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043.銀竜の果物切り

 しかし船倉にたどり着いた時、ザラメは既視感に襲われた。

 あの時もこう感じたのだ。


(……人酔いしそう)


 死臭漂う船上。

 暗がりの倉庫には呻き苦しむ死体人形と山積みの貨物、船幽霊まで所狭し。


 醜悪な呪力の根源に目を奪われて、ザラメ・トリスマギストスは足を止めた。

 ソレは脈動していた。


 巨大な心臓に似た呪詛の塊がドクンドクンと鼓動していた。

 壁面や天井に根や糸のようなものを張り巡らせ、濁濁と薄汚れた瘴気に淀んだ海水か、血液か、あるいはもっとおぞましいものを心音が鳴るたびに吐き出していた。

 これが呪詛の爆弾だ。


 それを守るようにして、船亡霊と死体の兵隊が倉庫内をうろついている。

 そのゆっくりとした鼓動に比べて、ザラメの心臓は小動物のように小刻みに動き、親切なる己の恐怖心が必死に警告していた。


▽「……今ユキチくんから伝言。呪力の塊が……ああ、あったね」


「ええ、ご覧の通りですよ」


▽「対処法を伝えるよ。分析の結果、ソレは呪力の循環器の役割を果たしているようだ。心臓と同じ役割だね。船内の呪力をソレに一度集めて、また送り出している。ソレを止めればすべてが止まる」


「……でしょうね。心臓ですもの」


▽「慎重に、呪力の暴発を起こさないよう処理が必要――。赤と青の管が見えるかい?」


「……あるんですね、やっぱり」


 ザラメは苦笑してしまった。

 爆弾解体のベタなやつ、タイムリミットと赤と青のコードがここにあるんだから。

 それは呪力の心臓につながる動脈と静脈だった。


「……流石にですね、ランダムに好きな方を切断しろとか言われても困るんですけど」


▽「青。静脈を切ればいい。心臓は動脈は強くポンプのように血流を押し出して、静脈は血流をゆっくりと回収する。動脈を切れば暴発の危険性が高いけれど、静脈なら低いはず。呪力はゆるやかに漏出して、静かにソレは動きを止める。そうユキチくんが言ってる。僕らも考察してみたけど……ごめんね、確証はない」


 ゆらゆらと死体の人ごみが蠢いている。

 ためらっている時間はない。


 ザラメは船倉に足を踏み入れて、ゴーストショールを頼りに心臓へと近づいていく。

 ゾンビと悪霊に囲まれて爆弾解体に向かう女子小学生だなんて。


 アクション映画でもここまでのハードシチュエーションはなさそうだと笑えてくる。


「……信じます。確証なんて不要です」


 死者蘇生の秘法に比べたら、そこに在るだけ遠く果てしないものではない。


「主命護衛、随伴堅守」


 何言ってるかわからないけど、シオリンが道を塞ぐ死体人形をそっと退けてくれた。

 暗闇、緊迫、鼓動、接近。

 巨大な呪力の心臓を、ついにザラメは射程圏に捉えた。


「【消失錬成】――」


 錬成陣を床に描いて、この呪力の心臓の静脈を丁寧かつ切断できる調合を考える。


(心臓、手術、切断、メス――刃物。霊体に通用する金属――銀)


 適切な素材はこれ以外に思いつかなかった。

 ザラメはシルバーソードを陣の片側に、市場で買った金剛パインと救命ライチをもう片側に配置した。

 金剛パインは硬質化のエッセンスを、救命ライチは治療のエッセンスを抽出する。


「血塗られた銀の刃よ。道具は道具。汝は今、我が僕。幾人も人を殺めたる銀の刃よ。なれば罪滅ぼしをせよ。その最期に人を救い、呪いの根源を断ち切れ。汝の名は――」


 紫電が瞬く。

 呪文のような難解な言葉は自然とザラメの内側から溢れてきた。

 これもまた修正補助のなせる業だろうか。


「“銀竜の果物切り《ドラコ・フルーツナイフ》”」


 不必要な破壊力は要らない。


 ただそこに在る黒き死の果実を、丁寧に解体するために最適化した錬金術の刃。

 偉大なる銀翼の竜神が、不死の林檎の皮むきに用いるようなイメージで。


 丁寧に、物静かに。

 ザラメは青いコードを切断した。


 消失錬成に費やされたシルバーソードの成れの果てが光の粒子に淡く還元されていく。

 ザラメは深呼吸する。

 静脈を断ち切られた呪力の心臓はゆるやかに黒い水をコポコポと吐き出しながら緩慢に動きを止めはじめた。


 ザラメは徐々に静止していく死体人形と亡霊の群れを悠然と素通りして歩く。


 止まりゆく呪霊の心音。

 高鳴るザラメの鼓動。


 ザラメはシオリンといっしょに暗闇の底から脱出した。


「観測者さん、伝言おねがいします。わたし、天才です、って」


▽「……ああ、頼まれたよ」


 やがて緊張の糸が切れてしまい、ザラメはぐったりと座り込んでしまった。


(本当に、疲れる事ばっかりですね……)


 まだ助かったという確信がない。もう大丈夫だと理解できても、今になって強がっていた心がもう限界だと根をあげて、蓄積した恐怖と疲労にカラダを委ねる他なかった。


 長時間、瘴気に満ちた呪力の根源に接触していたことが祟ったのか。

 黒い水に少しばかりは触れている。呪いの力がザラメを蝕んでいるのか。


 早く。

 早く、おねがいだから。


 だれか迎えにきて。


 ザラメは勝利の報告が待ち遠しくて思いながら、静かにそのカラダを消失させた――。





 しろいきつねさんがコンコンしてる。

 ガラスのおうちのなかでぐったりとくるしそうにしている。


 くろいもようがぐるぐるとうずまいて。

 しろいきつねのたましいをこわがらせているようだった。


 このこをたすけなきゃ。

 なんでかな。


 とてもたいせつなものなきがしたから。


 ひかりをあげる。

 いやしをあげる。


 いっしょにいてあげる。


 そうすることにした。

 しろいきつねさんのコンコンがなおっていく。


 わたしはさむくないように、このこをぎゅっとしてあげることにした。


 げんきをだして。

 わたしのたいせつな――おともだち。

毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、いいね、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。


第一章ついに終局。

ラストは本日中に更新予定です。最後までどうかよろしくお願いいたします。

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