4 円満とは(1)
直しが多くてすみません。これからもいっぱい直していくと思いますが見てくださると嬉しいです。
前言撤回。
やっぱり私の今世の姉は稀に見るクソガキである。
「~~ひっ!おねえさまっ!!」
「ルティアーヌ様!!どうか、お願いしますどうかそれだけは…!」
私と侍女ルーナの懇親の叫びと懇願の声も虚しく、いくつもの豆粒の様な物が宙へ放り出された。それらは私の大嫌いな羽音をざわめかせて向かってくる。当たり前だ、私達の方へわざと投げ出されたのだから。
投げ出す際に開かれた小さな両手は、清々しいほど伸び切って、その合間に見える顔は勿論、ルティアーヌの満面の笑みだ。
向かってくるそれを見て、私はぞわり、と背中が粟立つのを感じ、それから顔面からスっと血の気が引くのがわかった。
言わずもがな、いくつもの豆粒の様なそれとは、大量の虫のことである。
『ぎぃゃぁぁぁぁぁああ―――!!!!』
晴天の空に響く私と侍女ルーナの大絶叫は、きっとこの広大な屋敷と敷地を超えて、外へと届いたに違いない。
そして騒ぎを聞き付けたお母様とレアルが駆けつけ、大泣きしている私達と大笑いしているルティアーヌを見て目を丸くしたのはそのすぐ後。
勿論、ルティアーヌはお母様にこっぴどく怒られていた。
「良いですかルティアーヌ!生き物は投げて遊ぶものではありません!」
「いやそこぉ!?」
予想外に天然をかましてきたお母様に、ルーナ同様涙でぐちゃぐちゃになった顔でツッコミを入れて、この事態は集結した。
怒られていた筈のルティアーヌが、少し嬉しそうにしていた事を複雑に感じながら。
☆☆☆
突然だが、我が家庭の事態は深刻である。
以前にも告げたように、両親の仲が疎遠過ぎるのだ。
同じ屋敷内に住んでいるというのに、一日の中で会話が無いに等しいとは一体全体どういう了見だ!
両親の仲は子どもにとって非常に大きな影響を及ぼすと聞いた事がある。円満な家庭とそうでない家庭の子どもでは脳内に変化が見られるのだそうだ。
そんなことを言ったら私の両親はどうなる!いや、それよりもルティアーヌと私の脳内にあらぬ影響が出ていたらどうしてくれるのだ!あの性格に育ってきてるのは、あなた達親の責任もあると思う。
…というのは言ってみたものの。
単純に、私が寂しいのだ。今の家族関係が。
実は私は記憶を思い出して一週間後、置き去りにしてきた人達の顔を思い浮かべて私は二日間夜通し泣いた。泣いて泣いて、それで今度こそは家族を大切にしようと私は心に誓ったのだ。親孝行ならぬ家族孝行を人生の目標にたてた私は、同時進行でこの世界を満喫しようとも意気込んでいた。
まぁ、その後すぐにルティアーヌの姉妹いびりが始まるとは欠片も想像していなかったけどね!
家族を愛そうと決めた矢先にくる、ルティアーヌのいびりと、両親の不仲!タブルパンチでKO気味だよ私は。
私ももう三歳。時間にして約三年だ。
最近は読み書きの練習も始めたし、以前に比べればルティアーヌも落ち着いてきて…は居ないけれど絡まれる回数は減った。あと動き回れる身体にもなってきたし、ある程度のお喋りなら疑われないだろうと思う。
この家庭のままじゃ家族孝行もくそもない。
そこで私は以前から考えていた作戦を実行に移すことにする。
目指せ家族円満!目指せ私の愛しやすい家族!この屋敷に確かな心の安らぎを求めいざゆかん!
「なずけて、かぞくなかよしだいさくせんよ!!」
ふんっ、と鼻息を荒く吐き出し腕組をする私を、レアルは間の抜けた顔で眺めた。
え?作戦名がまんまだって?すみませんねこう見えてわたくしネーミングセンスの欠けらも無いもんで。
「…作戦名がそのままですね」
知ってるよさっき自分で言ったばかりだよ!子どもだから流してくれると思った私が馬鹿だったぜ!ジーザス!
「ほっといて」と小さく呟いた言葉はレアルには届かなかったらしい。むぅ、とムクれる私に困ったように眉を下げて、笑顔を向ける。
レアルはこの顔を良くする。自惚れかもしれないけど、愛しんでくれているみたいで私はこの表情が好きだ。
「まずはおとうさまにプレゼントをあげようとおもうの!」
「プレゼント、ですか…?」
不思議そうに首を傾げるレアルに勢いよく頭を縦にふる。
なぜなら、今のお父様とお母様を無理やり仲良くさせようとしても、火に油を注ぐだけだからだ。下手をすると本当に破滅に向かいかねない。それくらい、今の二人には距離を感じるのだ。
しかし距離を感じると言っても、お母様がお父様を想っているのは一目瞭然。距離を置いているのはお父様の方だ。
侍女やレアルによると私が産まれる前からこの状態だったらしいから、過去に何かあるのは確か。
けれどお父様は疎か、お母様でさえその話を持ち出さない。
そこで私の登場だ。
お母様に原因がないのならお父様に何か思うところがあるのだ。それをお父様から信用を得た私が第三者として聞き出す。
言わばこの不仲の原因を探る大切な役割だ。
その為に、ひっじょ――――っに不服だが、お母様から聞き出したお父様の好きな物で餌付けしつつ媚びまくる。
ふと寝台の隣にあるドレッサーに目を向ける。鏡に映るのは、耳元で肩まである髪をツインテールにした美少女である。
初めて自分の姿を見た時は驚いたものだ。ルティアーヌには劣るが、それでも十分美少女に育つであろう顔立ちをしている。
こんな娘にプレゼントされて嬉しくない親が居るはずないもんね!
「何をプレゼントされるのですか?」
「ふっふっふ―!じつはもうきまってるのよ!」
じゃじゃーん、と言いながらレアルの目の前に差し出したのは、水仙の花に良く似たパルと言う名前の花。
早朝に庭師に頼んで一緒に探してもらったので、薄紫の花弁が生き生きとしていてとても綺麗だ。初めて見た花だけど、私も好きになりそう。
「お綺麗でございますね…このパルを旦那様に…?」
「うん!さぁ、わたしにいきましょ!」
「えっ、今からでございますか!?お嬢様…!」
驚きの声をあげ、慌てて制止を呼び掛けるレアルを置いて、私は部屋を飛び出す。勿論、お父様の所へ行くためだ。
後ろにレアルが着いてきているのを感じながら真っ直ぐに書斎へ向かう。因みにお父様に今日は出かける予定が無いことは、既に執事長のキースに確認済みである。
「あっ、キース!!」
「これはこれは、お嬢様。如何なされました?」
廊下の突き当たりを曲がると、丁度書類を持って書斎へ入ろうとしているキースが居た。ナイスタイミング!
キースは私に気がつくと、シワを深めてゆっくりと微笑んだ。
キースは父、ジルバートの専属執事であり、この屋敷の執事長でもあるお爺様だ。紳士的で物腰柔らかい雰囲気のある人で、お爺ちゃんと呼ぶのはどうも躊躇われる。
「あのね、おとうさまにわたしたいものがあるの!」
「旦那様に?」
「プレゼントを旦那様に差し上げたいそうです」
目を瞠目させたキースに、追いついたレアルが息を整えながら補足する。後でレアルに危ないから走るなって怒られそうだなぁ。
「分かりました。丁度我々も休憩を取ろうと思っていた所なのです。旦那様に直接お渡し下さいお嬢様」
「うん!」
納得したように頷き、扉を開けて促してくれるキースは子どもにも紳士的で素敵だ。うっかり戻れない恋路に足を突っ込みそうになっちゃうよ。
「旦那様、リアフィーナお嬢様がお越しになられましたよ」
キースが大声にならない程度に中に声をかける。そんな彼の言葉を背中で聞きながら、書斎へ足を踏み入れた私は愕然とした。
辺りは本だらけ。その本棚の大きさにも驚いたが、いかにも書斎という感じなのに、部屋の真ん中は書類が山済みになっている。少しでもずらしたら落ちそうなバランスを保つ塔のように積み重なった書類に開いた口が塞がらない。
うちの父親は一体何の仕事をしているの。
「…何の用だ」
唐突に聞こえた大人の低い声に肩が跳ねる。いやいや、怖!!
書斎の量に驚いて見落としていたが、見れば机にはこちらに目も向けず、ひたすらに手を動かす男性がいた。
自分の子どもが来てるのに見向きもしないって一体どういう事だ。喧嘩売ってんのか。こっちはまだ子どもなんだ効果抜群だよ既に心が折れそうだよ!
脳内で愚痴を言っても仕方が無い。既に折れかかっている心を必死につなぎ止め、心を静める。当初の目的を思い出すんだ私…!
「おとうさま!」
「…なんだと言っている」
「はい!おとうさまにプレゼント!わたしがつんだんだよ!」
「…は?」
冷たい声から一転、間の抜けた声と共にやっと顔がこちらに向く。
恐らくこんなに近くで目が合うのは、生まれて初めてだった。
一言でいえば、こちらもやはり美形だ。
癖のある切りそろえた髪を横に流しているので顔がはっきり見える。色彩はこの国では珍しくもない金髪蒼眼だ。そこまでは前と変わらない。だけどこうして間近で見て初めて気が付く。寄せている眉毛の形や、その輪郭に見覚えがあることを。
ほらね。やっぱり親子じゃないか。
「……」
「きょうね、あさのさんぽしてたらね、みつけたの!だからおとうさまにプレゼント!」
そうやってキラキラと目を輝かせながら、今朝の出来事を語る私は、もしかしたら前世では頑張っていたら女優になれたかもしれない。どうだ!私の迫真の演技は!
内心ドヤ顔で喋り続ける。しかしそんな私を見て、お父様は不愉快そうに眉を顰めた。
何が気に入らないというのか、最初よりも更に声を低くしてキース名を呼ぶ。
あろう事か、私を無視して。
「キース、新しい書類は持ってきたな?いつまでも扉の前に立っていないで早く仕事にかかれ。ただでさえココ最近宮廷からの流れ仕事が溜まってるんだ。無駄な時間を過ごしている暇は私たちには無い。分かったら作業に戻ってくれ」
「しかし、旦那様…」
「キース」
キースの言葉を、無慈悲な父親が遮る。
「二度も言わせるな」
今日一番の低い声と共に、キースを睨めつけるお父様の迫力に息を止める。美形が睨むと、迫力が増すのは本当なんだなと、何処か遠くで考えた。
それからは良く覚えていない。
ただ、気がついたらベットにいて、手に握っていたパルの花は無くなっていて、不思議と涙が止まらなかった事だけが残っていて。
そういえば廊下を走った事をレアルに怒られなかったなと、ぼやけた視界の中考えた。
*
ありがとうございました。