第3話
「第3話 ライトな・・・ハーレムもの?あるといいね。」
「全く、いつものことながら胸が悪くなる光景だったな。」
燭台に灯された灯りが部屋を照らす。
天蓋のついた瀟洒な寝台。
華美ではないもののその刻まれた紋様からかなりの手間がかかっているであろう調度品。
中でも目を惹くのは寝台の枕元に備え付けられた一本の短刀。
結婚の儀一日目の終了後、セシリアは王都にある別宅の自室で一人呟いていた。
結婚の儀が行われるとき、必ず毎回こうして死者が出ていた。
つまりはその家族や一族が死んでいるということであった。
国にとって最も大事な場を汚したことを罰する意図もあるが、少なくとも代表者として選出される程度の影響力を持つ家が規則に逆らう可能性を持つ。
それを事前に防ぐことで国を安定させる。それこそが厳罰の主目的であった。
長きに渡り安定していた国では、国を乱す反乱分子になりうる存在を恐れている。
こと、今は軍と貴族により起きたクーデターで国が生まれ変わらんとするときである。
安定を望むと言う側面はあるが、最たる要因は別のことであった。
自分達の反乱が成功した以上、次にクーデターを起こされ死ぬのは自分達かもしれない。
クーデターに参加していなかった者も、していた者も、実際にクーデター成功してしまったことでそんな恐怖を抱くようになっていた。
そしてその恐怖が普段であれば叱責程度で済んでいたような行いでも厳しく罰する現状を生み出していた。
「反乱されるような政治はしない。それは甘い理想論なのだろうか・・・。」
苛政を憎み、状況に強いられたとはいえクーデターに参加したセシリアは、命を奪ってまで得た平和である以上、守らなければならないという思いを強く抱いていた。
だからこそ、厳罰をもってあたるということに反対こそしない。
しかしそれでも儀式の失敗にうろたえただけで命まで奪われるという裁きには疑念を持つ。
自分が女王に選ばれる気などしていないセシリアは、とにかくまずは儀式が早く終わること、そしてその治世に尽力することを決意し、重くなってしまった気を戻すのであった。
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「ああ!フィリア様!フィリア様!フィリア様!」
そこは平民達から選出された代表者たちの宿泊施設の一室。
部屋の中ではマリーが興奮冷めやらぬといった様相で声を張り上げていた。
「お茶会には何を着ていけばいいかしら!今の服?だめよ!お屋敷の使用人にすら見てもらえないわ!ああ!どうすればいいのかしら!折角フィリア様にまたの機会に二人きりでゆっくり話しましょうと言ってもらえたのに!折角フィリア様とお会いできるのに!こんな服じゃあ一緒にいるフィリア様まで笑われてしまうわ!折角ドニーが譲ってくれたのに!折角やっとの思いでここまでこれたのに!フィリア様!フィリア様!フィリア様!何て素敵な名前かしら!マリーなんてどこにでもいる名前じゃなくて特別な名前!大貴族に生まれ輝くことを約束されたお方!ああ!ああ!今からでもいいのかしら!またの機会といってくださったんですもの!いつでもいいわよね!ああ、でも駄目よ!こんな夜にはもうお休みのはずですもの!夢の中で私とお話ししているはずですもの!夢の中の私には妬けるけど、実際にお会いできれば夢の中の私なんて忘れてきっと楽しんでいただけるわ!だってフィリア様ですもの!」
くるくると、クルクルと、狂狂と、部屋の中を縦横無尽に何かに憑かれているかのように回りながらマリーは歌う。
「ああ、でも。」
ぴたり。
その動きを止めたマリーは天を仰ぎ、そこにある何かを憎むかのように吐き出す。
「折角フィリア様が心苦しいのを押し殺して、儀式に備えるために私とのお話しを惜しみながらやめたのに。あいつらがそんなフィリア様に寄って集ってお邪魔をするだなんて。」
言葉はあくまでも明るい調子で話すものの、その口調は、何よりその目は親の仇を目の前にした時のように燃え盛り、復讐を誓う時のようにドロドロとコールタールのように深く濁っていた。
ぶつぶつと、ブツブツと、沸沸と。
最初は言葉にもならない呟きは少しずつ音になり、言葉になり、やがてその音も止まる。
「そうだわ!そうしましょう!うふふふ、きっとフィリア様にも喜んでもらえるわ!ええ、きっと!きっと!うふふふふふふ、あはははははは――!」
童女のような笑い声は施設の灯が全て落ちるまで止まることはなかった。
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一刻も早い平穏を望む者、自分の欲望に正直な者、女王を夢見る者。
候補者達の様々な想いの交錯する一日目の夜が明け、二日目が始まる。
二日目の候補者達は不安を抱いていた。
一日目のように何の反応もないのか。
それとも受け入れてもらえるのか。
期待と不安、そして一日目に死者が出たことへの恐怖。
複雑な心境を抱くものが多い中、結婚の儀は始まる。
「沈黙の王配殿は今日も語らず、かな。」
セシリアは早く女王が決まってほしいと言う願いから皮肉るように独りごちる。
「セシリア様が挑まれるまでは沈黙を貫かれる方かもしれませぬな。」
セシリアの傍らに侍る取り巻きの一人がそう軽口をたたく。
「ふん、私たち軍人のようなボロボロの手を取る男がどこにいる。」
言葉こそ憤懣するかのような言葉だが、その口調はどこか皮肉気に繰言を楽しむかのようであった。
「セシリア様の魅力はそんなものではございませぬ!その心、その振る舞い、その在り方を知ればどんな王配候補といえど迷いもしないでしょう!」
セシリアが繰言とはいえ自分を卑下するような発言をしたことに、取り巻きは気色ばんでそれを否定する。
「そう熱くなるな。声と手だけでどう人柄を判断しろというのだ。その二つだけでそこまで把握するような王配など気色悪いだろう。私は御免だぞ。」
慕われていることは悪い気はしないのか、冗談の通じないやつめとセシリアは取り巻きに落ち着くようにそう語る。
「し、失礼致しました。」
自分が思っていたよりも熱くなっていたのか、取り巻きは冷静になると少し恥ずかしそうに縮こまった。
「いや、気にせぬさ。――それよりも、王配殿に動きがあったようだな。」
セシリアと取り巻きが見つめる先、壇上は昨日とは違う様相を呈していた。
壇上では、本日10人目の候補者が挑戦したところであった。
それまでは王配からの反応は何もなく、今日も全て沈黙による時間切れかと思われていた。
しかし、その10人目が挑戦をして10秒ほどだろうか。
王配へと繋がると見られている黒い穴(以降、ゲートと表記)から挑戦者の手が弾き出され、ゲートが閉じたのだ。10人目までは時間切れだったため、ゲートが閉じることなく挑戦者の手が締め出されるだけだったのだが、そのゲートが閉じたのだ。
つまり、王配がプロポーズを断ったということになる。
本当に王配に繋がっているのか、それを不安に思う者も少なくなくなっていたところでの出来事。
間違いなくゲートの向こうには王配がいる。それが判明したことで壇上とそれを見ていた候補者達は喜声を上げた。
断られたとはいえ、初めて王配に反応された候補者は他の候補者達から質問攻めにされていた。
王配の姿こそ見えないものの、その声を聞くことが出来るのは挑戦している者だけであり、どのような反応があったのかは本人にしかわからない。
そのため、どういう声だったのか、教養や知性を感じられたのか、どんな顔なのか、そんな分かるわけもないようなことまで聞かれているのだった。
そして、それを遠目に見ていたセシリアやフィリアもまた、ここからはつつがなく結婚の儀が進むことを予見し、それぞれの想いと誓いを新たにするのであった。
しかし、そんな候補者達の希望をよそに――
「な、なんなんですの一体!!」
一度王配が反応してからが凄まじかった。
候補者達が挑戦するそばから断られるようになったのだ。
遅くても10秒以内、下手をすれば手をゲートに差し込んだ瞬間に弾き出されるようになってしまっていた。
それにフィリアは憤慨していた。
「本来であれば断るにしてもプロポーズをされてから一分は待ってから相手を慮りつつ断るのがこの儀式でのマナー。それを、それを一体どこまで無視すれば気が済むんですの!?」
この国に住むものなら結婚の儀がどういうものかは皆が知っている。
小さな頃から童話として、教養として、掟として、様々な形で教え込まれるのだ。
それを完全に無視するかのような王配の振る舞いに、古今東西のマナーを修め、それを広めてきたフィリアは人一倍憤りを感じていた。
はじめこそ反応が返ってくることを喜んでいた候補者達も、万事が万事この調子になってしまってから段々と意気消沈しはじめていた。
貴族にしても平民にしても、皆年頃の少女達である。
この結婚の儀にある種の憧れを抱いているものが殆どなのだ。
神聖な儀式であると同時に、自分の生涯の連れ合いを決める。
これまでの人生で磨き上げた自分の魅力で女王に選ばれる。
その儀式を無下にされているのだ。
憤りを感じるものもいれば、そんなにも自分には魅力がないのかと落ち込む者、あの人でも駄目なのに自分なんてと諦観するものも出始めていた。
その日はそのまま即座に断られると言う状況が続き、二日目の儀式は終わりを告げる。
相手はマナーもわきまえぬ蛮人なのか。
そんな声も候補者達に囁かれ始め、まだ見ぬ王配に皆困惑と不安を覚えていた。
マリーの初期設定は、
パン屋の一人娘で、村一番の器量良し。
貴族やお姫様に憧れる天然娘。




