073.飛べ! ガルグイユ! 【挿絵アリ】
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観測者であるあなたは、観測対象をいつでもシームレスに切り替えることができる。
観測対象に注目の出来事があればイベント通知が届くし、だれかの観測した過去のバックログのアーカイブ確認もできる。
不便な点は、同時に複数の観測対象をモニタリングはできないことだろうか。
ので時たま、テレビCMの合間にチャンネルをザッピングするようにして、状況が動かない場面では観測対象をスイッチングするのはよくあることだ。
冒険者ザラメ・トリスマギストスがとてとてと種族柄ゆっくりした足取りで仲間の元へと向かう合間に、あなたは先回りしてユキチ隊へとスイッチングする。
五名は冒険に赴く支度に勤しんでいるところだった。
あらためてメンバーをおさらいする。
『操霊術師』ユキチ・フリシキル。
『武道家』ネモフィラ。
『射手』セフィー・ソフィー。
『戦士』ドット。
『戦士』ガルグイユ。
前衛三名、後衛二名という編成のこの五名は新進気鋭の初心者卒業組だとのこと。
この五名のうち、四名は元々ネモフィラ隊としてパーティを組み、回復役の『神官』マルセーユを失った為、甲板上にいた別のPTで唯一生き残ったドットを編入している。
よって「大盾のガルグイユ」と「大鎧のドット」で若干役割が重複してしまっている。
戦力上の問題はない範囲だが、回復役不在の防御面での穴を補う必要があり、ここに臨時で後方支援に適したサブ神官のザラメが加わることはとても助かるはずだ。
むしろ気がかりなのは――ドットが喋らないことだ。
無口、というより一切喋ってないようにみえる。
意思疎通をどうするかといえば、もっぱら首を上下に振るか横に振る、あるいは冒険の書のイメージ投影機能や文字投影などの、要するに筆談オンリーに近い。
ユキチ、ネモフィラ、セフィー、ガルグイユの四名ははじまりの港で有志を募って結成された積極攻略を目指すグループ。結成は異変後なので日数こそ浅いが、目的意識の共有がしっかりしているのでパーティとしてまとまっている。
唯一、大鎧のドットだけは浮いている。
ドットはステータスも非公開設定のため、冒険者や観測者であっても自由な閲覧はできないのも気になる。
ただしステータスの非公開設定は珍しいものではなく、元々ドラマギには自分の情報をどこまで自由閲覧できるようにするかは個人差が大きいらしい。
手の内を晒せばそれだけ対人要素では不利になる、と考えるのも自然なことだ。
殺人鬼――Xシフターの暗躍を考慮すればなおさらのこと。
ドットは黙々と武器の大槌を手入れしている。
ドラマギは武器に耐久値がありいずれ壊れる宿命にあるが、適切な手入れ作業をして大事にすれば耐久値の回復につながり、長持ちさせることができる。
大槌のそばには他のメンバーの予備武器があり、修繕を買って出てくれているようだ。
丹念な手つきで刃物を砥石にかける寡黙な作業ぶり――。
謎めいているが、これからドットもうまくパーティに馴染めそうではある。
「すみません! おまたせしました!」
「おそいわよ生徒会長!」
ぽてぽてとあくびのでる鈍足のザラメに、ネモフィラが苛立たしげにネコの尾を揺する。
名目上ユキチに隊長の座こそ譲ったが、黒騎士を除いて、ネモフィラは唯一lv7に到達しているこのクランで二番手の強者だ。
【種族:ライカン】は攻撃的物理職向きとされるが、とりわけ武闘家らしくネモフィラの個性値は素早さに長けている為、それこそザラメとかけっこすればウサギとカメだ。
やや苦手意識があるらしく、ザラメはすこしネモフィラから視線をそらしている。
「あの、錬成に時間がかか」
「クエスト受注したから共有して! 早く! リスト送信する! した!」
「わわっ、え、十二件……!?」
「悠長なこと言ってらんない事情があるのはあたしも生徒会長もいっしょでしょ!」
「……そう、そうですね」
ザラメは表を上げて、ちゃんとネモフィラと目を合わせた。
お互い、通じ合うものがあったようだ。
何かしら、ネモフィラにも"上位1%に選ばれて早期脱出を目指す”という目標を志すだけの、強い動機があるのだろうか。
大多数の冒険者が“上位1%”でも“下位1%”でもない“普通”を目標とする状況下にあって、ネモフィラの上昇志向はザラメにとって強引であれ心強さがあるはずだ。
「んじゃー行きますか! ガルグイユ! さぁ新しい力のお披露目よ! ユキチくん、例の用意よろ!」
「ああ、胸が高鳴るよ」
錬金術師協会の敷地内にある、ひらけた内庭の一角に移動する六名。
せっかちなネモフィラに「遅い!」と強引にひょいと肩車されて「わわわっ」と落っこちないようバランスをとっている。
内庭の石畳の上になにやら描きつけられた魔法陣、その中心にガルグイユが立つ。
大盾のガルグイユ――。
【種族:サラマンドール】。
火の精霊サラマンダーにまつわる種族とされ、火竜人とも呼ばれる。
頭に竜の角、背面に竜の翼と尻尾を備える姿は、まさしく人竜という勇ましい造形だ。
されとて顔つきは半人半竜という趣で直球の竜頭でもなく、一癖二癖あるが美しい美女といって差し支えはないだろう。
威風堂々と立つガルグイユはカッと目を見開き、噴出する豪炎を纏う。
「気焔万丈!!」
「う熱っ!」
情けない声をあげてしまったのはユキチだ。彼は魔法陣の外側で呪力を注ぎ、その儀式を今まさに発動させようとしていたわけだが――。
【種族:スノーマン】に炎熱はこうかばつぐんのようで夏場のアイスになりかける。
しかしめげずに彼は【騎竜化の呪い】を発動させた。
すると瞬く間に、ガルグイユの手脚に黒い炎が纏わりつき、燃え盛り、そして爆ぜる。
どこか苦しみもがくような唸り声――。
ガルグイユは何と、巨大な火竜に変貌してしまった。
火竜はもはやプレイヤーキャラというより完全にボスモンスターにしか見えない。ド派手な演出に、他の観測者たちは大盛りあがりで小妖精の瞬きが激しかった。
ガルグイユはふぅと火炎の一息をつき、興奮を鎮め、落ち着きを払って巨躯を伏せた。
複数人が悠々と背中に乗れるであろう小舟のような大型の鞍に“騎竜”ということか。
「さぁ騎乗せよ、どうした生徒会長殿? ビビっているのか?」
「な、な、な」
一部始終を目撃したザラメは絶叫する。
「なぜ殺したんです!?」
「ん? ……あ」
そこには一連の気合が入った変身演出と最後の火炎の一息が直撃した、ユキチくんの見るも無惨な、夏の日に家に帰り着くまでに力尽きたアイスの姿があった。
「うゆぐぐぐ……。い、生きてます、ギリギリ、まだ、かろうじて……」
「す、すまんユキチ!」
「かかか、回復させなくちゃ! 消失錬成――」
ここで再確認しよう。
現在、ザラメ・トリスマギストスはサブ神官lv2を取得しているが、彼女が宣言したのはあきらかに錬金術師の、そして回復の、超必殺技――である。
それはあなたの知る限り、現状たったひとつしかない。
「“草竜の苦汁”!!」
毒々しい緑色の暴竜が、猛烈な悪臭を伴い、ユキチを"介錯”――もとい“回復”する。
「ッッッーーーー●×▽◇☆!?」
断末魔の叫びを上げながら宇治抹茶アイスになるユキチくん。
「ひっ」
「うわぁ……」
過去にアレを食らった経験のあるネモフィラとガルグイユは青ざめ、絶句するのだった。
青汁のように、青く。
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