出会い 1
◇1
シンプルな学習机と洋タンス、シングルベッドが配置された約6畳の部屋。
そんな一般的な家庭の部屋には似つかわしくない警報レベルの機械音が鳴り響く。
「う、うーん……うるさいなぁ。何なのよ、この音は。――あっ、昨日セットしておいたアレか…」
ベッドの上からそんな声が聞こえたかと思うと、もぞもぞと掛け布団の膨らみからパジャマ姿の少女が姿を現した。
少女は寝ぼけ眼を擦りながら、何かを探すようにきょろきょろとしている。
(あれ? 昨日インストールした目覚ましアプリの音かと思ったんだけど、私のスマホは――あれ? なんでドアの前なんかに落ちてるの?)
少女は首を傾げながらベッドから降り、自分のスマートフォン(携帯電話機)を取りに行く。
「もう、こんな音じゃなくても起きられるって」
そう言いながら少女はスマートフォンの画面を慣れた手つきで操り、アラーム音を止めた。
部屋の中は静寂に包まれ、外から小鳥のさえずりが聞こえてくる。
少女は再度ベッドに上る。そして、膝立ちの状態で窓のほうに移動しカーテンを開けた。
「う~ん、いい天気。今日も一日頑張れそう――ん? なにこれ?」
少女は膝元に違和感を感じ、膝を載せていた枕に触れながら確認する。
(いつも目の当たるところが濡れてる? 私また泣いてたの?)
少女は顎に手を当てて考える素振りを見せる。
少女にとって、これは初めての経験ではなかった。最近こういったことがよくあるのだ。
だが枕を濡らすほどの悲しい経験が彼女には思い当たらない。
それでは悲しい夢や怖い夢でも見たのだろうか?
――いや、それこそありえない。
(うーん? 夢なんて一度も見たことないしな)
考え込む少女。
だが思考を中断させるかのようにドアの外から声が聞こえてくる。
「いつまで寝ているの? 早く起きてこないと朝ご飯が冷めちゃうわよ?」
ゆったりとした、それでいて聴きやすい女性の声である。優しさのようなものが強く感じられる。
(母さん? 早く起きないとって……目覚ましはかなり早めにセットしておいたんだから――)
少女はそう思い、先ほどは確認しなかったスマートフォンの時間表示を確認する。
時間は7:15。
(ほら、こんなに早い時間じゃない。"6:15"。まったく母さんは大げさなんだから)
「母さん‼ 今日は私、早起きできたんだよ。ちゃんと1時間45分前に起きられるようにさ」
少女はドアに向かってそう言った。外からはため息交じりの声が聞こえてくる。
「ちゃんと時計見た? 今何時?」
少女は首を傾げた。母親が何を言っているのか理解できない様子だ。
「何言ってるの? 今は6:15だよ。ほらちゃんとスマホに"なないちご"って――ん? 7:15? ……7:15!?」
「また早とちりしたの? いつも言っているでしょ? "レイ"はせっかちなんだから一度確認してからって――」
ドアの外から母親の小言が始まるが、少女の耳には一切入ってこない。
(1限目の数学の宿題やってないから誰かに教えてもらおうと思って早起きしたのに――どうしよう!? 全然手つけてないよ‼)
少女は想像する。自分が宿題をやらずに学校に行った場合、どういった目に遭うかを。
「――だからね、貴女もそろそろ淑女としての嗜みってものを――ん?」
部屋のドアがゆっくりと内側から開かれる。中からは少女が1人、何か本のようなものを胸に抱いて現れた。
その本には「数学1年生」と書かれていた。
「どうしたの? そんなに暗い顔して。早起きはできなかったけど遅刻する時間じゃ――」
そう言いかけた母親だったが、娘の様子が明らかにおかしいことに気づき戸惑った様子を見せた。
少女は涙を流し、嗚咽の声を漏らし始めた。
「えっ!? ちょ、ちょっとなんで泣いてるの? 具合が悪いの? それとも何か悩み事でも――」
「怒られる――」
「えっ? なにが怒られるの?」
母親は心配そうに少女の次の言葉を待つ。
「数学の先生に怒られるぅ…数学の宿題終わってなくて――母さん、助けてぇ…」
呆気にとられると共に大きなため息をつく母親。
「……学校に行く途中で謝罪の言葉でも考えておきなさい」
「そんなぁ……殺生な。もう今月で3回目だからすごく怒られるんだよぉ……」
そう言いながら、跪き頭を垂れる少女。再度大きなため息をつきながら、こめかみを押さえる母親。
これが、天照寺 レイ。 中学1年生の日常であった。




