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091.ユキチくんも思春期

 烏賊墨蓮太がテーブルに広げたのは複数の地図だった。

 クランの注目を集める中、蓮太はくっくっくっとあやしげに笑いつつ述べる。


「ダンジョンアタックはRPGの華でやんす! 本格的な迷宮攻略のひとつやふたつ、“リスク”を考えてなおやらずにおく理由はないとまずはご提案させていただきやす」


 大仰な言い回しに対する反応は、二種類。

 ザラメと同じく素直に驚くユキチとガルグイユ、そして訝しむネモフィラとセフィー。


「ダンジョンクリアは成長の鍵を得やすい、てことですよね? わたしまだ一度もダンジョン制覇したことがないので確実に鍵がもらえるとおもいます」


「僕もまだドラマギでは一度も……。普通の依頼をこなしつづけるより危険は高まるかもしれないけど、ダンジョンに成果を求めるのは悪くない気がする」


「単純明快でよいではないか! 我は構わんぞ!」


「あなた達ね、今まさに準備不足だって話してたばかりなのよ? まだ早いわ」


「……ああ。それにダンジョン攻略くらい誰でも思いつく」


「そう、ですかね……。蓮太くん、もったいぶらず、本題を教えてもらえますか?」


 ザラメは正直、ダンジョンについては忘れきっていた。

 シチに連れ去られた洞窟以外はダンジョンに入った経験がないし、VRゲームでの本格的ダンジョン攻略経験なんて当然あるわけないので常識のように言われてもこまる。


 歴戦のネモフィラやセフィーにとっては他のゲームでいくらでもダンジョンなるものの攻略経験があるのだろうけども、ザラメはあくまで初心者なのだ。


「んでは本題を。これらのおいらが買い集めておいた“攻略放棄地図”でやんす。諸事情でダンジョンをあきらめざるをえなくなった冒険者パーティから探索権と情報を買い取って、他の冒険者パーティに売る、というビジネスでやんす」


「……探索権? おしえて観測者さん!」


▽「なぜなにドラマギのじかんだよ! ダンジョン探索権は第一発見者に与えられる権利だよ!  権利者は優先してダンジョンを攻略できる! ただし私有地では土地の持ち主に探索権利が認められ、代わりに発見報酬を払う決まりだね!」


▽「烏賊墨みたいに探索権とマップを売ってるのを買うのは冒険の導入部の定番だね」


「特許権とか著作権とか、ああいう権利の保護があるってことです?」


▽「そうそう。そゆこと」


▽「東京特許許可局」


▽「じゃあ中古品じゃん。安くしてくんないかなー」


「……つまり、わたし達にこれを買ってくれ、という商談ですか?」


 値段次第。

 ザラメは直感的に、これは悪い話ではないだろうと考えていた。

 訳あり品をだまし売りする、というだけのセコい魂胆ならそれで今後もザラメ達と取引することができなくなる不利益に釣り合う訳もない。


 蓮太はこうして商取引をする駆け引きが好きなのか機嫌よくつづける。


「いや、こいつらは焦げついちまって売るに売れない“仕入れミス”でやんした。ご希望とあれば、朝市のお礼に無料でお譲りするでやんす」


「仕入れミス? 無料より高いものはない、というからかえってあやしいんですけど」


 じとー。ザラメのにらみつける。

 蓮太は「こりゃ失敬」と自分のおでこをぺちっと叩いておどけて謝る。


「仕入れミスってのは早い話、この第二帝都にゃ“被災者”が大多数であって“攻略者”はおいらの想定以上に少なかったという話でやんすよ。ダンジョン内でXシフターに変異した魔物に全滅させられたり、あるいは不意に味方に裏切られることを考慮すると“リスク”が高すぎるってんで望んで危険に飛び込むのは一握りなんでやんす」


「あー……」


 ザラメははじまりの港で身を寄せ合って助け合っていた被災者たちを思い出す。

 ドラコマギアオンラインのプレイヤーはあくまで一般人が気軽にVRゲームを楽しんでいたにすぎず、決して死を恐れぬ勇敢なる戦士などではない。


 ユキチ隊のような積極攻略勢はほんの少数派にすぎず、多くは安全な都市に留まり、まず自分の身の安全を確保することを最優先している。

 そのために武具防具や消耗品は護身用として買い求められるが、わざわざ危険な目に遭うためにダンジョンへの挑戦権を買うものは少ない、というわけだ。


 ザラメだって、やむにやまれぬ事情がなければおとなしく救助の日を待っていたはずだ。


 あの運命の日――。

 親友を、詩織を失いさえしなければ――。


「不用品ならありがたく貰っておきます。行く行かないもこちらの自由ですし」


「ザラメお嬢ならダンジョンからお宝を持ち帰ってきた時にゃおいらにまた頼ってくれりゃあ良い取引の機会がおとずれるってもんでやんすよ」


「エビデンスで鯛を釣るってやつですね!」


「海老デンスでやんす?」


▽「デンス要らない」


▽「エビデンスは証拠、裏付け、根拠って意味だよ。このエビデンスは国語辞書」


▽「ザラメちゃんkawaii」


 ざっぱーん。

 波打つ荒海の磯に釣り竿ひとつでいどみ、海老デンスで鯛を釣るザラメちゃん。


「やったー大物だー! 今晩は鯛のおさしみだー! なんてどうでもいいんです! ああそうだ思い出しました! 蓮太くん一緒に冒険したいって言ってませんでしたっけ!?」


「おっと、ちゃんとおぼえててくれたんでやんすね? あわよくばダンジョン探索に直接ご同行させてもらっておいらもレベリングの機会がほしいなというわけでやんすよ」


「……危険ですよ?」


「それがおいらの場合、むしろ“ここ”が危険なんでやんすよ」


「……? この帝都が?」


 ザラメの疑問に、蓮太は不意に真顔になってちいさくささやいた。


「お察しあれ。ザラメお嬢のお兄様のせいでやんすよ」


「あっ!?」


 瞬時にわかった。

 第二帝都錬金術協会長シロップ・トリスマギストスは“ホムンクルスを捕獲すること”を暗黒街の重鎮を通じて依頼していた。盗賊人魚のシチにザラメが誘拐されたのもそれが事の始まりだ。

 偶然か、後付か、協会長は実の兄だったということで12億5000万DMという無茶苦茶な高額身代金でザラメは身柄を引き渡された。しかしあの時、シロップは引き続き、2億5000万DMという超高額懸賞金をホムンクルスにかけて依頼を続行させていた。


 ということはつまり、烏賊墨蓮太がホムンクルスであると仮定した場合、彼は2億5000万DMの懸賞金つきで狙われていることになる。

 種族について言及を避け、ザラメ達に接触を図り、いっしょに行動しようとする理由としては差し迫った身の危険を回避するためというのは合理的説明がつく。


 そして烏賊墨蓮太は注意深く、ザラメ達の人柄を見極めて、その安全性を確認した。

 ここでようやく探りを入れてきたのは、彼なりにクランのことを信用に値する安全な集団だと判断がついたということだろう。


(……じゃあわたしへの“好意”ってそういうことでは?)


 勘違いの可能性、大。

 ザラメに恋愛感情があって近づいてきた、というよりザラメがホムンクルス拉致誘拐事件の中心人物だから近づいてきた、という方がどう考えても辻褄が合う。


(ぐ、ぐぬぬぬぬ……わたし、やっぱりただのバカな勘違いヤローでした……!)


 ザラメは不意に襲ってきたよくわからないどデカい感情に痛恨の一撃を浴びてしまう。

 そして気恥ずかしさと怒りと情けなさと哀れみと、とにかく「どれもこれもあいつらのせい!!」とシチとシロップの二大悪党(?)に呪いの念を送りつつ。


 理不尽に蓮太へ悪感情を爆発させた。


「じゃあもう仲間になれってんですよ!! まわりくどいこと言わずに!!」


「……ほよ」


 烏賊墨蓮太は初めてみせる心底驚いた顔で、目をまんまるにしてぱちくりさせた。

 本来彼が想定していた手順を、まどろっこしくて何段階もすっ飛ばしてやったのだ。それは驚きもするだろう。


 あっけにとられた蓮太に対して、ザラメは席を立って真横にまで詰め寄った。


「烏賊墨蓮太!! あなたをクラン『死者蘇生の秘法をさがして』に加入させます! うちの陰謀兄上からあなたを守ってあげれば望み通りですよね!?」


「そ、それは願った叶ったりでやんすけど……一体なにを怒ってるので?」


「わたしが怒ってるなんてエビデンスあるんですか!?」


「いえ、ありやせん!」


 ザラメの剣幕に蓮太もたじたじになって話を合わせる。なんだか疲労感が激しい。

 ザラメは深呼吸して、すこし頭を冷やして、ユキチと黒騎士の合意を得ることにする。


「……ということでわたしの独断で、烏賊墨蓮太くんをクランの仲間にしたいんですけど。この場合、彼が役立つかどうかってことは二の次三の次です。あのシロップ・トリスマギストスのせいで危険だという以上、見捨てる訳にもいきません。……どうでしょう?」


 一部始終を見ていたユキチは事情を察してくれたのか、はたまたザラメの判断を信じてくれるのか、少し迷う素振りをみせるも快く「僕は賛成でいいよ」と答えてくれた。

 そして黒騎士からは『七面倒くさい。裏切れば切り捨てるだけだ』と返ってきた。


「蓮太くん、黒騎士さんが裏切ったらパルメザンチーズになるまで切り刻んでやるとか言ってますけど」


「絶対そこまでは言ってやしませんよね!?」


 ザラメはこほんと咳払いして、ちっとも似てないが『七面倒くさい。裏切れば切り捨てるだけだ』とものまねした。


「うちの最強戦力がこうおっしゃってます」


「……本当に言ってるんでやんすね、ははは」


 いつも余裕の蓮太くん、これには苦笑い。

 しかし心配性の黒騎士にしては伝言だけにしてはやけにあっさりと納得した。観測者にこっそり事細かに報告してもらっていたのだろうか。


 ザラメは後回しになったが、ネモフィラ、セフィー、ドット、ガルグイユにも事後承諾を得る。もっとも異論があればここまでに反対意見が出ていただろう。


「あたしは一回失敗してるから仲間の加入イベントは口出さないことにしてるのよね」


「歓迎する。改めてよろしく、烏賊墨」


『いかすみ ぱすたがなかまになりたそうにこちらをみている → 【はい】/いいえ』


「よし、あらたな仲間に乾杯だな!」


 ガルグイユが一人だけ度数の高いお酒をぐびぐびと飲んで火を吐いて祝っている。

 元々全員が長い付き合いでない分、ほんの二日遅れで結成三日目のクラン加入というのはかなりハードルが低いらしく、すんなり蓮太の仲間入りは確定した。

 むしろ蓮太が一番、想定よりスピーディーは加入決定に驚いているようだった。


「ぽけーっとしてないで挨拶を一言! そしたら早速、会議再開ですよ!」


「ほ、ほい! てなわけで商人の烏賊墨蓮太、今後ともよろしくでやんす!」


▽「蓮太くん仲間入りおめっとー」


▽「いかすみ ぱすた が なかまに なった !!」


▽「こいつは裏切る。俺の予言は当たるぜ」


▽「わい美少年はどんだけ仲間に入れてもいいぞ派」


▽「あたしもお昼イカスミパスタ食べよっかなぁー」


 その後、ランチミーティングはサクサクと順調に進んだ。


 ダンジョン攻略は翌日、異変後五日目の早朝にまわして四日目午後は下準備にあてる。


 下準備は、まずネモフィラとガルグイユとセフィーとドットの装備調達について蓮太が商人として付き添い、その商才や資金力で戦力を整えるという買い物係がA班。


 逆にザラメとユキチは午前中に朝市で装備調達を済ませているので、第二帝都内にある有料の修行施設を巡ってみようという修行係がB班となった。

 そのB班に黒騎士とドワーフ夫妻が合流する、ということでザラメは楽しみだった。


(詩織にも会えるんだ……。死んでるけど、それでもうれしい)


「それじゃあ夕食時にでも! ザラメお嬢、またあとで!」


 一旦解散その間際、蓮太はにこやかにひらひら手を小さく振って別れの挨拶をした。

 人懐っこいというか愛嬌たっぷりというか媚びてるというか胡散臭いというか、ホムンクルスだと判明するとなおさら、同族ながら人を化かす狐や猫のような妖しく愛くるしい魅力をおぼえる。


「ね、ザラメってさ」


 合流のためにカフェテラスに居残ったふたり。ユキチは蓮太の背中が遠くなっていくのを眺めながら、気のせいだろうか、すこし冷たい醒めた目つきをしていた。

 ――すこし、いつものやさしげな横顔とは違ってみえた。


「彼のこと、ホントは気になってるよね、個人的に」


「……ん、んん」


 冷たい。痛い。これまでの心の内を見透かした一言にザラメは凍りついた。

 恋愛ロールをしようと持ちかけて半日とせず、蓮太の一挙一動を目で追ってあまつさえセフィーに恋愛相談していた後ろめたさたるや。

 ……そう、恋愛相談。


「あの、もしかしてユキチくん、エルフ語わかる……?」


「僕も君と構成は近いからね。でも、それでなくたって、流石にわかるよ」


「ですよね……」


 早くもセフィーの『修羅場だぞ』が残響反響する。とても気まずい。

 ザラメは下手なことを言ってはまずいと出方を見る他なく、お互いの沈黙が長く感じた。


「ごめん、怖がらせるつもりはないんだ。蓮太のことも嫌ってないよ、安心して」


 ザラメとユキチは二人席に座り直して、落ち着いて話すことにする。


「すみません! 不誠実にもほどがありますよね……!」


「あ、いや、ホントにそういうことじゃなくて! 顔上げて! ね!」


「そういうこと、じゃない?」


 ユキチは複雑な表情をして、瓶底のジャムを苦労してスプーンですくうように話す。

 甘酸っぱいジャムを、ガラス瓶とスプーンが軽い硬質な音色を立ててもどかしく求める。


「ザラメと同じでさ、僕だって自意識過剰や思春期って言葉、こっそり刺さってたんだ。正直、君みたいにかわいい女の子にゲームの都合上でも恋愛しようだなんていわれたら仕方ないよ、舞い上がっちゃうよ。……嫉妬だね。蓮太の活躍を素直に喜べなくて、よくない感情だって理屈でわかってるけど、もやもやするんだ。みっともない、かっこわるい。そこにセフィーさんのお説教が刺さって、反省したよ。いや、うん、ズレたこと言ってる……。ごめん、言いたいことがまとまらなくて」


「ふふっ、そこはお互い様ですから」


「誠実とか、不誠実とか、そういうのでザラメを縛ったり苦しめたいわけじゃないんだ。僕はただ君の力になりたい。君の願いは美しい。一緒に叶えたいって本気で想えるんだ。だからさ、僕の気持ちを考えすぎないでほしい」


「……ユキチくん」


「僕は最後まで、やり遂げたい。それを忘れないで。それにさ、好きだ嫌いだを悩むのは君の大切なともだちを救ってからでも遅くないよね?」


 ユキチはほろ苦くもやさしくほほえみかけてくれた。

 素敵で、立派で、優しくて。

 だからこそ、どこかで愚かな自分と釣り合わない気がして、ザラメは――。


(この純粋なきもちを、考えすぎるなだなんて……。矛盾ですよ、本当に)


 冷徹に、ユキチの言葉通りに彼を利用できるか、不安になる他なかった。


 ――ザバァッ。

 ふたりが沈黙する中、水しぶきをあげて水面から人影が飛び出してきた。


 いや、人影か、はたまた魚影か。

 それは人魚のシルエットに他ならず、カフェテラスの端に着地してすぐに人間を装う二足歩行の脚と目立たない市民風の服に切り替わっていた。


 カフェテラスを利用する大半のNPCは、それをさして特別なことだと認識しない。この第二帝都には人魚の種族も少なからず普通に暮らしているからだ。

 ただし、それがあの――。


(シチくん!?)


 盗賊人魚のシチだと認識するザラメにとって、それは特大級の衝撃イベントだった。

毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、いいね、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。

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