077.“どうでもよくない”を数えて 【挿絵アリ】
◇
正解は、シロップ・トリスマギストス。
秘書のロゼを伴って、シロップは馬車を手配して待ち構えていた。
[lv12]という威圧感絶大なネームドNPCと馬車内の広いといえない空間で向き合うハメになったユキチとセフィーは非常に気まずそうにしている。
先んじて約束をした以上はいきなり戦闘などになろうはずもないが、それでも怖がり屋さんのユキチは肩をすくめて青ざめているし、セフィーもうつむいて沈黙を守っている。
その一方、ザラメといえば案外気軽にシロップと会話が成り立っていた。
「そのようなわけでシロップお兄様、わたしたちは半日間で十二件もクエストを達成したわけです。ほめてくれます?」
「ああ、勿論だとも。この報告書の記述とも一致する。私の示した条件に挑むだけの資質をまずは示してくれたわけだ。それは素直にほめるよ、君たち、順調じゃないか」
「あああ、ありがとうございます!」
「……ありがとうございます」
シロップは秘書に手渡された資料をじっくりと読み、興味深そうにする。
ザラメの目から見ても評価は甘めだ。ほめて伸ばす指導方針、あるいはおだてて人を使う策士か。いずれにせよ無駄に高圧的な態度で辛辣には接してはこない。
(……たぶん、NPCだからなんですよね、この甘さは)
シロップの賛辞は軒並み、聴き心地のよいものだった。正直とても気分がいい。
「紅蓮騎兵の希少部位ドロップは氷属性弱点で適切に処理した結果か。素晴らしい」
「は、はい! セフィーの弓矢に氷属性を付与して、それで――!」
NPCの本懐。
それはプレイヤーをもてなすことだ。
小学生のザラメにだってわかる。本来のドラマギは楽しい電脳遊園地、観光テーマパークみたいなものだ。NPCやエネミーはそのアトラクションの仕掛けにすぎない。
友好的であれ敵対的であれ、あくまでプレイヤーを楽しませるために存在している。
とっても偉い人にほめられる。
困ってる人達を助けて感謝される。
現実社会ではなかなか得難い快感をもたらしてくれるのはとても気分がいい。
そうして考えた場合、シロップ・トリスマギストス、というより第二帝都錬金術協会の会長というポジションのNPCとしてこれがごく基本的挙動といえる。
そうやって単なるNPCらしく振る舞ってくれる分にはザラメだって気軽に接しやすい。
――大問題は、彼が死者蘇生の秘法につながるヒントとして強引にねじ込まれた歪な存在であることで、やっぱりそこが不穏で薄気味悪い。
「ふむ、樹皮病のこどもに秘薬を処方してあげたのか。良い仕事をしたね、ザラメ」
「別に、素材が貴重なだけで錬成はむずかしくありませんでしたけどね」
十件目の依頼は、確かにそういう案件だった。
依頼人宅をたずねて、病人のちいさな女の子の診察をして、特別な素材を採取してきては飲ませてやる。十一件目のボスエネミー討伐依頼が同じ一帯にあるので、ただただ効率を重視して選ばれ、もののついでに片付けた依頼だ。
それだけ。ただ報酬と効率を追い求めて機械的にこなした記憶しかない。それだけに。
「ザラメはやさしいね」
シロップの“心ない言葉”が不意に突き刺さった。
ここに至るまでただの一度も、ザラメはこの舞台上のNPCに心を砕いたことはない。
それらはすべて舞台装置、操り人形、作り話――。
本当に助けてあげたい唯一無二の親友を救う手立てにちっともたどり着けずもがいているザラメにとって、おままごとのお使いイベントでNPCの命を救ったことを“やさしい”と適当にほめられたことが、たまらなくイヤで仕方なかった。
情緒不安定極まりないと自分でも思うが、それほど焦りが募っていた。
「……どこがです?」
「うん?」
「わたしが依頼をこなしたのはお金と成長のためです。ひとかけらも、難病の少女に助かってほしいだなんて思っていません。どうだっていいじゃないですか。二度と会話することもない見ず知らずの他人なんて……! 雑なことを言わないでください! わたしが本当に救いたいのは私の大切な親友だって言いましたよね!?」
我ながら理不尽極まりない激怒だった。
シロップは面食らってしまい、そしてそれがマニュアル外の例外的状況であったがためか、数秒の沈黙が生じていた。NPCに求められる型通りの想定問答を逸脱している。
セフィーもユキチも不意の剣幕にあっけにとられて不安げにザラメのことを見ている。
シロップがなんと答えるか、ザラメもまた不安な心地で待った末――。
「安心したよ、キミは僕とそっくりだ」
心底に、嬉しそうにそう言った。
それまでの上っ面だけの褒め言葉にはない、なにか、空恐ろしいなにか――。
自我。
技術的特異点。
そうした人形風情にあってはならない、生々しい人間じみた情緒のようなものを示す表現しがたい微笑みはザラメの怒りを一瞬にして恐怖で上書きしてしまった。
「そっくり? わたしと、あなたが……?」
「自分にとって本当に大切なことの前では他人はどうだっていい。僕にはよくわかるよ。ザラメ、キミこそが僕の大切な宝物だ。以前にも言ったように、その邪魔なものはいつだって取り除いてしまいたい。ザラメにもこの気持ちが理解できるだなんて、うれしいね」
「わ、わたしは……! そんなつもりじゃ……!」
「安心して。僕は理解っている」
兄と妹。
鏡像のように似通った姿形が、もし本質まで一致するものだとしたら。
まだ不完全だとしても、シロップ・トリスマギストスが自分を学習しているとしたら。
ザラメは恐るべき怪物の誕生を予期せざるをえなかった。
なぜなら今、ザラメは自分のことを怪物と紙一重だと思ってしまっているからだ。
――どうでもいい。
心底どうでもいい。
大切なもの以外どうなろうと興味がない。
それは果たしてNPCのみに対する感情だっただろうか。いや、違うはずだ。
(あの時、わたしは――)
銀剣の殺人鬼の招いた二度の惨劇――。
あの時、見ず知らずの誰かが死んでしまった。
マルセーユという人の名前を何度もセフィーの口から聴いてしまっている。
それでも。
それらの死を、自分と無関係なものとして切り離して、忘れることを選んだ。
まさしくそれらはザラメにとって“邪魔なもの”に過ぎなかった。
これが偽らざる本心だ。
(雑な反応でよかった……! 理解させちゃいけなかったのに、なんて馬鹿なことを!)
AIは学習する。
人間の悪意をも学習する。
過去、そうしてシンギュラリティが未曾有の悲劇を招いたことを教科書で習った。
ずっと気をつけていたはずなのに、大きな失敗をしてしまった。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう……!)
このまま状況が悪化の一途を辿れば、ユキチや他の仲間達を危険に晒してしまう。
ザラメが言葉を失い、眼の前が真っ暗になりかけた時――。
「そんなことない!!」
ユキチが叫んでいた。
握った拳を震わせながらもシロップに言葉で立ち向かったのだ。
シロップは不愉快そうに「ほう、言ってみたまえ」と軽く睨みがユキチは耐えた。
そして一呼吸を置いて、慎重な口ぶりでユキチは話した。
「ふたりとも、試しに“どうでもよくないもの”を指折り数えてみてよ。人物でも、事柄でも、物でもいい」
「……それだけか?」
「え、あ、はい」
ユキチの提案に従って、シロップといっしょにザラメは指を折ってみる。
(詩織、お母さん、お父さん、おばあちゃん、おじいちゃん、ミオ、シロ―、学校の他のともだち、黒騎士さん、ユキチくん、セフィーさん、観測者さん達、ネモ……)
「んん、ユキチくん、指で数えきれませんよねこれ?」
「どうやらそうでもないみたいだよ」
指が三本。
ザラメが十本指を折る間に、シロップはその繊細な指先を三本折って、そこで止まった。
両者の差は一目瞭然だった。
「僕も、ザラメはやさしい良い子だと思います。やさしくてかしこい子だから、自分の限界がちゃんとわかる。それがザラメの“どうでもいい”なのかな……て」
「……これが"差”か」
シロップはどこか釈然としないような、しかし言葉ではなく指の数が示した“差”に納得する他なく、その意味を静かに振り返っていた。
(……そっか、うん、そうかも)
そのまま馬車はとある料理屋に止まり、四人でおだやかに食事の一時を過ごした。
そもそもなぜ夕食にシロップが連れ添うかといえば、元々この第二帝都で暮らすうちは食事時だけでも家族団欒で過ごしたいという要望があったからだ。
観測者らのおすすめ情報を元にして選んだ料理屋はなかなかどうして大当たり。
なんとか無事に、和やかに終わった夕食にホッとしつつふとザラメは思う。
もし、シロップがザラメのことを学習して変化する性質がある、もしくは本質がどこか似通っているのだとしたら――。
もし、ザラメが自分で危ぶむような冷酷な怪物ではなくて、ユキチの言ってくれるようにやさしくてかしこい子なのだとしたら――。
シロップ・トリスマギストスの技術的特異点は、悪夢とは異なる結末がありうるのでは。
そう甘っちょろい考えを淡く期待しつつ、ザラメはデザートを「おかわり!」した。
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