081.夏祭りの思い出
◇
「んじゃー契約成立でやんすね」
「はい、今朝はよろしくおねがいします」
即断即決の結果、ザラメは烏賊墨蓮太と手を組んでこの朝市に挑むことにした。
これといった明確な理由はない。
コンビニエンスストアを利用する条件は「ただ便利な位置にあったから」であるように、烏賊墨蓮太という人物の詳細より、タイミングよく応募してくれたことを優先した。
極端な話、多少よくない結果になってもそれはそれでと割り切ったわけだ。
「商品は魔法の糸素材が数種類、風鳴りの弦、吹雪の魔法矢――こんだけっすか?」
「大量生産品はそれだけですね。不要なドロップ品は少数ありますけど、一旦忘れます」
「ほいほい。確認するでやんすよ」
蓮太は商人御用達の“武器”の一つ、魔導書の一種である魔商本を手にした。
冒険者は冒険の書と携行アイテムBOXによって所持品を管理できるが、この馬車に積まれた木箱詰めの大量アイテムはザラメの携行アイテムBOXの許容量をゆうに超えてしまっているため、所有権こそあるものの整理整頓や管理がむずかしい。
魔商本は、そうした許容限界を越えてしまったアイテムの管理用の拡張アイテムだ。
「ほいほいっと」
蓮太が木箱に軽くさわると格子模様の魔法のエフェクトが走り、"分析しましたよ”視覚的に示す。すると魔商本に付属した魔法の筆が踊り、そこにあるアイテムが登録・記載されていく。ひとつひとつ直接目視せずとも、個々の状態や付与効果まで一目瞭然だ。
「こんだけ積み入れるの大変でやんしょ? 自力でやるのは」
蓮太がちょちょいと羽ペンを振れば、重厚な木箱が風船のように宙に浮かび、パズルゲームのように軽快な動作で動かされ、馬車の振動でのズレが綺麗に直された。
「NPCのみなさんが苦労して積んでた木箱をお手玉みたいに……!」
「商品管理ツールなしに商人なんてクソゲーでやんすよ。現実のダルヤバ労働そのままゲームで再現されても娯楽になんないでやんしょう? レベルやアイテム次第でどんどん効率化できるんでそこは便利で助かるでやんす」
「……ダルヤバ」
蓮太の口ぶりはなんとなく、普段の私生活での仕事もそういう“ダルヤバ”感があるんだろうな、ということがザラメにも感じ取れた。
主技能:商人。
マネーとアイテムの管理と取引に特化したこの技能は、サブ取得されることの方が多くてメインで担うものは多くない。
ドラマギの構造上、商人の役割をプレイヤーがやらなくてもNPCさえいれば事足りるので、必須要素とは言い難い。
しかし“お店屋さんごっこ”がいつでもこどものあそびとして需要があるように、RPGで演じてみたい役割として一定の需要があるために、商人を選ぶものは尽きない。
商人プレイヤーの大多数は、商業プレイの環境に適した都市を主軸に行動するために、現状1000人ほどいるとされる第二帝都にはメインとサブあわせ200名以上は商人プレイヤーキャラがいると推測されている。
よって、定期開催の盛況な朝市にはライバルの出店者が多数、軒を連ねている。
「ザラメお嬢、出店場所はもう確保済みでやんすか?」
「いえ、でも異変前に比べてユーザーが激減してるから空き場所が多いと聞いてます」
「そーでやんすね。本来は賑わいすぎて抽選になるとこを今回は主催運営者に空いてる希望場所を伝えればすんなりいけるでやんす。一等地の大半はもう埋まってても良い立地が残ってるかもしれないでやんす」
「場所選びはおまかせします。といいますか、専門家におまかせが一番ですよね」
「餅は餅屋というでやんすからね」
「……餅屋?」
「まさかお餅文化まで根絶済みとか言わないでやんすよね!?」
「ああいえ、知らないことわざだったので」
▽「なにごとも専門家に任せるのが一番よい、ということわざダヨー」
▽「専門家にも三流はいるけどな」
▽「まずい飯屋や粗悪品を売るネット通販マジ滅びない不思議」
「んー。じゃあ逆に、わたしがおまかせできない大事なところってなんでしょう?」
「経営方針でやんす」
「け、経営方針……」
いきなり難しいことをいわれて思わずザラメはうっと小さくうめいた。
すると烏賊墨蓮太はじっとザラメの目を見つめて真剣な表情をしてみせた。
軽薄なファッションセンスの渦巻き模様の目の奥底が、ギラリと輝いてみえた。
「“だれを負かしたいか”でやんすよ、要するに」
妙な凄みのある一言に、ザラメはひやっとする。
そして遅れて、考えてもみなかった“負かす”という発想に困惑する。
「わたしは別に、だれかと勝負してるわけでは……」
「おや、おわかりでない? 商売ってのは必ず、同じ市場に店を並べりゃライバルとの客の奪い合いになるでやんす。良いものを安く客に売ればよその店はそんだけ売れねーし、高く客に買わせれば財布は空っぽよその店ではもう払う金がすってんてん。どうあがいても商売ってのは対人戦のPVPになるのが世の定めでやんす」
「……なるほど」
ザラメは詩織たちと縁日の屋台を巡った時のことを思い返していた。
ああした時、出店はいくつもならんでいるが、おこづかいはごく限られている。
同じたこ焼き屋やかきこおり屋がいくつもあって、どこでなにを買えば一番いいのかと考えはじめた時、たったこれだけのことがいかに難しいかを思い知らされた。
それがふと懐かしくて、恋しくて、つぶやいた。
「夏祭りの屋台、どこでなにを買えばいいかわからなくて、ともだちとなやんだことがあるんです。両親に買い与えられたり、おねだりしたことはあっても、自分のおこづかいでともだちとふたりで買い物なんて、はじめてのことだったから。……このつづき、関係ない話かもしれないけど、話してもいいですか?」
ザラメはおそるおそるたずねた。
最終的にうまく本題に役立つかわからなくて、単に、朝市の雰囲気を過去の思い出と重ねて、とりとめのないことを話して同情や共感を得たいだけな気がしてならない。
さほど時間のない中、ビジネスパートナーにするものか迷ったが、言うことにした。
すると蓮太は「どうぞ、ザラメお嬢はおいらの雇い主でやんすから」と言ってくれた。
ザラメは少々、馬車の微震を背におぼえつつ、夏祭りの夜を回顧した。
「小学三年生の頃の話です。ともだちはふわふわとしたわたあめのようなかわいいこで、わたあめを早々に選んでにこにこしてました。かわいいです。かわいいです。おすそわけしてくれました。かわいいです。本当にかわいいので写真に撮ってシール手帳にデコって飾ってあります。懐かしい思い出です。あの頃は幸せでした……」
▽「9歳の頃を懐かしむ11歳」
▽「早くも脱線した」
「しかし秒で詩織のおこづかいは溶けました。花火の打ち上げまでまだ一時間あったのに無一文のともだちはぶっちゃけアホだとおもいます。そこがまたかわいいんですけど。りんごあめが似合いすぎるんですよね。右手にわたあめ、左手にりんごあめ。アホまるだし。お砂糖の国からやってきた妖精さんですか? お気に入りの一枚です」
▽「なかよきことは美しきかな」
▽「さりげにザラメちゃん盗撮癖ない……?」
「詩織の二の舞いを踏むまいとおこづかいの使い道に迷い、わたしはまずネットで情報を調べました。「縁日、詐欺」とかで。ひどいですね。前時代的不衛生な食品取扱い、こどもをだましてお金を巻き上げるつもり満々の景品つきの遊び、やたらめたら高い価格設定などなど……。詩織のおこづかいも秒で溶けるわけです。オトナの汚さと悪どさにわたしは警戒と不信をいだきました。屋台の焼きそば具がなさすぎです! 買いませんとも!」
▽「かしこい」
▽「小賢しいお子様すぎる……」
▽「で、ザラメちゃん結局のとこなにを買ったん?」
「迷った末にわたしは――」
ザラメは一呼吸を置き、親友との在りし日を心に描いて、愛おしげに答えた。
「貯金しました」
▽「夏祭り検定不合格」
▽「親友との思い出ぶち壊しじゃん」
▽「絶対おともだちの方が人生エンジョイしてるよそれ……」
「うるっさいですね!! 無駄遣いしなかったことをほめてくださいよ!!」
ザラメの叫びに、黙って聞いていたセフィーもくつくつとこっそり笑いを堪えている。
しかし一人、烏賊墨蓮太は目を細めて思案顔をしていた。
「……つまり、ザラメお嬢の経営方針ってのは」
「“ああいう大人になりたくない”です」
「委細承知でやんす」
にやっとギザ歯を剥いて烏賊墨蓮太は笑ってみせた。