078.これからシロップお兄様には毎日50万DMの請求が届きます
◇
観光向け高級料理店で帝都料理に舌鼓を打ったザラメはさも平然と言った。
「お兄様、ごちそうさまでした」
「……ふむ?」
何を言っているかわからない。
困惑か、はたまた例外的処理の思考待ちか。
シロップがザラメの発言を不思議がっているうちに、ザラメはそのまま「ほら行きますよ」とユキチとセフィーの手を引っ張って退店した。
呆然とするシロップと秘書のロゼの会話を、ザラメは出入り口から盗み聞きする。
「ロゼ、僕は彼らにぜひ食事をいっしょにと誘われたはずだけど」
「シロップ様は現在ザラメ様の保護者のお立場ですので。協会規約上、私的な飲食費については規定通り、私費でお支払い下さい」
鉄面皮のロゼと穏やかに微笑む支配人。
シロップは少々溜息をつき、微かにハハッと笑って支払いを済ませた様子だ。
「長年生き別れていた妹に甘えられての出費だ。他人行儀より断然うれしいよ」
「シロップ様、錬金工房から素材使用料の請求が届いています。約15万DMです。協会規約上、私的な研究費については規定通り、私費でお支払い下さい」
「……ふむ?」
何を言っているかわからない。
またまた例外的処理の思考待ちが派生する。
無理もない。本来NPCが特定のプレイヤーに過度の優遇を行うことは不公平だ。よって秘書のロゼやその他の協会関係者はザラメに過剰な優遇はできないことになる。
しかし一方、シロップは裁量権のより大きなネームドNPCであり、ザラメとは特別な関係性となる為、特別な優遇を行うことはドラマギ本来の仕様上それを認められる。
そしてあらゆるNPCは無限に金銭やアイテムを所持しているわけでなく、その役割に準じた資金や所有物しか持ち合わせていない。ザラメの身代金として支払われた12億5000万DMは協会の公的資金であるわけで、シロップの私的財産ではない。
なぜザラメが盗み聞きするかといえば、ずばり――。
(おサイフ力を試させてもらいますよ、お兄様……くふふ)
どこまでシロップを金づるにできそうか、確認するためだ。
今、ザラメはこれでもかと悪巧み顔でニヤついている。
「うわぁ……」
と青ざめてドン引きしているユキチくんは無視することにした。
ついさっき“どうでもよくない”にカウントされなかった義兄のお金にかける情はない。
(払え、払え、払ってしまえ……! 有り金尽きるまで払ってみせろォ……!)
シロップは小さく深呼吸する。
そして軽やかに支払いを数枚の金貨で済ませて、書類にサインした。
「ロゼ、錬金工房に伝えてくれ。一日の利用限度額までは好きに使わせてあげてとね」
「承知しました。……失礼ながらシロップ様、もし一週間すべて限度額まで使い込まれると350万DMの高額請求が届きます。よろしいので?」
「サインした後にする質問ではないね」
「失礼、興味本位の質問なので。……シロップ様、ずいぶんお甘いのですね。手元に置いておきたければ、余計な援助をせずに冒険をあきらめるよう仕向けるべきでは?」
「……ふむ」
シロップは長考し、盗み聞きするザラメもついつい次の一言に集中させられる。
しかし返答はなかった。
長考の果てに、シロップは会話そのものを何もなかったようにして退店してきた。
まるでエラーを吐き出した機械がリセットや再起動を行って正常化するようにして。
シロップは直前の会話を完全に忘却して「じゃあ帰ろうか」とザラメに微笑した。
「まだやることがあるので!」
ザラメは反射的に言い訳して脱兎のごとく逃走した。
――正しくは、脱兎のきもちで走って、鈍亀のようにのろのろと離れようとした。
セフィーとユキチが「ごちそうさまでした」等と丁寧に頭を下げてシロップと別れた後、悠々とすぐ追いついてしまうほどにはとんでもなく遅かった。
「はぁはぁ。聴きました!? 不自然すぎます! フリーズしたアプリですか!」
「え、僕はちょっと店内ががやがやしてて……」
「【五感強化】がある。私は聴いた。むしろ安心していいとおもう。ああして返答に困るとスルーするのはNPCの言動としてはよくみる現象だ。――まだシロップのAIは自己学習が不完全なんだろう。秘書のロゼの方が学習度は進んでみえた」
「安心……していいんだ」
ザラメは不思議な感覚に戸惑う。NPCとしてはむしろ機械的不自然さがある方が正しいのに、あたかも実の兄を演じているが機械的な不自然さを見せることに嫌悪感がある。
それが操り人形の偽物だとわかっているのに、本当の兄らしくないことに恐怖がある。
「うう、もやもやします……」
「それより一日50万DMの素材使用料の建て替え許可を喜べ。なにせ我々は時間も金もないんだ。それは大きな資金源になる」
「そ、そうですね。でもなかなか湯水のように素材が使えても錬成で使い切るのは」
「……よし、錬金工房に行こう。フラスコで仮眠はできる? ユキチ、加速を」
「あ、はい、寝れます」
「移動時間も節約……涙ぐましいなぁ僕ら」
ザラメは言われるがまま幻獣態のフラスコになってセフィーの懐にすっぽり収まり、ホムンクルスの種族特性【フラスコの小人】でついでに睡眠回復をしておく。
そうして10分少々仮眠して起きると上級錬金室に到着、食事とあわせEPも全快に近い。
「へぇ、ここでザラメが僕の防具を作ってくれたんだね」
「むにゃ……。え、あ、そうですね、けど戦闘中ほとんどガルグイユさんの鉄壁防御のおかげで被弾してなかったから防具の性能を発揮する場面ろくになかったような」
「いざという時の安心感の差かなぁ? 呪力強化も実感できる差があるし、こんなに立派なプレゼントをかわいい女の子からもらってよろこばない男子はいないよ」
ユキチは照れ笑いしている。
一般論としてうれしい、なんて臆病な表現はいかにもユキチらしくてザラメは笑った。
「……バレンタインデーのチョコか? なら来月に三倍返しだな、ユキチ」
「セフィーさん!? これ参考価格27万5000DMだよ!?」
「楽しみに待ってますね、ユキチくん」
「うう、ザラメちゃん、そういうの照れないんだね……」
「冗談ですよ。今時、三倍返しなんて男女差ヤバい古のルール通用しませんし」
「い、いにしえ……!」
流れ弾でセフィーが被弾して悶絶した。このヒトの防具も新調した方がよさそうだ。
錬金倉庫前にやってきたザラメは改めてセフィーの案をたずねる。すると――。
「さて、一日50万DMの素材が使用できるが、あと35万DMを就寝時間までに消費するのが難しいという話だな。使用しない素材の無断持ち出しは規約違反というのは確認した。……なるほど。私の観測者が言うには『完成品を作らず、部品を作れ』だそうだ」
「部品、ですか?」
「ああ、なぜ部品かといえば」
セフィーは傍らに浮遊する小妖精が妖精契約語で伝える話――コメントを聞く。
ザラメとセフィーは別PT扱いなので妖精契約語の会話が共有されない、というのは細かいことだが観測者に頼ることの多い現在のドラマギでは忘れてならないことだ。
「完成品と異なり、部品は使い道が多い。それだけ求める相手も多岐に渡るんだ」
「バターはいろんなお菓子に自分でも使えるし買ってもらえるね、みたいな……?」
「その解釈で正しい。そして効率良く大量生産して売却して資金にする。すべての必要なアイテムを自主制作する必要はない。金で解決しよう」
「大量生産……金で解決……ファンタジーっぽくないことをおっしゃる」
「そこにこだわるか?」
ザラメは少々悩むが、自分もまた観測者のコメントをチェックして考える。
賛成多数の傾向――信じてみよう。
「いえ、私達の時間は限られています。アイテム作りを一から十まで堪能してる余裕は確かにありません。それでいきましょう。余裕のある時はじっくり作成してもいいですし」
「じゃあ二つ、私から依頼する。矢弾と弦を作ってほしい」
「矢弾はわかりますけど、鶴、ですか。千羽鶴づくりは途中で飽きませんか?」
「そっちじゃない。弓矢の弦だ。弓糸だ」
「弓矢と弓糸ですね。セフィーさんが使用する分はわかりますが、なぜ作る価値が?」
「矢弾と弦は消耗部品だ。この状況下、需要は高い。それに値上がり傾向にあるのは調査済みだ。高級品を作っても売れるはずだ」
「わかりました。セフィーさん、手伝ってもらえますか?」
「ああ。ユキチも作業を手伝ってくれ。本職の錬金術師じゃなくても作業人数は多い方が捗るし、君は【学識A】が助手に最適だ」
「もちろんです!」
「……あ! レベリング忘れてました!」
ザラメはあわてて冒険の書を開く。
レベル4でも戦闘に支障がなさすぎた結果、ずっと後回しにしていたのだ。
「慎重に選ぶために落ち着いてから、と考えてたらつい……でも」
さらさらさらり。
冒険の書のステータスシートにザラメは迷いなく記入する。
【[錬金術師:lv5]にレベルアップしました】
【^学者;lv4][神官:lv3]にレベルアップしました】
【[SP:5]『物品作成A』を取得しました】
【物品作成A】【常在:アイテム作成に関わる行動判定を強化する】
使用可能な魔法も錬金術師、神官ともにこれで中級クラスのものが一部解禁される。
そしてここからアイテム作成を活用する以上、今一番必要なのはこのSPだと確信できた。
▽「レベルアップおめっとー」
▽「生産職路線に舵を切るのか、思い切ったな」
▽「紙耐久継続、また死にかけそう」
▽「今回はビームorチキンなしか、残念」
「ここぞとばかりに好き勝手を言って……。でも皆さんのおかげです。応援のほど、今後ともよろしくおねがいしますね」
ザラメは観測者に丁寧に頭を下げて、記念写真を冒険者広場に投稿する。
『朝市にて臨時ショップをオープン予定! 乞うご期待あれ!』
▽「朝市!? ザラメちゃんお店やるの?」
▽「いいじゃん! あたし宣伝してくる!」
▽「……商人技能もち、いるの?」
やんややんやと観測者さん達は大盛りあがりしてるが、逆にこちらのコメントが見れないセフィーとユキチは不思議がっている。
「よし、明日の出店に向けて頑張りましょう!!」
「……は? 出店? 初耳だが」
「ん? アイテム売るんですよね?」
「ま、待て! それは“商人に卸す”という意味だ! 手売りじゃない!」
「だいこんおろし?」
「そうそうちょうど秋の旬だから秋刀魚にすりおろして……って違うっ! ああそうか、小学生だからな、卸業と仲卸業者と小売業の違いなんてわからなくて当然か……。まぁいい、今アップしてた告知は訂正して適切な武器商人に――」
「生徒会長権限です。明日、出店するのは決定事項! 絶対やります!」
「な、なぜ」
ザラメは内心と失敗を自覚しつつ、しかし胸を張って開き直る。
「もう拡散されまくっちゃったからです!」
「炎上案件まっしぐらっ……!!」
「が、がんばろう、うん」
セフィーが頭痛を訴え、ユキチが苦笑いを浮かべる。
ザラメはごまかし笑いしながら(この人ノリツッコミできたんだ)等と現実逃避した。
朝市への出店まで、あと約10時間(※睡眠時間を含む)!
毎度お読みいただきありがとうございます。
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