092.気分が悪いときはゲームを中断してログアウトを行い、休息を取れ
◇
盗賊人魚のシチが突如としてカフェテラスに出現するというハプニング。
ザラメは衝撃に混乱しつつも、ユキチの後ろに二歩反射的に後ずさった。
(……は? え? なぜ!? 登場フラグありましたっけ!?)
「ザラメ、僕の後ろに。……あ、早い」
「遠慮なく盾にします! わたし紙耐久なんで!」
ユキチは観測者を通じてシチの特徴を把握しているので理解が早く、すぐに臨戦態勢に入ってくれた。
レベルも技能も防具もユキチが優れている分、ここは中衛の彼に守ってもらおう。
そして不測の事態に備えて、仲間に連絡を――とザラメが発言するより早く、小妖精の妖精契約語が『連絡しといた!』と先回りして動いてくれていた。
前回の誘拐事件と違って、ユキチの守りと仲間の救援があればなんとかなるはずだ。
ザラメは買ったばかりの魔術武具【紅蓮のマジシャンズワンド+】を構えるが――。
「海藻サラダ、ほうれん草とチーズのパイ包み、レモネード。この三品を注文する」
「かしこまりました、お客様」
ごく自然に着席したシチはごく日常的仕草でカフェのメニューを注文した。
完全にカフェの利用客として馴染んでいた。
いきなり魔法の杖を構えて殺気立っているザラメ達の方だけを、NPCのカフェの来客がなんだなんだ? と気にしている素振りである。
一般人NPCにとって、冒険者は“武装したよそもの”であるために、その名声が低くて信用が足りていないと物騒なトラブルの種とみられても仕方がなかったりする。
「なにかしら、いやだわ痴話喧嘩かしら」
等とざわざわとザラメ達が警戒される一方、シチは川沿いのテラス席で注文品が届くのをおとなしく待っているという不思議な構図になってしまっている。
そして待てど暮らせど、シチは一切、ザラメに何のリアクションも示さずにいた。
「ご注文の海藻サラダとレモネードでございます」
そしてシチはもそもそとなに考えてるんだか一切わからない無表情でサラダを食む。
ザラメは深呼吸して、そっと小杖を懐に収めた。
「……何か、普通にカフェで食事してるんですけど……なんですかコレ」
「さ、さぁ」
ユキチもよくみる八の字困り眉だ。ユキチは不意打ちに備えて小盾を保持しているが、片手剣にはもう指もかけていない。
▽「どうする? 全員合流したら袋叩きにする?」
▽「触らぬ神に祟りなし。無視して離れた方がいいよ」
▽「すぐそばに川がある有利地形だ。人魚を捕まえるのは無理そう」
▽「なにか会話するならチャンスかも」
選択肢が多い。ザラメはどうすべきか迷うが、悩む猶予にも限りがある。
(……シチくんに敵意がなければ、話してみたい、かな)
ゲーム内通貨収集用botだと推測されるシチの正体は、まだ何も確実でない。
確実なのは12億5000万DMの莫大な資金を持つこと、Xシフターかと問われて肯定したこと、本来このドラマギに外部のAIがbotとして活動することはできないこと。
シチはイレギュラー要素のかたまりと化している――。
(死者蘇生の秘法に近づくためには、このチャンスを見送る手はない、はず)
ザラメは意を決して、ユキチの背中から前に出てきてシチと同じ席に堂々と座った。
「ここで何してるんですか、シチくん」
「――ザラメ・トリスマギストスか。食事だ。栄養を補給して空腹値を回復している」
「もしや今気づいたんです!? わたしのこと忘れてたとか言いませんよね!?」
「いいや。ザラメ、お前のことを忘れたことは一日たりともない」
「……は!? いや、な、なんですその言い回し!」
忘れた、と言われずに済んで内心ザラメはちょっぴり嬉しい自分に戸惑った。
シチはその無機質な美顔でじっと黙ってザラメのことを見つめ返してくる。
シチは人間らしい細かい所作や身振り手振りを交えない。ユキチや蓮太がそれぞれどちらも一挙一動が大きい傾向にあるが、そうやって困ったりニヤけたりしない。
かといって感情が一切ない、という訳でもなさそうなのがまたややこしい。
「……忘れてほしかったのか?」
「い、いえ! そうじゃなくて、まだ二日も経ってないのに“一日たりともない”は表現がおかしいですから! 何年も経ってる時に使う言葉ですからね、それは」
「訂正する。ザラメ、お前のことを忘れたことは一秒たりともない」
「ぬがっ……!」
天然ボケか。シチに女を口説くようなロジックはないはずだ。文字通り、ザラメのことをデータメモリとして保持しているという意味に違いない。
そうザラメは理解するが、それはそれとして強烈な衝撃を受けたのも事実だ。
「ユキチくん! ちがうんです! シチくんとは別にそーゆー関係じゃないです!」
▽「照れておる」
▽「ザラメちゃん二股どころか三股かな」
▽「誘拐されてる間ホントなにがあったんだろうねザラメちゃん」
「ザラメ、安心して。僕は君がだれを好きになっても最後までいっしょに戦うから」
「ここで覚悟表明しないでください!?」
「食事の場だ。他の客に迷惑をかけないよう静かにした方がいい」
「くたばれ一般常識っ!!」
ぜーはーと肩で息をするザラメ、賢者のように穏やかなユキチ、海藻サラダmgmgシチ。
ザラメはふたりまとめて火竜の挨拶で黒焦げにしてやりたい気分だった。
「一般常識以前に、どうしてここで食事してるんですか!? 普通に!」
「俺は料理をしない。食事は活動維持に必要不可欠だ。よって飲食店を利用する」
「電気や原子力で動いてるんじゃないんですかロボなのに!?」
(……ん? 俺?)
ザラメは小さな違和感にふと気づく。
「俺の種族は人魚だ。機械要素は一切ない」
「あの、いつからシチくん自分のことを"俺”と言うように? 前は"私”でしたよね?」
「地下水道の時点で一人称を変更している。気づいていなかったのか」
「え、そうだっけ……」
ザラメは冒険の書のバックログ機能を使い、自分自身の二日前の行動記録を再生する。
地下水道でネズミとの交戦中、その一場面があった。
『お前は俺が守るからだ』
――ああ、ここから。と発見したザラメは深く追求するのをやめにした。
「別に。一人称は私でもいい。些細な差だ。お前が“シチくん”と俺を呼ぶのに合わせて無性別的表現を有性別的表現に転換した。それだけだ」
「ああ、シチくんは男の子だって意識させちゃった、てことかぁ……」
「別に。性別設定に意味はない。お前が望むなら異性から同性に変更してもいい」
「……はい!?」
▽「まさかのTS宣言」
▽「マジかよやっぱ人魚は美女に限るぜヒャッホイ!」
▽「わい美少年が減るのはせつないぞ派」
ザラメは思わずユキチの方になんとか言って、と視線を送る。
「え、えとね、ドラマギゲーム本来の仕様上はキャラクターメイク後にも外見や性別は自由に変更可能だったんだよ。種族は能力値に影響するから自由変更できないけど、外見や性別はステータスに影響しないから変更可能要素なんだ。ただし“ログアウト中”でVRダイブしている間にはできない処理のはずなんだけど……」
「まさかシチくん、“ログアウト可能”なんですか!?」
爆弾発言すぎた。
観測者のコメントが一斉に「まさか」「マジか」「そんなことってある?」等と急加速して、ざわざわと沸き立った。
現在10000人を越える人間がゲームに閉じ込められている中、どうやってログアウト可能になるかをゲームの内外で議論しては有効な手立てが見つからないというのに、シチにはそれができるというのだ。
それがプレイヤー全員にできれば根本的に、このデスゲームの前提を破壊できる。
被災者すべてがゲーム外に帰還できる。
その可能性がいきなり、予想外のところから示されたのだ。
大注目の中、シチは不思議そうに口を開く。
「……? 逆に聞く。お前達はログアウトできないのか?」
「……はぁぁぁ!? それができれば苦労しないんですけどぉぉぉーーーっ!?」
ザラメは絶叫せざるをえなかった。
そして瞬間、不意に思い出してしまった。
『「気分が悪いときはゲームを中断してログアウトを行い、休息を取れ」』
あれは単にシチが異変後の変化に気づかない情報弱者というだけではなかった。
シチには“異変後の変化が一部、適応されていない”という意味だったのだ。
では、その例外になってしまったシチとは一体、何者なのか。
はたして本当にログアウト可能なのか。
大注目のイベント発生に、周辺を観測していた小妖精の光が一気に集る。
スポットライトがシチに集中する。
そんな中、意外な人物が現れる――。
それはザラメの全く予期しない、しかし不可避の邪魔者だった。
「お客様、ほうれん草とチーズのパイ包みでございます。ご注文は以上でしょうか?」
「二名分、レモネードを注文しよう」
「かしこまりました」
カフェの店員さんだ。
そしてシチは行儀よくナイフとフォークを手にして一言。
「食事にする。後でいいか?」
シチは真顔でそう言った。
ザラメはキレ顔でこう叫んだ。
「いい訳……あるかぁぁぁぁぁぁああーーっ!?」
ほうれん草とチーズのパイ包みには残念だが冷めきってもらおう。
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