその砕けた断面に、キラリと光る白銀の結晶が露出しているのを見逃さなかった。


「これは……ミスリルになりかけている欠片か」


「お!レイ、銀の結晶か!?鉱脈があるなら一儲けできるな!」


私はその欠片を指先でなぞり、視覚を研ぎ澄ませて成分を分析した。


「いや、銀(Ag)じゃないな」


「え?でも、キラキラして綺麗な銀色に光ってますよ?」


アリスが不思議そうに首を傾げる。


「銀や銅といった優秀な導体は、構造上、超伝導体にはならないんだ。この白銀の輝きの正体は……硫化水素だ」


「りゅうか、すいそ……?」


私はダンジョンの底から絶えず立ち上ってくる、微かな硫黄の匂いを嗅いだ。


「温泉の匂いの元になるガスだよ。それがこの異常な重力異常地帯の底で、四方八方から数千万、あるいは数億気圧という地球上では絶対に再現できない極端な重力プレスを受け続けた結果、極限まで圧縮されて金属化しているんだろう」


私は白銀の欠片を光にかざした。


「極限の圧力で結晶構造が固定され、常温で超伝導を示すようになった高圧力化合物。この世界の住人が『魔法の銀』と呼んで勘違いしているミスリルの正体はこれだ」


「軽いガスが圧縮されてできた金属だから、鉄なんかよりも軽くて強度もあるのか……興味深いね」


ボブがなるほど、と納得する。


「ガスが金属になるなんて……相変わらずレイの言うことはスケールがデカすぎてわけがわからねぇぜ。でも、これで探してたモンが見つかるってことだな!」


「ああ。おそらくこの重力圧縮の先に、本物の鉱脈がある」


欠片の発見により、最深部に超高純度のミスリルが大量に眠っているという私の仮説は裏付けられた。

これで加速器のコイルが作れる。そう確信して口元を緩めた、その瞬間だった。


メキョッ。


嫌な音が響いた。甲虫を倒したことと、足場の岩が大きく砕けたことで、この宙域のデリケートな重力バランスが突如として崩壊したのだ。


「あ……れ……?」


アリスが立っていた足場の岩が、ふいに反重力を失い、奈落の底へ向けて真っ逆さまに落下を始めた。


「きゃあぁぁぁっ!?」


アリスの悲鳴が、上下のわからない異常空間に響き渡った。




(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


実験にお付き合い頂きありがとうございます!


あとりえむ 作品紹介

やっぱりせかいはまあるいほうがいい S級清掃員 監査の魔王 至高のミミちゃんを見守る会 君が遺した種子は、森には還らなかった。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ