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たとえあなたが知らなくても ~騎士と薬師の秘密の夜~  作者: 雨音AKIRA


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21話 失ったもの(ルーファウス)


「は……?なんだそれ……なんでそんなことをお前が……そもそも僕とフィオナとの間に、そんな事実はなかった。なのにどうしてそんなっ……!」


「落ち着けって!……お前が混乱するのもわかる……わかるが……紛れもない事実だ」


「信じられるわけがないっ……!」


「いいや!真実だ!あの日……お前は薬のせいでおかしくなっていて、自制できなかったんだ……!だからっ……」


「嘘だっ!嘘だっ……!」



 信じられないことを言いだすヒースクリフに、僕はそれを認めたくなくて首を振り続けた。だが彼は痛まし気に顔を歪めるばかりで、その言葉を覆すつもりがないようだった。


 薬のせい──そう彼は言った。自制できなかったとも。そんなはずはないと頭を振るも、もしかしてという思いがどこかにある。


 確かに以前、花街での仕事中にすり寄って来た商売女に違法な媚薬を飲まされたことがあった。だがあの夜は慌てて詰所に戻って医師の下へ行って事なきを得たはずだ。朝には詰所の休憩室で寝ていたから何事もなかったと胸を撫でおろしていたのだが……。


 視線を上げれば心配そうにこちらを見下ろす友の姿。その目には明らかに後悔という感情に苛まれているように見えた。


──そういえばあの日からだ。ヒースクリフが頻繁にフィオナの薬局に足を向けるようになったのは……。


 それに加え薬局から詰所への配達をやめ、わざわざ騎士に取りに行かせるよう取り計らったのも他でもないヒースクリフだ。媚薬を飲まされた翌日以降に始まった、友の不可思議な行動──それらを考えると、見えてくる答えは一つしかない。



(まさか──本当に僕が彼女に……?)



 ──信じられないような事実。けれどもしそれが本当だとしたら、ヒースクリフはそれを知った上で、全てをなかったことにしたのだ。


 ………他でもない僕の為に。



「嘘だと言ってくれ………ヒース………嘘だと………僕はフィオナにそんなことをしていないと…………」



 縋るように問いかけるも返答はない──すると僕たちのやり取りを見ていた相手の男が立ち上がり、目の前にやって来る。


 僕の様子ばかりを気にしていたヒースクリフが慌てて止めようとするも、男の拳が僕の頬を打つのが早かった。



「ふざけんなっ!!アンタ!よくもそんなっ……そんなことを酷いことが言えるな!今の言葉をフィオナにも言ったのか!?馬鹿野郎がっ!!」


「っ……つ!!」



 普段なら避けることなど他愛もないはずの殴打。けれど心のどこかで自分を罰してほしいと願っていたのかもしれない。男の拳は見事に命中し、その頬の痛み以上に僕の胸を深く抉った。



「フィオナは……アイツは確かにはっきりとは言わなかったかもしれない……けど誰かを貶めるような嘘を吐く奴じゃない!それに、妊娠したことをアンタに言うのかって聞いたら、アイツはうんって…………そのつもりだって言ったんだ!そんなの……アンタが子供の父親だからに決まってんだろっ!!」


「!!」



 血を吐くようなその叫びに、心が悲鳴を上げる。信じたくない己の過ちを突き付けられて言葉を失ったままの僕に、男は更に罵る言葉を重ねた。



「……誤解させるような俺の行動も悪かったかもしれない……けど一番悪いのは間違いなくアンタだ!だってフィオナを妊娠させておきながら、アンタはその事実を認めなかったんだろ?!だからフィオナは絶望して一人で…………クソがっ!!クソッタレが!!」



 それ以上は我慢がならないとでもいうように、男は自身の席へ戻るとドカッと座ったっきり黙ってしまう。僕はその最後にフィオナについて呟かれた言葉が信じられなくて、気が付けば縋るようにヒースクリフを見上げた。


 けれど返ってきたのは首を横に振るだけのもので──


 指先が凍えるように冷たくなっていく。震えるそれを口元へもっていった時には、もう怒りという感情は全て消え失せていた。


 その代わりに僕を支配していたのは恐怖の二文字だ。真実を知るのがこれほど恐ろしいと感じたことはなく、先ほどから早鐘を打ち続けている心臓の音がやけに大きく聞こえる。


 そんな僕を痛まし気に見つめるヒースクリフが、ゆっくりとその重い口を開いた。



「……フィオナ嬢はもうこの街にはいない……王都を出たことは確かだが……その、行方が分からなくなっている……」


「それ、は……」


「数か月前……俺たちが遠征に行ってすぐだ………彼女が街を出たのは。勤めていた薬局には故郷に帰るのだと言っていたそうだが……」


「フィオナの両親はとっくに亡くなってる。アイツに帰る故郷はないんだ!そんなことも知らなかったのかアンタらは!」



 ヒースクリフの言葉を遮るようにして、男が苛立ったようにその先を答えた。


 確かにフィオナとは家族構成について詳しく話しをしたことはない。何故なら出自に関する事実を告げられない自分にとって、その話題は酷く都合が悪いものだったからだ。


 だが今思えば、そんな自分の都合ばかりを考えていたせいで、彼女が抱える孤独と苦悩に気づけなかったのだから、何と自分は愚かだったのだろう。彼女との未来を考えていると口では言いながら、彼女を傷つけた張本人であるというのにまともに向き合うことすらしていなかったのだから。


 言葉もなく項垂れる僕に、ヒースクリフは気まずげに続ける。最も恐れていたその先にある言葉を──



「……街道警備隊の記録によれば数か月前……盗賊に襲われた定期便の馬車があったそうだ。そこで女性が一人、行方知れずになっている──」


「……まさか………」


「いや……運航していた馬車屋の帳簿には性別とおおよその年代のみで、名前は載っていない。だが警備隊の調書に、行方不明の女性の容姿に関して同乗していた他の客の証言があった。それがフィオナ嬢のものと酷似している…………本当に……残念なことに」


「っ──……」



 その言葉に、胃の中のものがせりあがってくるような心地がした。信じたくはない。けれどあの日──酷く罵って別れの言葉を突き付けた時の彼女の悲痛な表情が脳裏をよぎった。


 彼女を傷つけて追い詰めて王都から出るよう仕向けたのは、他でもない自分だ。そして彼女はそのまま──



「うっ……!」


「おい!ルーファウスっ!」


「うぉぇっ……!」



 胃液がせりあがってきて、えずくのを止められない。碌に食事もとれていないから、吐き出すものも何もあったものではないのだが、気分の悪さが抑えられなかった。


 ヒースクリフが慌てて駈け寄るが相手をする余裕などなく、ただ背を丸めて己の中にある全てを吐き出すようにえずき続ける。最後にはみっともなく涙を流すだけの嗚咽になっていたのだが、誰もそれを咎めたりはしなかった。


 その気遣いが今は酷く苦しくて辛い。彼女を追い詰めてしまった自分こそ、罰せられて咎められなければならないはずなのに──


 そうして暫くしては誰も言葉を発せずにいたのだが、やがて僕の様子が落ち着くと、ヒースクリフが戸惑いつつも口を開いた。



「ルーファウス……確かに彼女は行方不明だが、それだけだ。彼女が望んで消息を絶ったとも考えられる」


「………そんなこと……」


「いいや、それがありうるんだよ。お前が彼女に近づいたことを知って、彼女に近づいた貴族がいたからな」


「まさか………」


「あぁ、そのまさかだ。流石に耳が早い上に、牽制の意味も込めてだろう。家紋付きの馬車でフィオナ嬢の勤める薬局へ何度か訪れたようだ」


「っ………!」


「だからフィオナ嬢がお前の事情を……詳細は分からなくとも、大まかには知っていた可能性がある。ましてや妊娠してるんだ。その身に及ぶ危険性を示唆されていたとしてもおかしくはない」



 ヒースクリフの言葉に、彼女が自ら姿を消して無事でいるだろう希望と、それに喜んでしまう自分への怒りでどうにかなってしまいそうになる。


 他でもない自分が彼女を酷く傷つけたというのに、僕は本当にどうしようもない人間だ。だがいつまでも悔やんでうじうじとしているわけにはいかない。


 彼女のお腹にいるのは僕の子だ。僕自身の手で守らなくてどうする。



「………取り乱して、すまない……ヒース。その……事情を知らせてくれて、ありがとう………」


「あぁ……寧ろ俺がちゃんとあの夜の出来事をお前に告げていれば、こんなことにはならなかったんだ。お前にも、彼女にも悪いことをしたと後悔している………本当にすまない」



 真実を知らせてくれたヒースクリフに感謝の意を告げれば、逆に彼から謝罪をされた。僕の複雑な事情を知っているからこそ、彼は黙ることを選択したのだ。その葛藤の末の決断を安易に責めることはできない。


 だが傍らでそのやり取りを見ていた男──ヘンリー医師は不服そうに口を開いた。



「それで?……結局俺から事情を聴いて、アンタらはどうしたいわけ?フィオナの居場所は俺も知らないし、もし知っていたとしても教えるつもりはないんだけど」



 余程腹に据えかねているのか、つっけんどんにそう言われれば、返す言葉もない。だがヒースクリフが敢えてヘンリー医師をこの場に呼んだということは、彼にも協力してもらうつもりでいるからだろう。彼の言葉に頷きを返し、言葉を続ける。



「勿論それくらいは承知の上だ。だが貴殿はフィオナ嬢の行方が分からなくとも、彼女のことを庇っているだろう?姉君の嫁ぎ先の領地に、彼女がいる様に周囲に匂わせているそうじゃないか」


「っ……何でそれを……」


「伊達にこっちだって長年騎士をやっているわけじゃないんだよ。だがそこまで貴殿がする理由はよくわからないが……」


「はっ!そんなのフィオナのことが心配だからに決まってんだろ!アホか!」



 ヒースクリフの言葉に、ヘンリー医師が馬鹿にしたような目を向ける。彼にとってはフィオナの為に何かするということは、ごく当たり前のことなのだろう。一つ悪態を吐くと、その後は苦し気に眉を顰めて語り出す。



「アイツは昔っから一人で無理をする奴なんだ。強引にでもこっちから関わっていかないとあっという間にどうにかなっちまうような……そんな危うさがあるんだよ。だから俺がこの手で守ってやろうと思っていたのにいなくなっちまって…………薬局を訪れたら貴族の馬車が迎えに来たことがあるって言ってたから、あぁ、逃げたんだって…………だからアイツの隠れ蓑にだけでもなってやろうって…………そう思ったんだよ!悪いか!」


「いや…………寧ろ感謝している………その、色々と突っかかってしまって申し訳なかった」


「ふんっ!今更だなっ……!それと謝るなら俺でなく、フィオナに対してだ!再会するまでしっかり反省しとけってんだ!クソが!」



 そう言って僕の顔を見ては悪態をつくヘンリー医師。貴族の出ながら下町で聞くような汚い言葉の数々を投げつけてくる彼の存在が、今はどこかありがたかった。


 本来ならば酷い奴だ、大馬鹿者だと僕を怒鳴りつけるのは、フィオナ自身であったはずだ。だが彼女はいなくなってしまった。何も言わず、まるで最初からいなかったかのように……。


 その事実が、僕が彼女に与えた絶望のせいだと突きつけられているようで……酷く打ちのめされた。だから誰かに罵ってもらう方が、よっぽどましだと思うのは仕方の無いことかもしれない。


 そうして詮無いことを考えていれば、ヒースクリフが言葉を続ける。



「……確かに今更だ……だがそれでも彼女がルーファウスの子を妊娠しているとわかって、黙っているわけにはいかない。だからヘンリー殿、貴殿にも彼女を探すのを手伝って欲しい」


「あぁ?もし嫌だと言ったらどうなる?」


「……フィオナ嬢の為にならないかもしれない。言えるのはそれだけだ」


「わかったよ……元々俺だってフィオナの無事が気になって仕方なかったんだ」


「…………助かる」



 そうして僕たちは、フィオナを探す為に協力することになった。


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