080.「烏賊墨蓮太」ってどう読むの? 【挿絵アリ】
◇
――被災生活五日目の朝。
ホムンクルスの朝は早い。
ザラメは小さなフラスコの中で目覚めると、人間態になってうーんと背伸びした。
天蓋つきの“ふかふかのベッド”での目覚めはじつに心地よかった。
あれだけ激務をこなしたのに疲労感が全然ない。HPもEPも全快して睡眠負債もゼロ。
「んー、よく寝ました」
チュンチュンと小鳥がさえずる窓の外はまだ黎明の頃合い。
寝坊もせず、万全の目覚め。昨日作ったアイテムもちゃんと寝室の隅に箱積みしてある。
そう、なんの問題もない――。
「……ん? 寝室?」
目をごしごしこすって左右を見回してみる。
そう、どこからどうみてもここは寝室だ。
昨日“施錠した上級錬成室”で寝たはずなのに、目覚めたのは錬金協会の寝室だった。
(夜間に、いつのまにか移動させられている――!?)
何が起きたのかあわててヒントを探すと、すぐにわかった。
隣で寝るフラスコの白いモフモフの幻獣――シロップ・トリスマギストスの仕業だ。
「まさか、わたしが寝てる間に!?」
パシャリ。
証拠写真を兼ねて、とりあえず今日もかわいいので数枚写真を撮ってアップしておく。
「うーん……。ここが錬金術協会である以上、鍵をかけても無駄なわけですか。受付嬢のレイチェルさんに許可をもらって借りてる部屋な以上、わたしが利用しっぱなしで夜中ずっと出てこなかったら当然、マスターキーで様子を見に来てしまう。それで寝てる間にわたしと荷物を定位置のここに運んできた、というところでしょうか」
▽「あの兄貴がひとりで運んだってのはまぁないな、ない」
▽「十箱以上の糸束と矢をひとりで運ぶのはまぁ無理だね」
▽「親切以外に運ぶ理由なさげ……?」
「ですよねー……。ちょっと気持ち悪いですけど、問い詰めないことにします」
ザラメは内線電話代わりのデンワンコで秘書のロゼに繋ぎ、昨日なにがあったか質問するとやはり予想通りのことが起きていた。そこでシロップを起こすと悪いので、と言ってロゼと他の職員に手伝わせて荷物を宿舎玄関へ運んだ。
ついでにセフィーとユキチも呼んでもらい、さらに馬車に積荷を乗せて会場へ。
▽「完全に錬金術協会を私物化してるぞザラメちゃん」
▽「公金横領の才能ありそう」
▽「ユキっちとセフィーさんねむそうにうつらうつらしてやがる……」
「早ければ七時には開店するとして、現着予定は六時三十分頃……。ここから三十分で“商人”を雇いたいんですけど、無理ですかね?」
ザラメはあっけらかんと言ってのけた。
馬車に乗って現地に到着するまでの三十分間で【商人】の技能もちプレイヤーを探すというのがいかに無理難題であることか。
それがザラメには不思議と「できる」という確信があった。
もちろんすぐに▽「いやいや無理だって!」等と総ツッコミが入ったのだが……。
▽「おはようザラメちゃん。商人の候補者なら三名ほど見繕ってあるよ」
とすぐにとある観測者の有能極まりない発言が返ってきた。
「おはようございます。いつもお世話になってます。その様子だと黒騎士さん達は元気みたいですね。早速ですが商人さんの情報おねがいします」
▽「ああ、ちょっと待ってね」
ザラメの観測登録数は現在【578】ほどに伸びている。あの人気者のネモフィラを抜いて、クラン『死者蘇生の秘法をさがして』内では首位の人気を得ている。
それというのは三日目午後の活躍だけでなく、誘拐騒動で名前が広まった上、12億5000万DMという支払い、そして重要ネームドNPCが関連づいたことで注目が集まっているのだ。
勿論【578】というのは常時その人数が観測しているわけでもなく、また上位1%にはまだ届いていないが、それでも上位10%くらいには入っているはずだ。
ここまで人気や注目が高まってくると、自分もあやかりたい冒険者にとっては向こう側から接触してくる動機というものが発生してくる。
ザラメはちょっとした有名人でコラボにはうってつけなわけだ。
やり手の商人というのは情報通で目端が利く。
この段階で、すでに美味しいネタであるザラメの出店計画に到達している商人のプレイヤーがいれば、それは選抜試験に合格したも同然のわけだ。
――と、今しがた三名の商人について詳細を聞くついでにザラメは教えてもらった。
「ううーん、だれに頼んでも悪くない気がして困りますね……。選抜済み、だけあってイヌとネコとウサギ飼うならどれ? と質問されるくらい迷います」
▽「おやめなさいネコ派イヌ派戦争がはじまるから」
▽「あたしハリネズミ派! でらかワよい」
▽「わたくしはオオカミ派ですわ!」
本当に場外乱闘がはじまってしまったので三分ほどザラメは一人で長考して。
「……時間がないから一番早く合流できた人におねがいするってことで?」
と雑な決定を下してしまった。
それもこれもザラメの見立てが甘々なせいだが、じゃあ準備万端に用意する暇があるかといえばそもそも無いのでとにかく迅速さを優先するしかないわけだ。
「【急募:これから朝市で出店に協力できる商人さん先着優先】っと……」
冒険者広場に写真つきでその投稿をしてほんの十数秒後のことだった。
トタンッ。
走行中の馬車の屋根にだれかが飛び乗った着地の靴音と衝撃が生じた。
(え、敵襲――!?)
不意のことにザラメは最悪の状況を想像して身構えるが、うとうとと寝ていたはずのセフィーは一言「よせ、敵意はない」と鋭く制した。
コンコンと馬車の扉をノックされたのでザラメがおそるおそる開けてやると、天井に乗っていた人物――黒フードの少年がするりと身軽に入ってきて空いていたザラメの隣に何食わぬ顔して座ってきたではないか。
ぐるぐると渦巻き模様の描かれたデザインの瞳にギザギザした歯はなんとも不良っぽい。
本物の悪党、というよりはゴスパンク系ファッションの悪ぶったノリを強く感じる。
冒険者の外見デザインは自分で決定できる要素が多いので、狂気的な瞳もギザ歯も軽薄でミリ悪な黒フードもすべてが彼の意図通りの演出なわけである。
よってザラメは直感的に「安心できそう」と警戒をゆるめた。――この程度はいつも読んでる雑誌の特集で読モが着てる範囲のオシャレに過ぎないからだ。
「おや、おいらを見ておどろかないんでやんすね」
「今、驚きましたけど……。え、やんす口調ですか? 需要どこですそれ?」
「へぇへぇ、商いってのは手もみごますり下手に出ては銭を拾うもんと心得れば、舎弟言葉がおいらの芸風にゃぴったりだと思ったわけでやんすよお嬢様」
言葉通り、黒フードの商人の少年はなぜか手をもみこすりながらにまにまと笑っている。
物凄くあやしい雰囲気を醸しているのだが、なんだか妙に面白みがある。
「失敬、おいらこういうものでやんす。どうぞお見知りおきを」
「……なんです、この紙切れ」
名前と肩書の書かれたカード型の白い紙切れ一枚渡されて、ザラメは首を傾げる。
その反応に、こてんとひょうきんに黒フードの商人は小首を傾げて。
「なにって、おいらの名刺でやんすよ?」
「……メイシ? なんの意味があるんですか、これ」
ザラメはホントにまったくこの紙切れが何なのかさっぱりわからなかった。
齢十一歳、ただの一度も使ったことがない紙切れだからだ。
「いやぁまたまたそんなご冗談を。名刺は名刺っすよ、ほら、こーゆーのお父さん集めてないでやんす?」
「さぁ? これどう使うんですか? ポケットティッシュは鼻かむのに助かりますけど」
「名刺文化をちり紙扱いでやんすか!?」
「自己紹介ならギルドカード送信してくれればいいのに変な人ですね」
▽「……(黙って吐血)」
▽「あーうん、もうザラメちゃんの世代じゃ紙の名刺文化は根絶済みかぁ……」
▽「わーしゃも完全にデジタル名刺化しちゃったから残念ながら時代の波だ」
観測者のオトナたちがなにやらしみじみとしている。
露骨にセフィーさんも目をそらしている。あの名刺という紙切れは親世代にとってはまだなじみのあるものらしい。――つまり、この商人の少年はプレイヤーの実年齢はザラメよりは目上とみてよさそうだが、そもそもドラマギは10歳以上でないと遊べない制限があるのだから基本11歳のザラメより年下は居ないも同然なので気にすることではない。
そして漢字が難しくて読めない。
『烏賊墨蓮太』
困ったことに、ドラマギのゲーム内言語ではなくてプレイヤー向けの漢字表記の名刺には修正補助は働かない。この世界の知識ではないからだ。
ザラメは小声で「すみません、これどう読むんですか」と観測者にたずねる。
▽「烏賊墨 蓮太かなぁ」
「イカスミパスタ!? 悪ふざけ食べ物ネームじゃないですか!」
▽「おまいう」
▽「粗目糖と烏賊墨パスタはどっちもどっち」
▽「ザラメっち読めなかったのをごまかそうとしてない?」
「うぐぐぐ……。別に『烏賊墨』が読めなくたって今後おぼえておけばいいだけだし、またひとつ賢くなったからこれでいいんです!」
ザラメは八つ当たり気味に烏賊墨蓮太をにらむと、彼は「おーこわやこわや」とくすくす笑いつつ、身振り手振りを交えた大げさな話しぶりで本題に入った。
「パスタもうどんもゆで加減を間違えちゃあ台無しでやんす。時は金なり。寿司はイナリ。急募に応募で駆けつけたおいらを雇うか追っ払うか、早々に決めてほしいでやんす。こっちも朝市は稼ぎ時、ご縁がなけりゃとっとと他の儲け話を探しに行かなきゃならんので」
「そ、即断即決ですか」
人を雇う、なんて過去に一度もザラメは経験がない。
正直、この烏賊墨蓮太という商人プレイヤーの良し悪しなんて何もわからない。
わかるとしたら、観測者が言ってたように、この商機に一番乗りでやってきたこと。そしておすすめの商人として紹介された人物“ではない”こと。
「すこし、わたしの観測者さんにご意見を伺っても?」
「そんくらいはどーぞどーぞ」
余裕綽々の烏賊墨蓮太はそういうと、自らのそばにいる小妖精とひそひそ話をはじめた。
当然あちらにも助言者があり、ザラメのことを誰かがおすすめしたのだろう。お互いに観測者の入れ知恵や情報提供があって動いているのは大前提だ。
募集要項には報酬・契約条件は一応ちゃんと書いてある。相場基準にお急ぎですこし増額して支払うことになる。労働時給+成果報酬で相手にとってはおいしい仕事だ。
▽「あたしは賛成かな! 開店まであと50分を切ってるわけだし!」
▽「はじめまして。私は蓮太くん推しの観測者です。ぜひ彼を雇ってください。きっと期待を裏切らないはずです」
▽「いやぁどうかな? さっきのおすすめ商人達よりこいつレベル低いぜ? 【商人lv6】って特別すげー優秀ってわけじゃないんじゃね?」
▽「あやしい薬とか売ってそう」
▽「口調ウザいよね」
▽「観測登録者数たった【27】だよ、まだまだ無名だね。人気者にあやかりたいのかな」
▽「生意気そう。ファッションが個人的にイヤ」
▽「商人特化型構築のキャラメは合格点かな。極端な割り切り型だから戦闘は半ば捨ててるね。この朝市だけ雇って試すだけならアリかな」
▽「わい美少年はどんだけ増えてもええぞ派」
まさに賛否両論――。
それはそれとしてよく見ると好き勝手なこと言ってる観測者さん多いなぁ、とザラメは少々うんざりしつつ、役立ちそうな意見を自分なりに吟味して。
「――決めました、では」
烏賊墨蓮太を雇うか否か、ザラメは結果を告げるのだった。
毎度お読みいただきありがとうございます。
お楽しみいただけましたら、感想、評価、いいね、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。




