第4話
結婚の儀が始まり、はや7日が過ぎる。
候補者の3割以上が挑戦し、その全てが失敗に終わっている。
一週目は全て断るのが決まりごととはいえ、余りにも早い拒絶、断る言葉も簡潔に過ぎるとなれば誰もが常とは違う異常事態であることを理解していた。
舞台は結婚の儀の行われる大広間から移り、同じ王城にある、とある場所から話は始まる。
「第4話 あなたはだあれ?」
――ルカ王国 王城 会議室
長い長方形をした形の重厚な机の周りを様々な男性・女性が取り囲むように席についている。
誰も彼もが折り目のついた服、整えられた髪や髭を持つ身なりの良い者達ばかりである。
敢えて言えば、長方形の片方の長辺にはレースや宝石をあしらった服装をした者が多く、その反対側には紋様の刺繍や金属で飾り立てられた服を着るものが多く座っていた。
ここはルカ王国会議室。
クーデターにおいて主たる活躍をしたもの、それを導いた者、貴族・軍人の主要人物たちが一同に会していた。
「さて、本日皆に集まってもらったのは他でもない。結婚の儀についてのことだ。」
口火を切ったのは貴族派の巨頭、フィリア=クランプの父にしてクランプ家党首、ゴート=クランプ公爵。
「常とは違う様相を呈している。というのは耳にしているがそれについてか?」
それに応えるは一将軍ながら軍部のトップとして見られているセシリア=ベルンガストの父、レオン=ベルンガスト。
「うむ、どうにもおかしなことになっているようだ。ここにいる者は把握している者が殆どであろうが、皆に伝えねばならんことがある。」
そういうと、ゴートは一旦言葉を切り、恐るべき事実を告げるかのように口を開く。
「今回の王配は、ルカ王国の人間ではない可能性が高い。」
その言葉は会議室にまるで染み込むように広がっていく。
数拍の静寂の後、何を言われたのかそれを理解するに至ると爆発的に驚愕の声が広がっていった。
会議室は騒然とし、ほぼ全員が隣の席の者、近くの席の者と何かを確認しあうかのように話し始めた。
ざわめきは収まらず、互いの情報を確認しあい、どうにか否定しようと話す声が続く。
「静まれ。静まらんか!」
そんな中、レオンはまずは発言の真意を聞くのが先と、騒ぐ者たちを諌める。
「そう言い切る根拠はあるのだろうな?クランプ公爵。」
誤魔化すことは許さぬと、殺意すら込めてレオンはゴートへと詰問する。
「無論だとも。こんなことは言いたくなかったし、外れていて欲しいとすら思っておる。」
ゴートは眉根を寄せ、今回の結論に至った経緯を説明し始める。
「結婚の儀が始まり7日が過ぎた。ここにいる様な者達であれば誰が王配なのか。それを調べるために手の者を動かしていただろう。私もそうだ。」
当然のことだと言わんばかりに告げる言葉を否定するものは誰もいない。
王配が他者にそれを教えるのは違反とされるが、王配以外が王配が誰かと調べる分には禁止されてはいなかった。
故に、王配が誰かを調べ上げ、自分の派閥のTOPが有利なように、自分の家の者が女王となるように動くのはこれまでの常であった。
「言うまでもないな。表立って禁止されていない以上、咎められる言われもない。」
レオンはそれがどうしたと言わんばかりにゴートに応える。
「ならば、尋ねよう。誰か王配についての情報を得たものはいるかね?」
その言葉にお前は知っているかと互いが視線を送りあう。
しかし、それに反応するものも、あやしげな素振りをするものもいない。
「そう、誰も知らないのだ。なぜだ?ここにいる者達が揃うなら、ルカ王国の領土の全てを把握できているというのに。」
ゴートは会議室の皆に訴えかけるように言葉を重ねる。
「現に、全ての街、村、集落に至るまで、そこに王配候補は確認できず。と報告を受けている。ならばルカ王国に私達に確認できない範囲があるということか?それともわざわざ全ての役人や街人が隠し立てしているということか?」
その言葉にレオンは怪訝な顔をする。
「待て、確かに全ての町で確認できず。との報告は上がっている。だが、それだけで他国の人間であるとするのは些か乱暴ではないか?」
お前の言葉は暴論だと、レオンはゴートに告げる。
「無論、他にも理由はあるとも。
まず、結婚の儀のルールを知らない。
老若男女、赤子から戸籍を持たぬ者まで、この国に住む者ならそれを知らぬ者はいないはずのルールをだ。
そして何よりゲートに魔力が流れ込んでいる。
これは立会人に確認したことだが、魔力は濃い場所から薄い場所へ移動する性質を持つ。
ゲートの先がこの国であれば、その濃淡が違うことはない。
よしんばあったとしても急激に流れ込むようなことはしない。
それが、かなりの勢いでゲートへと流れているとのことだ。」
言葉の一つ一つを理解するたびに、参加者の顔にはまさかという驚愕と、もしやという疑念が広がっていく。
「そうだ。あくまでもこの国の人であるというのなら悪意を持ってルールを無視する慮外者ということになり、下手をすれば森の民や、あの穴倉に住むケダモノどもということになる。それならば、まだ他国のものであると言い切ってしまう方がましだ。」
それだけは外れてくれと、口にもしたくないと吐き出すゴート。
その言葉で理解したのかレオンはゴートに賛同する。
「確かに。そやつらだとしても、そうすると魔力が流れ込むという現象に説明がつかぬか。奴らの住処もこの国である以上、魔力の濃さは同じものだ。」
レオンの言葉で殆どの者が得心がいったのか、皆が落ち着きを取り戻していく。
「他国のものであると仮定して動けば問題にはなるまい。元々王配に与えられる権限は多くない。それを更に狭めるように最初から用意しておけばよいだけだ。」
レオンはこれで問題は起こるまいと先の行動を提案する。
ゴートも初めから話をそう持っていくつもりだったのか、
「うむ。あとはどちらが制限した王配の権能を持つか、だが。」
その言葉が発せられたあと、会議室に張り詰めた空気が満ちる。
貴族派が、軍部が、互いに互いを牽制し合い自分達こそがそれを持つに相応しい喧々囂々と激論を交わす。
クーデターにおけるセシリアとフィリアの仲違いは、普段は表立たないものの確実に貴族と軍部の間に溝を生み出していた。
しかし、そんな子飼いや部下を尻目に。
「貴族派の子女が女王になれば軍部が、軍部の子女が女王になれば貴族派が権能を持つ。でよいな。」
ゴートがそう提案するに、
「ああ、平民が女王となった時は、執政官・宰相を貴族派が、王配の権能は軍部が持つ。だな。」
事前に決まりきっていると言わんばかりに何の議論もなく、両派の首魁は同意を交わす。
それを聞いた出席者達は気勢を削がれ、どういうことかと自らの主を仰ぎ見た。
「いい加減にしろ。というのも、原因が自分の娘だけに図々しいが、な。」
そう言葉を放つレオンに続き、
「娘達も既に織り込み済みであるが、貴族と軍部が対立することはこの国の未来にとって何の益にもならん。故に、此度の女王の選定を機にその仲違いをおさめることにしたのだ。」
ゴートが発言の真意を告げる。
「クランプの娘が女王になれば、クランプの系譜からベルンガストへと嫁が入り」
「ベルンガストの娘が女王になれば、ベルンガストの系譜からクランプへと嫁が送られる。
無論、女王がそれ以外の家であれば両家が互いに嫁を送ることにしておる。」
レオンとゴートが続けて宣言すると、会議室は先ほどまでとは違う騒々しさを取り戻していった。
主が矛を収めるというのであれば否はない。
元々が両主家に義理立てての仲違いなのだ。
それが収まると言うのであれば、経済的にも防衛的にも手を組んだ方が旨みがある。
早速、女王確定後のそれぞれの領地経営に向けての話し合いが始まっていった。
「常ならば約1ヶ月とはいえ、早く決まって欲しいものだ。いや、ルールを知らぬのであれば今日明日にでも王配が決まる可能性もあるか。」
想いを馳せるレオンに対し、
「他国の者だというのであれば、結婚の儀のルールを知らせた方がよいのではないか?そうでなくば自身に何が起こっているのかも把握できぬだろう。」
自分達にとっては当たり前であるがゆえに、何が起こっているかわかっていない可能性を考え、ゴートは提案する。
「ふむ、確かに必要であろうが、それでは今まで失敗した者と差になってしまう。それもとても大きな、な。まずは挑戦が一周するまではこのままで、その間に決まればそれも良しとした方がよいのではないか。」
あくまでも公平に、公正にことを運ぶべきだとレオンは主張する。
「で、あるな。では、そのように運ぶとしよう。――それでは、本日の議題は以上である。各々、国家に仕える臣であることを忘れず、精勤せよ。以上、解散!」
今後の動きを決め、それぞれが己のなすことをするために行動を開始する。
ある者は王配を確保するために国外へと情報の手を伸ばし、
ある者は女王確定後の地位を求めはたらきかける。
自らの権力を求める者が多いとはいえ、全員が国の未来を良くするために行動する点は共通していた。
それから、10日後、候補者が一周するまで3日と迫ったとき、ゲートの向こうかやって来たものが、ルカ王国に激震をもたらすことになる。




