112,続・蓮太くんとの夜の密会 2/2
【112】
「蓮太くんの本当の目的は、わたしと仲良くなること、ですよね?」
どやっ、と得意げに。
なんでもいい。本当の真の目的を引きずり出す手がかりになれば、それでいい。
ザラメはほんのすこし上目遣いで、にまっと微笑んでそう言った。
当然これに対して、烏賊墨蓮太という人物のこと、風のようにふわふわと答える。
『ええ、はい、もちろん! ザラメ嬢とはぜひとも仲良くなりたいものでやんす!』
そう、このような返答を予想した。
しかし現実に烏賊墨蓮太の返したリアクションはこうだ。
「は、わ……っ! そ、そんなわけ! ……ない、こともない、です」
イカを名乗ってるクセに、ゆでダコのように赤くなってみえた。
クリティカルヒット。
同種族のせいか、あたかもカフェテラスで身悶えていた思春期まっしぐらの恋愛ごっこに翻弄される自分自身のリプレイを見返しているかのように、蓮太は緊張と動揺と興奮を示した。
いつでも余裕たっぷりで道化回しのように振る舞っていた蓮太が、うっかり仮面を落としてあわてて拾おうとする醜態を晒していた。
(……ま、まさか)
共感性羞恥というか、ザラメまで気恥ずかしさに襲われる。
そして嬉しくもある。“好意がある”という直感が当たっていたという意味と、もしそうだったらいいな、とうっすら期待していたことが不意に現実になったという意味で。
感情の整理がつかず、ザラメは華美なフルーツ特盛パンケーキみたいな顔つきに。
「わたしは! 仲良くなりたいんですけど!!」
そしてザラメはテーブルから身を乗り出して、獰猛に蓮太の腕をぎゅっと掴んでは引き寄せた。
ドギマギと恥じらう蓮太。
そのギザギザの犬歯のさきっちょに、あろうことかザラメは左の小指をつっこんだ。
「はがっ!?」
「じっとしててください。これが“賢者の石”の礎――賢者の一滴、です」
ザラメは強く歯先に小指を押し当て、自ら出血させた。
走る苦痛。零れる血液。紅い宝石。
蓮太は口の中に生成された【賢者の一滴】を取り出すと、ザラメの突然の行動に息も絶え絶えになりつつ、その意味するところに目を見開く。
【賢者の一滴】
【錬金術の至宝、賢者の石の原材料となるホムンクルスの希少な血液。心を許した相手に捧げる時のみ、その魔力を宿した血は紅の宝石となる】
アイテムの専門家である商人職の蓮太には、これがザラメの本心の証明であると共に、“死者蘇生の秘法”の核心的情報を開示したという急速な歩み寄りだとわかるはずだ。
ザラメも、蓮太も、静止したまま互いに見つめ合っている。
ひみつの密会――。
本当に、誰にも公にできない秘め事になってきてしまったとザラメは自分を笑った。
「蓮太くん、長くなりますけど、いいですか」
「は、はい、でやんす」
とってつけたような語尾に、少し苦笑する。キャラづけが間に合わないほど面食らってるらしい。
会話の主導権を握れていることが妙に嬉しい。
ザラメは自分の性格を、やはり根本的には攻める側だと再確認しつつ、続ける。
「“シンギュラリティ”。技術的特異点。ご存知ですよね。過去にもこのような“大きな事件”があったと小学校の授業でわたしも教わりました。それらのうちに、仮想空間から現実世界へと“侵食”が発生した事件もあるとか。――わたしは“火の竜の魔法”をネクロス・サラマンダーに託される時、こう言われました」
“汝に託そう。この儚き世界の、命運を”
「儚い。儚い世界ってことは、たぶん、消えやすい、脆い、長続きしない……。線香花火、春の桜、とっておきのおやつ……。そういう、無常で尊いものを示すのだとおもいます」
一瞬なにか蓮太が「ん?」と小首を傾げた気もするが、ザラメは気にせずつづける。
「この仮想世界をメタ的にそう表現するのはわかります。サービス開始たった三年のゲームですから。しかし“火の竜の魔法”と一体化したことで理解できました。“儚き世界”というのは――」
ずっと感じていた。
このドラコマギアオンラインというゲームは異変後、ゲームらしからぬ点が増えつつある。
そしてザラメは、ザラメ・トリスマギストスとしてひとつの高き到達点に立ったことで、ついにこのゲームに生じた異変の全容を理解しつつあった。
それはまだ、同じクランの仲間にも打ち明けるべきか否か、迷っていることだ。
「ドラマギは――“実在しようとしている”。仮想世界から現実ではない異なる世界――。ドラコマギアオンラインは“異世界”に“転生”しようとしている」
異世界転生。
本来の意味とすこしズレている気もするが、仮想世界が実在する異世界に転換しようとするこの技術的特異点を評するには、てっとり早い。
ザラメの発言は、しかし突飛すぎるわけではない。観測者らの数多ある推論のひとつに、異世界転生説もまことしやかにささやかれてはいる。
NPCをはじめとするこのドラマギ世界のすべては、その転生のゆるやかな過程にある。
ザラメとシオリンは、その異世界転生に巻き込まれたのだ。
「蓮太くんも実感、ありますよね? わたしたちは実在する、という実感が」
「……否定はできやせんね」
蓮太はさほど驚く様子もなく、すんなりと話を受け入れている。
小学生のザラメよりはリアルの年齢が上らしいので、10年前の事件についてははザラメよりわかるのかもしれない。実感、についても好意的に接してくれた理由がそうならば当然あるはずだ。
「わたしも、蓮太くんも、この“儚き世界”に生きる住人になりつつある。わたしはホムンクルスの錬金術師、ザラメ・トリスマギストス――。あなたはホムンクルスの商人、烏賊墨蓮太――。わたしたちの演じるこの二匹のホムンクルスにとって、きっと、お互いが仲良くなることはごく自然なこと。本能、運命? プレイヤーの好き嫌いに限らず、そういう設定や脚本なんですよ、きっと」
天才錬金術師ザラメ・トリスマギストスは烏賊墨蓮太に恋心を抱きつつある。
同じくして、蓮太も心惹かれているはずだ。
キャラクターに引っ張られて、ザラメのプレイヤーである『天草 心桜』の感情や意志が左右されているわけだ。そら恐ろしくもあるが、ごく自然なことでもある。
それがRPG――ロールプレイングゲームなのだ。
「でも、本当にイヤな脚本は破り捨てます! 仲良くなりたいんです、ザラメも、わたしも!」
蓮太はしばらくぽけっと惚けて。
その手にした【賢者の一滴】を数秒じっと見つめると、少々照れながら答えた。
「……蓮太も、おいらも、仲良くさせていただけるとうれしいでやんす」
蓮太は落ち着かない様子でパーカーを脱いで髪をいじる。
ものの見事に不慣れな様子。よくよく考えるとホムンクルスは同族が希少、蓮太の中の人はさておき、烏賊墨蓮太という冒険者はこれが初恋だっておかしくない。
(あぁ、もう、かわいいなこいつ……)
「……でもこれ、浮気でやんすよね?」
「んん?」
ピコン。通知が届く。
【冒険者レベル7の“成長の鍵”×2を獲得しました】
【恋せよ乙女】『複数回の恋愛イベントを経験して、だれかと親密になれた』
【トライアングラー】『同時に二人の相手と恋愛関係を結んだ』
【おめでとうございます! 冒険者レベル7にレペルアップが可能になりました!】
ザラメは祝福のメッセージに反して、後ろめたさに打ちのめされる。
【恋愛の過保護】をこのドラマギにもたらした恋の女神とやらは一体なにを考えてるのか。
これもまた“攻略恋愛”だと言い張ればどうにかなるか。
――と、ザラメは早くも恋人役になってくれたユキチへの申し訳無さに胸いっぱいだった。
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