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093.シチくんTS人魚姫になる 【挿絵アリ】

※2024/11/28 挿絵追加

「仕方ない。店員、このほうれん草とチーズのパイ包みを持ち帰りたいが、頼めるか」


「かしこまりました」


 カフェ店員はシチの注文に従って、料理を一度下げ、使い捨ての弁当箱に詰め直してもってきてくれた。シチはパイ包みを中型の携行アイテムBOXに収納する。

 そしてシチは淡々と真顔でこう告げた。


「食事の邪魔をするほど大事なことか。それなら情報料をよこせ」


「守銭奴すぎませんか!? 12億DM稼いでもまだ足りないんですか!」


「俺の行動目的は有用な金銭とアイテムの無制限の回収だ。一円を笑うものは一円に泣く、という言葉があるそうだな。なら例え10DMでも軽く見ないことだ」


「素晴らしい先人の言葉をすぐそうやって変な使い方しちゃうんですから……」


「情報料20万DMを要求する。その所持金なら支払えるはずだ」


「ぐっ、絶妙に払えるラインを狙ってくる……っ!」


 ザラメの所持金は140万DMもある。

 異変の謎を解明するヒントと引き換えと思えば、四の五の言わずに払ってもいい額だ。


▽「マジかよ最低だろこいつ」


▽「意外と安いね。Aランク武具ひとつ程度の値段は良心的だよ」


▽「ザラメちゃん頼む世界の運命がかかってるんだ!」


「ぐぬぬぬぬ、わ、わかりました……」


 一生懸命に稼いだお金をかっさらわれるのは悔しいが、背に腹は代えられない。

 ザラメが20万DMを冒険の書から実体化させて手渡そうとすると、隣で様子を見ていたユキチが10万DMをいっしょに差し出してくれた。


「僕が半分払うよ。ごめんね、全額払うほどは残ってなくて……。いいよね、シチ」


「確かに情報料は頂戴した。――それと言っておく。このカフェテラスに他の冒険者を招き入れることを禁止する。俺の安全確保のためだ。俺は盗賊として活動している。情報提供の間に逃げ場がなくなるような状況は契約違反とみなし、即刻逃走する。いいか?」


「……わかったよ、シチ。観測者のみなさん、シチの指示通りにするよう各自連絡をおねがいしていいですか?」


▽「おっけーユキチ隊のみんなに伝えておくね」


▽「黒騎士様がもうすぐ到着なさるのに! きーっ、ご活躍が遠のいて悔しいですわ!」


▽「俺も自分の推しパに報告してくるわ、んじゃ」


 ザラメはユキチが金欠に陥ることをすこし申し訳なく思いつつ、でも半額を払わせないのもカッコ悪い感じになっちゃうかな、とちいさな問題をぐっと飲み込む。

 それより、ログアウト方法の情報提供こそ重要だ。


 カフェテラスに滞在するNPCの一般利用客と、ごく少数の偶然居合わせたプレイヤーが見守る中、シチは「ログアウトを開始する」と無感動につぶやいた。


 ――ログアウト。

 つまり、このVRゲーム『ドラコマギアオンライン』の舞台上から離れて現実世界もしくはログイン画面に帰還する、ということだ。


 通常手順のログアウト処理は、冒険の書でログアウト操作をするか、戦闘不能状態に陥っている間にログアウトを選択するか、現実世界で強い衝撃や生理的欲求が生じる等のアクシデントが発生するか、情報端末が通信途絶すると自動で行われる。


 つまり、ゲーム側での任意のログアウトと、リアル側での強制のログアウトが存在する。

 どちらにせよ、現世代のVRゲームは『ログアウト不能になり意識不明に陥る』といった深刻な生命に関わるトラブルは起きないよう設計されているので、本来は、リアル側から外的要因で強制ログアウトを行えば、それで万事解決するはずだった。


 ――しかし。

 それら外的強制ログアウトは今のところすべて失敗に終わっている。

 通信を途絶しても、端末機器を停止させても、電脳被災の意識は戻らなかった。


 もちろん、危険な人体実験のようなことはできないため、ありとあらゆる可能性を尽くしたというわけではないが、安全とされる既知の措置はすべて失敗に終わっている。

 このことをザラメはちまちまと観測者から報告を受けているが、まったくもって吉報でもなく気分が落ち込むだけなので、暗いニュースは適度にするようおねがいしている。


(もし、すこしでもわかるなら……)


『ログアウト、スタンディングバイ、レディ。3、2、1……0』


 無機質な音声が周囲へのログアウトを勧告して、秒読み通りにシチはログアウトする。

 描写的には、光学的明滅エフェクトとともに頭上に浮遊する光輪が出現、その中へと粒子のように細かく分解され、断片化されて還元されていくという演出をする。

 あくまで演出であって実際には明滅したタイミングですでに存在判定は消えている。


「消え……ましたね」


「消えちゃった、ね……」


 しーんと静まり返ったカフェテラスは重たい沈黙が横たわっていた。

 シチの反応は完全に、このドラコマギアオンラインの世界上から消失しているはずだ。

 それはほんの数日前まで、ごく当たり前にあったログアウトの光景でしかなく、ザラメたちも夕飯時だからと気軽に実行しようとしていた操作にすぎない。


 その日常あるべきログアウトという操作が、今は、世界の注目を大いに集めていた。


 そして三十秒後――。


 シチは帰還した。

 ログイン演出、つまり光輪から断片が分割再構築されて人型になり明滅する。


 そうして帰還したシチは――。


「お」



挿絵(By みてみん)



 目に見えて。


「おっぱいがある……っ!!」


「ざ、ザラメ! 言い方っ!?」


 ユキチは気恥ずかしそうに目をそらしているが、ザラメはあえて刮目する。

 芸術的絵画に描かれる麗しの人魚姫のように、母なる豊穣の海の恵みを表現したような艶めかしくも気高い胸元がなんといっても目を見張る。


 それだけでなくて、中性的な美少年然としていたフォルムもやや大人びて、髪もすこし長くなり、これまでがよくて中学生男子くらいだった見かけが高校生女子くらいに色々と盛られていて。

 息を呑むような美しさと愛らしさは、いっそあざとくて殺人的造形だった。


 そこに特有の無感動で謎めいた雰囲気が組み合わさると、もうここに美術館を建てたくなるほどさまになっていた。


「重要なことですよ! ほら! シチくんにエッチなおっぱいが!?」


「だから言い方っ! うわ、あ、見てないからね……!」


「世界の命運がかかったおっぱいですよ!? 現実から目をそらさないでユキチくん!」


「僕は健全な男の子だから遠慮するのっ!!」


 意気地なしのユキチくん。

 そこまで意識しなくたっていいのでは、とザラメとしては不満なところだ。ユキチは過去一度たりともザラメの胸元を見て赤面したり興味を抱く素振りを見せたことはない。小学五年生女子を想定したザラメ・トリスマギストスのデザインは意図して胸のふくらみなどかけらも盛っていないが、それにしたって無いも同然扱いされている。


 もちろん、ユキチはとても紳士的であるからして、そういう奥手さは安心できる。

 安心できるが、いざエッチな人魚姫を前にして露骨に挙動不審になられるとしっかり年頃の男の子らしくエロスに興味はあり、それでいて理性的に対処しているだけだとわかると、それが不要な健全すぎる判定をされている自分にすこしだけイラッとする。


 イラッとするが、綺麗すぎて否応がなくドキドキする。


(むむむ……。まさかシチくんにおっぱいで負けようとは……)


 無論、ゲームの造形だからキャラクターメイクでおっぱいや筋肉を盛るなんぞパラメーター許容限界内であればいくらでもできることだ。ただの巨乳なんてさしたる意味はない。

 しかしさっきまで純然たる男の子だった平たいな胸元が、ほんの数十秒のうちにたわわに実った巨乳になって帰還したのだからこの落差はナイアガラの滝ほどある。


「そもそもシチくん盛りすぎでは!? 別におっぱいいっぱい盛る必要ないですよね!」


「……何を怒っているんだ?」


「怒ってませんが怒ってます!! 質問に答えてください!」


 シチはまったくもって平静にこう答える。


「最大公約数的美意識を美術系外部AIに問い合わせ、得られた回答を元に自己モデルを修正して多数の他者に好まれやすい外見容姿を再設定した。このビジュアルであれば、大多数のNPCに対して有利な外見アドバンテージを得られる。ちがうか?」


「ちがいませんけど!? あざとすぎませんか!?」


「……お前は嫌いなのか?」


「エッチすぎるとはおもいます! 貝殻水着のおへそまるだし下乳はみだし人魚は!」


「お前は今、同性だろう。俺がエッチすぎるという状態だと問題なのか?」


「エッチさに同性も異性も関係ありません!!」


「……お前は……、いや、いい、本題に戻るぞ」


 シチはなにか言いかけたが、ストレートに言葉にしないのは違和感がある。

 ザラメはヒートアップしていた自分のおでこに手を当て、すこしクールダウンを図る。


(あー、あとでログ見返されるのが怖いなぁもう……。それもこれも急にシチくんがエロチックにトランスセクシャルしてくるのが悪いわけで……。いやでもシチくん、美的感覚はあっても性欲なさそうだしなぁ。botに男の子も女の子もないっていわれたらそーゆーものかもしれないし、そもそも単なるアバターだし……)


 猛烈にモヤモヤする。

 ザラメだって小学五年生なので性教育について年相応に習っている。無知すぎても熟知しすぎても問題がある、そういう微妙なお年頃のなやみだ。


 それこそ、まさにこれは『自意識過剰』でザラメのなやみなんて世間の重大事に比べれば本当にどうでもいいことだが、一個人としてザラメは重大な混乱をきたしていた。


(……わたし、あのシチくん嫌いだって言えなかったよね、さっき……)


 無意識に。

 無意識に、変なことを口走った気がする。

 深刻なエラーやトラブルやバグやなにか訳のわからない感覚がある。


▽「ザラメちゃん、そろそろログアウトの実証実験について、シチに質問してもらってみてもいいかな? 大事なことなんだ」


「……あっ、はい! えと、なにを聞けばいいんですか?」


▽「質問文をわかりやすく伝えるから、それを復唱してみて」


 観測者は冷静だ。当たり前だが、ザラメと一心同体というわけではないから思春期のちっぽけな悩みなんてわかるはずもないし、そこはわかってくれない方がたすかる。

 気分を切り替えて、ザラメは人形のように質問役に徹した。


「観測者さん達から質問をいただいたので、シチくんに回答を求めます。いいですね」


「ああ、20万DMの情報料を受け取っているからな」


「では第一に――、シチくんはログアウトに成功しましたよね。キャラクターメイクオプションで外見変更できたのが証拠です。その時、外部の美術系AIに接触できたというのは本当ですか?」


「本当だ」


「では、シチくんは完全にゲームの外側に脱出することができ、また再侵入することができる、ということでしょうか?」


「――いや、俺はドラコマギアオンラインのゲーム舞台上からログアウトしているが、ゲームサーバー内から外部には俺の中核データを移動させてはいない。俺にはお前達のようにデータを格納する器――現実世界での肉体や筐体がないからな。直接俺本体は接触せず、手紙のようにデータをやりとりしただけだ」


「ゲームの舞台上からは退場できても、ゲームの舞台裏から外側には出られないと」


「リスクの問題だ。“郵便屋”に邪魔をされる可能性が高い」


「郵便屋?」


「転送データの中間チェック機構だ。お前達のやりとりを監視・検閲して、プレイヤーの脱出、外部アクセスを制限している。役割としては“看守”と言い換えてもいい。看守の目を盗んで脱獄することは困難かつ危険だといえばわかるな」


「……けっこうちゃんと調べてくれてる」


「迷惑だったか?」


「いや、助かります!! ユキチくんは今の、わかりましたか?」


「ふえ! む、むずかしい話だね」


 つい急に振ってしまったが、ユキチは特別に情報通信分野に詳しいということはない。普通の中学一年生で、目に見えてゲームは上手い方にみえるが、それもあくまで“ゲームをよく遊ぶ人”くらいであって天才の部類でもないらしい。


 むしろ怖がり屋さんだったり、気弱だったり、頼りない点も多い。

 それでも彼なりに全力で頑張ってくれる以上、ザラメは過剰に能力や結果は求めない。


「もしかして“郵便屋さん”と“ゲームの管理者”は完全に同一存在ではない、とか」


「……え?」


▽「鋭いね、ユキチくん。それは大いにありうることだね」


▽「え、え? あたしにもわかるように説明よろ!」


▽「マジかよ考察班ヤベー。いまので何がわかるってんだよ」


「……あ、そっか」


 ザラメも遅れて気づくことができた。

 この「転送データの検閲者とゲーム管理者は同一ではない」説はややこしい。

 ややこしいが、ザラメには理解できることだった。


「つまりP2Pピア・ツー・ピーブロックチェーンをパブリック型で通信を相互監視してるんじゃなくて、プライベート型の管理サーバーを中継してクライアントのドラコマギアオンラインに通信を行っている、ということですよね?」


「勿論クライアント側にもファイアウォールはあると思うけど、直通じゃないとおもう」


▽「……ごめん、どゆこと?」


▽「おじさん機械に疎いからわからないよザラメちゃん」


▽「あたしも情報のテストいつも赤点だからむりー!」


「あー……。まぁわからなくても生きていける教科ですしね……」


 小学五年生の学習範囲に入っている、といっても同級生でも正しく理解できている子はどれだけいるか、というのが情報の教科。親友の詩織だってたまに赤点をとっている。


「ここドラコマギアオンラインが孤島の監獄だとした場合、わたしたちは“看守”に見張られた上でお手紙のやりとりをしています。タイムラグはほんの一瞬でしょうけど、このやりとりも監視下のチェックを通じて行われています。でも、“看守”にもし爆弾入りの荷物がいきなり届いたら大変ですよね? ですから実際は、まず“郵便屋”が一次チェックを行い、不審なものがなければ監獄に発送して、ようやく“看守”が二次チェックを行う、といった数段階のチェック体制があるんです。でも“郵便屋”の一次チェックと“看守”の二次チェックは“検査基準がちがう”のでは、という話、ですかね」


「うん、その例えの場合、郵便屋さんは爆弾はチェックしても暗号文とかまで細かくはチェックしないだろうね」


「……ああっ!? ちょ、シチくん!?」


 ザラメは考え込んでいるうちに重大事実にようやく気づき、大声をあげた。

 そして今しがた“監視されている”と言ったばかりなので、ザラメは自分で自分の口を塞いだ。うっかりその重大事実を言ってしまいかけたのだ。


 するとシチが、不意に“何か”をした。

 世界にノイズが走った、とでもいうべきほんの一瞬の違和感が走ったのだ。

 それ以外に何も変わっていないが、ザラメはシチのしでかしたことにイヤな予感がした。


「監視の目がわずらわしいんだろう?」


「え、え、ま、まさか」


「偽装工作を行った。ここから約十分間、監視機構は俺が自動生成した偽造の会話シーンを見させられつづける。ナイショ話なら今のうちだ」


「いや、いやいや、それってまさか」


不正行為チートだが、なにか問題があるか?」


「問題しかありませんけどーっ!?」


 ザラメは戦慄した。

 シチは不正規の、イレギュラーなRMTbotだ。


 そこなにか糸口があるかと淡い期待をしていたが、まさか、本気ガチのチートとは。

 本来あからさまな犯罪行為であるチートが、今はまさに希望の光に見えた。


毎度お読みいただきありがとうございます。

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