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ヘタレ伯爵と戦乙女  作者: アストロ
と松葉杖の少年王
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九通目 陛下の悪夢

「いくらリックの頼みでも無理」


短時間で書類を捌く幼き国王陛下は、にべもなく言いきった。


「リックの活動は確かに良いものだ。リックを支援することで追従する貴族も現れるだろう。でもね、僕は王としての責任がある。僕の一言は国民の一生を左右する。一度決めたことを軽々しく翻すことはできない」


こいつは旧知の仲でも特別扱いするような人間ではない。誰より権力者としての自覚があり、誰でも平等に扱う。うちの陛下はやはり素晴らしいと称賛する一方で、大変参った。


「そこを何とか」

「僕に言ったって無理なものは無理。教会へ談判しに行ってよ。予算の大枠は決まっているんだ。向こうが予定経費を減らせば、浮いたお金をリックの事業に回すことが出来ると思う」

「ええ、教会に!?」


周知の通り、魔法使いと教会の相性はラッキーアイテムも匙を投げるくらい最悪だ。


「国教会のトップは話のわかる人だよ。慈善事業に理解もあるし、言葉を尽くせば……」


ライオネルは急に手を止め、顔をしかめた。


「どうした?」

「んー、ベアトリクスから今度の舞踏会でつける宝石を買いたいから、予算を増やして欲しいって要望が来ているんだけどね」

「はぁ!?ランクの王女並の予算が既についているんだろ?」


敗戦国の王女にしてみたら破格の待遇のはずだ。


「無駄遣いしているわけじゃないんだよ。殆ど教会に寄進しているらしくて」

「国教会でなくて自国の、だろ」


自国の教会に葬られている父の供養のためと言う名目は同情出来るが。


「それで自分の使う分が無くなったなら自業自得だろうが。ライオネル、気にすることはない。無視しろ」


こっちは必死に遣り繰りしていると言うのに。


「そうだね、そうなんだけど。敵国に連れて来られて嫌な思いも一杯しているだろう。せめて不自由のないようにしてあげたいんだ。幸い僕の予算は若干余裕があるし、それを流用すれば……」


浮かない顔で頭を悩ませているライオネル。親しい人間にも容赦ない国王だが、あの女だけには甘い。


「それじゃその宝石、お前からのプレゼントにしたらどうだ」

「そうか! それは素晴らしい考えだね」


憂いが晴れ、うきうきと走る羽根ペンを見て、名状し難い思いが込み上げてきた。

確かに彼女は、俺から見ても魅力的な女だ。でも、それだけ。ライオネルの惜しみない愛情が報われたことは、一度もない。


「なあお前、あの女のどこが良いんだ?」

「なあに、突然」


たまらず問うと、少年は照れたように微笑む。


「美しくて賢くて文句のつけようがない、僕には過ぎた人だよ」


違う。それは、恋じゃない。俺の中に燻る何かが明確に否定する。相手に不満がないのは恋ではない。恋をすればどんな欠点も愛しく見えるものだ。

だがライオネルには恋する自由がない。だから俺は唇を噛み、言葉を閉ざした。


「ご来客中に失礼致します」


ビルとか言う若い侍従が顔を出す。


「陛下、ケント大主教がお目通り願えないかと申しております」

「クリストファーが? 丁度良かった、通してくれる?」

「かしこまりました」

「え? 今から大主教来るの?」


無意識に執務机の影に身を隠していた。


「ぷっ、リック恐いの?」

「当たり前だろ、天敵の親玉だぞ!?」


身を縮めるのは、火炙りされてきた魔法使いとしての条件反射である。


「でも予算の使い道を決めるのは彼だよ。リックの領に回してもらえるように頼めば良いじゃないか」


足音が近付いてくる。ふと、屋敷で肩を寄せる妖精たちが、白い目で見られる仲間の魔法使いが頭を過る。

そうだ、ここで逃げるわけにはいかない。虐げられてきたあいつらのためにも一矢報いてやらねば。

立ち上がると同時に扉が開く。


「陛下、ご機嫌麗しく」


聖書に立ち返った新興の救世主教を推奨している人物らしく衣服は質素なモノトーンだが、俗世から離れた威厳……と言うよりガン付けるならず者のような眼力に圧倒された。ササナ諸国連邦の王は、同時にササナ国教会首長、別名宗教の擁護者である。普通、救世主教のトップはイォドールの教皇なのだが、わが国だけ何故こんなややこしいことになっているか。

簡単に言うと、ライオネルの父親が無類の女好きで、「今の女に飽きたから、離婚して新しい女と再婚するぜ」と宣言したら「待てい!救世主教は再婚禁止じゃ」と教会が大反発し、最終的に「ええい、俺の結婚に口出すんじゃねぇ!」と王が怒り、「教皇なんか知るか!俺が天下じゃ!」と国王至上法を発布したことによる。

理由は無茶苦茶で、当然彼は破門されたが、その結果教会の勢力を削ぐことができたのだから、コインの裏表のように物事には良い面と悪い面があるのだろう。こうして国王は権限を得たが、多忙なため、その実質的な職務を行うのは代理となるケント大主教だ。ササナ国における最高聖職者であり、臣下としても宮廷席次第一位の地位を持っている。


「御来客中と伺いましたが、予算の使い道のことで修正があり失礼しました」

「構わないよ。君に紹介したい人がいるんだ」


俺は息を深く吸って震えを堪え、手を差し出す。


「ハーネット伯、ローデリックだ」

「魔術師伯爵ですね、存じております」

「信心深い方ではないはずだが、ケント大主教に名前を知られているとは僥倖だ」

「実は魔女狩り候補者として度々名前が挙がっております」


幼馴染に生命を脅かされたり、部下に毛根を脅かされたりしているが、初対面で脅迫されたのは人生初の経験である。


「そこで陛下、一般市民に対する教育振興費のことですが……」


貝の如く黙った(黙らせた)俺を通り越し、大主教はライオネルに話を振る。


「待て、それについては俺も話がある。自領で孤児たちを教育し職業訓練を受けさせたいと考えているが、資金が足りず事業を行うことができない。悪いがそちらの予算を減額し、こちらに流用していただけないだろうか?」

「それは無理です。あなたの事業は感心すべきものですが、こちらも予算の範囲内で事業を組んでいますから」


まあ、そう簡単OKが出るとは俺も思っちゃいないが。


「陛下、予算枠の細目のことですが、授業で使う筆記用具など消耗品は寄付で賄えそうなので、施設の修繕費の方に回してほしいのですが」

「施設費の修繕費?」


似たような話を思い出し、不信感が首をもたげる。


「あんたも教会を建設することが神のため、魂の救済とか言う口か?」

「私も?……ああ、そう言えば貴方はユリウス領の領主でしたね」


大主教が納得したように頷く。


「ユリウス領の司祭は教会の資産を私用に使っていたことが発覚し、解任が決まっています。現在、金策に走っているようですが、使い込んだ金を誤魔化すための悪あがきでしょう。ご迷惑をおかけしました」

「え? そうなのか?」


初耳だ。それなりに驚いたが、主教の太鼓っ腹を思い出して納得した。


「金を使い込むなんて、聖職者のくせに随分俗っぽいな。あんたら神に仕えるんじゃねぇの?」


聖職者に対す嫌悪感もあり、ついつい減らず口を叩いてしまった。


「何を言っているんですか。神なんかいるわけありません」

「……」

「……」

「……へ?」


素で間の抜けた声を上げる。


「あなたいるとでも思っているんですか? 魔術師のくせに」

「いや、俺は別に積極的に信じているわけでは……って、たんま。あんたササナ国教会のトップ、宗教の擁護者だろ!?」

「クリストファーは凄いんだよ。古帝国語もペラペラだし、知識も豊富だし」


ライオネルはにこやかに褒めるが。


「幾ら物知りでも、信仰が無ければ魔法すら起きねぇよ!!」


良いこと言った自分。じゃなくて。


「何で一番信じるべき人間が信じてねぇんだよ!?」


対する大主教は平静そのもの。


「別に信じている人間が大主教にならなければいけないと言う法も無いでしょう? 元になる権限も任命権も国王にある。国王に都合の良い人間が教会を束ねるのです」

「それはそうかもしれないけれども! お前のあり方は宗教のトップとして根本的に間違っている!」


思わず指を差したけど、きっと俺、間違ってない。


「何故私が宗教を長をやっているか? 簡単です。金が儲かるからです」

「……」

「宗教団体は税金の面でも優遇され、大した元手が無くてもビジネスになります。そこら辺の民芸品を神の加護があるとか言って売りさばき、ありもしない死後の世界を保障して免罪符をばら撒き、居たか居ないかわからない狂人の作り話を勿体ぶってしゃべっておけば寄付金が入って来るのです」


どうしよう、頭痛がする。方々に怒られる台詞だ。この男、アウトだ。何がアウトかって何もかもがアウトだ。


「あんた、実は大主教じゃなくて詐欺師だろ」

「確かに私は神と言うものを信じていないのに神を説くからペテンと変わりありませんが、そもそも宗教自体が嘘くさいものです。要するに嘘か真実かは、その妄言を自分が信じているかどうかでしょう?」


なんてことだ。この人言い切っちゃった。


「金を儲けるなら他にも方法があるだろう? 宗教じゃなくて」

「あなたは宗教に悪い偏見を抱いているようでしょうが、良い面もあるのです」


神をぼろくそに言ったその口で宗教を擁護する。


「神とは、人間が発明した色眼鏡です。支配者に奪われ、兵に脅かされ、隣人に騙され、親を喪い、妻が犯され、子を捨てる。そんなどうしよもない現実を直視できず、我々は幻想に頼るのでしょう。裕福な者や権力者を妬み、自分の不幸の原因であるあいつらは死後碌な目に遭わないと気を休めるために、或いは誰にでも訪れる死への不安を和らげるために、宗教は生み出されたのかもしれません。そうして宗教は、いつしか力を増しました。年齢も思想もバラバラな人々をまとめるのは? 明日の食べ物も欠く人々に秩序を守らせるのは?大切な人を失った悲しみを和らげるのは? 宗教です、宗教です、宗教なのです!

だから私は信じてもいない神を掲げ、寄付金をかき集めているのです」


同調も反論も見失う。唖然とはこう言うことを言うのだろうか。


「クリストファーはね、集めたお金で福祉事業を行っているんだ」


口の甲で笑いを堪えるライオネルが補足する。


「先程の宗教の良い面に一つ付け加えると、宗教には所得の再配分機能がある。今の経済の仕組みでは富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる。そこで富裕層から過剰な富を集め、慈善として貧しい者に恩恵を与える。今の国家制度では貧しい者に十分な保障や厚生があるとは言えない。そこで宗教のネットワークと知名度、財を借りているんだ」


ライオネルとの細かい打ち合わせの後、大主教退室していった。

俺は近くの椅子に崩れ落ちた。何だろう、この疲労感。立て続けにとんでもない人物に遭遇し、俺の測定機が振り切れた感じだ。


「四六時中計算し続ける財務大臣に、神を信じない大主教。お前の部下は変わっているな」

「君の友人には負けるよ」


まるで否定出来ない。認めたくないがとても良い勝負だ。

逆に癖のある部下に慣れているから、メディシーナやテオドールを受け入れられたのだろう。

さて、いつまでも国王の執務室にたむろしているわけにもいかないだろう。俺は黒革の鞄を開け、中身を探る。


「何しているの?」


訝しげなライオネルにティーパックを手渡した。


「寝不足だろ。リラックス効果のあるハーブティー。お湯注いで三分な」

「……リックには敵わないや」


少年はペンを握る手を止め、隈のある頬を覆う。

俺は馬鹿だ。何故気付かなかったのか。十四の子供が、身近な人間に命を狙われていると知って平気でいられるわけないじゃないか。


「夢を、見るんだ」


声変わり前の声は怯えを内包している。


「宮殿の天井まで血で染まり、床に首無しの死体が転がっている。兄上たちの死体だ。

僕はその場に崩れて泣きわめきたい。何もかも忘れて叫びたい。だけど杖をついて、平気な顔して歩くんだ。だって貴族たちが見ている。兄上たちを唆し、殺した連中が。だから隙は作らない。弱味は見せない。恐れることすら許されない。王位失格だと思われたその瞬間に消される」

「お前が失格なはずないじゃないか。こんなに民のためを思って、こんなに頑張って……」

「リック、僕が努力するのは、そういうポーズをとらないと切り捨てられるからだ。それくらいわかってる。

本当は知っているんだ、必要とされてないって。びっこを王につけたのは偶々生き残ったからで。子供を王につけたのは御しやすいからで。僕個人が選ばれたわけじゃない。どんなに努力しても絶対に認められてない。父は僕に声をかけたことなかった。母さえ望みを持ってなかった。足が動かないから兵士として戦に出ることもできないし、勉学は及第点だけど、頭の回る五男なんていらないよね。期待に応えようと必死になっているくせに、結局誰も期待してないんだ。滑稽過ぎるだろ?」


笑う、嗤う。自身を嘲るように。


「僕はきっと君が思っているより強くない。ホントは卑屈で矮小でどうしよもない人間なんだ。どう? 失望した?」

「失望なんかするか」


俺はライオネルの足元に跪き、手を取った。


国王陛下サ・マジェスティ俺が陛下と呼ぶのはたった一人。ライオネルだけだ」


まだこんなに小さな手なのに。誰が王としての責務を背負わせたんだろう。


「恐がればいい。お前はまだ子供なんだ。大人だってお化けを恐がる野郎がいるんだぜ」


触れている指が小刻みに震え始めた。


「恐い、恐いよリック。僕はいつか兄たちのように暗殺されるんだろうか。それともカレドニア国王のように断頭台へ送られるんだろうか」

「させない。この命に代えても俺が護る」

「違う、それじゃ駄目だ。犠牲になって欲しいわけじゃない」


チェスでは、最終的に王が盤上に立っていれば良い。

俺はただの駒だ。ライオネルのためなら切り捨てられたって構わない。その覚悟がある。けれどこの王は誰かを切り捨てるのを良しとしない。自分が危機に晒されても、尚。


「お優しい陛下、俺のことは心配するな。何しろ魔術師何だぜ? 殺しても死なないって」


はったりでも嘘でも、それで笑顔が守れるんなら幾らでもついてやる。


「何故だ? 何故お前はそこまで僕に尽くす?」


指の間から、じっと窺う眼差しには疑いが見え隠れする。


「お前が言ってくれたんだ、兄さん、と。知っているか?兄弟の縁はどんなに嫌でも切れないんだ。俺はライオネルの兄だ。兄が弟を護るのは当然だろ?」

「当然なんかじゃない。……少なくとも僕の兄たちは違った」


彼の兄は彼を幽閉し、その命を狙った。赤の他人の俺の言葉を素直に受け入れられないのは当然のことだ。俺だって友人を信じきれないのだから。そんな俺が、信じてもらえず傷つくのは間違っていると思うけど。


「へぇ。こんな可愛い弟を見捨てるなんて、全く酷い兄貴だな」


言葉を重ねる。信じてくれなくて良い。嘘だ、自分への気休めだ。届かない言葉は、なんて悲しい。それでも、言葉を重ねる。いつか届くように。


「俺だけは見捨てない。裏切らない。最後までライオネルの味方でいる」

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