第2話
「第2話 タイトル詐欺は続くよどこまでも」
結婚の儀が始まる朝、プロポーズを行う女王候補達と、それを見に来た他の候補者達で城の大広間は埋め尽くされていた。
選定の書が置かれた壇上を北側に置き、軍部に関わる者はセシリアを中心に広間右側へ。
貴族派と呼ばれる者たちはフィリアを中心に広間左側へ集まり、どちらにも属さぬものは南にある入り口近くへと自然と分かれている。
一日に儀式に参加できる人数は50人まで。
それ以上は選定の書のエネルギーが足りなくなりゲートを開くことが出来なくなる。
それを考えればこの広間の人数は少なくとも数百人と、今日の儀式に関係のない者達が多く集まっていることがわかる。
慣例どおりであれば、儀式の一巡目はまずは全員がプロポーズを行うまで王配は受け入れないことが慣例であり、それは王国中に告知されてもいた。
また、王配は儀式の期間中は自ら王配であることを明かすことは許されないため、囲い込みなどもできなくされている。
それでも、一日目で王配がプロポーズを受け入れるのではないかという不安や期待もあり、多くの候補者達が大広間へと押しかけていた。
フィリアは取り巻きと共に王配はどんな人かなどを談笑しながら時を待ち、セシリアは黙して語らずただ儀式の始まりを待っていた。
そんな中を、どちらにも属していないグループの中から貴族派、軍部派それぞれのグループへと向かうものたちがチラホラと見て取れる。どちらにも属していないグループの中には、どちらにも属すことができていなかった者も少なからずいたためである。
貴族にしても軍部にしても本来であれば会うことすらできないような上の家の人間も、この場には集まっている。少しでもコネを繋ぎたいという者たちにとっては、自らが女王になるということ以上に、大きな意味を持つ機会。もちろんいきなり中心人物に突っ込み総スカンを食らうようなことは避けるため、グループの取り巻き立ちの中でも少しでも中心人物に近いところに立っている人へと繋がりをもてるように行動するのが常。そのため、中心であるセシリアとフィリア自身には話しかけるものはおらず、その取り巻き立ちが話しかけられているという光景が広がっていた。
「あの〜。」
しかし例外というのはどこにでもいるもので、
「あの!淑女の中の淑女、フィリア=クランプさんですよね!」
よく言えば無邪気、悪く言えば能天気に空気を読まずに声をかけてきたのは、背丈はフィリアと同じほどで茶色い髪の少女。服装や手、肌を見るに、軍人でも貴族でもなく各村々から1名ずつ選出される平民の代表者であることが見て取れた。
「ええ、私をそう呼ぶ方も居られますわね。――ところで、私の名前を知る貴女のお名前を伺ってもよろしいかしら?」
平民とはいえ代表者として来ている以上、フィリアにとっては対等なライバルである。
平民だから貴族のマナーややり方をしろというつもりもなく、彼女の矜持は理由なく他者を見下すことをよしとはしない。
かといって、周囲の非難するような視線から守るつもりもなかった。
「ご、ごめんなさい!私はマリーっていいます!リンド村のマリーです!」
少女は突然話しかけたことが失礼なことだとは気付いてはいるようで、申し訳なさそうにしながらもその瞳は憧れの人に会えたことで輝いていた。
「わ、私、ここにくれば有名な有名な方に会えるって幼馴染のドニーに言われて!それで、実際にこうして『淑女の中の淑女』といわれるフィリアさんに会えて!えっと――」
「ごめんなさい、そうして慕ってくれるのはとても光栄だけれども、私も貴女と同じ一候補者ですわ。そして、これから始まる儀式を心安らかに始めたいと思っていますの。ゆっくりとお話しするのはまたの機会に、ね。」
フィリアは話を打ち切るようにマリーの口上を遮り告げた。
実際に儀式はもう少しで始まろうとしており、一人に対してしっかりとした応対をしてしまえば、あわよくば近づこうとしているほかの者達の相手もしなければならなくなる。
それを嫌がり、フィリアは遠まわしに話はここまで、あまり調子に乗るな。と、貴族らしく口上を述べる。
「あ――。」
案の定、マリーとの話しを終わらせたものの、少なくとも話しかければ名前を聞いてもらえると勘違いをした者達がマリーを押し退けながら一斉にフィリア様、フィリア様と押しかける形となってしまった。
その状況に辟易としながら、フィリアは早く儀式が始まりこの場から開放されることを祈った。
「はい、楽しみにしております。フィリア様。」
フィリアを取り巻く周囲の輪から押し出されたマリーは誰に言うでもなく、熱に浮かされたように紅潮した顔で呟いた言葉は周囲の喧騒に埋もれ聞いた者はいなかった。
多くの貴族の子女を始めとした者たちに話しかけれらるフィリア、取り巻きたちが周囲を遮り儀式の始まりを粛々と待つセシリア。そして、数多くの候補者達。
思い思いに過ごしていたその広間に、涼やかな、それでいて強い鈴の音が鳴り響く。
鈴の音は広間北側、階段へと繋がる壇上から鳴り響き、そこには先ほどまで姿のなかった年を重ねた女性達と契約の書の姿があった。
広間は静寂に包まれ、その中を鈴の音と書を持った女性の声が響く。
「これより、結婚の儀を執り行う。名を呼ばれたものは前に、書に自らの名前を告げ儀式に挑戦するがよい。」
叫ぶわけでもなく、声を張り上げるわけでもない。しかしその声は広間の隅々にまで響いていた。
「この儀式を汚す者は許されず、一族郎党ことごとくにその責が及ぶものと心得よ。」
厳粛に、厳格に、始まりを告げる声は響き渡る。
「これより、儀式を始める!まずは、ラン街のジールン。前へ。」
その声に壇上を取り囲んでいた少女達の中から、一人が壇上へと上がる。
ジールンと呼ばれたその少女は、街の名前が呼ばれたことから貴族ではなく平民からの代表者であることがわかる。服装は決して豪華とはいえないものの、ポイントなる箇所にレースをあしらい、色を差し込んでいることから服装に気を使っていること、選出された街か実家のどちらかがそれなりに裕福であることがわかる。
ジールンと呼ばれた少女は書の前に立ち、名前を告げる。
「私はジールン!ラン街のジールンです!」
ジールンが自らの名前を告げると、ジールンの前にはジールンと同じくらいの大きさの真っ黒な穴と言うべきものが宙に浮く形で現れた。
そんなことが起こっても誰も不思議には思っておらず、ジールンもまるでうろたえる様子は無い。
誰一人として声ひとつ上げない中、ジールンは右肘までを覆っていた手袋を外すと、右手を穴の中に差し込んだ。穴の中に飲み込まれたジールンの手はどこにあるのだろうか。
穴自体に厚さはなく、しかし差し込まれた手は穴の中に消えてしまっている。
「…結婚してください。」
相手に好いてもらえるように、受け入れてもらえるように、強く想いを込めてジールンはプロポーズを行う。
儀式において許されたそのひと言を伝えるために、自分の出来うる限りを込めて。
プロポーズを行ってから、十秒だろうか、一分経っただろうか。
広間は重い空気に包まれ、誰もが固唾を呑んで見守っていた。
まるで一時間にも感じられた数分後。穴はジールンの手を吐き出した。
「な、なんで!?返事もされてないのに、何ではじき出されるの!?」
ジールンは酷く狼狽していた。それもそうだ、ジールンは自分にチャンスはもう来ないことを理解していた。
この儀式の一番手はまず受け入れられることはない。
それが、定説として言われていた。
そして一周目に告白を受け入れる人がいないとも。
それでもジールンはここに賭けるしかなかった。
自分が女王になるためには、この一週目に賭けるしかなかった。
自分の後には多くの者達がいる。
自分などが足元にも及ばないような美しさを持つもの。
視界にも入れてもらえないような家格を持った貴族。
国一番の財を持つもの。
そんな者達が続いてくるのだ。
比較をされたら勝てるわけがない。
そして、そんな彼女達はこの儀式のために、小さな頃からその声が国中に届くような環境にいた。
公式行事で、放送映像で、音声放送で、様々な機会で国民がその声を聞くことがあり、その声が名前を聞かずとも誰なのかが国民の殆どにわかるようになっていたのだ。
だからこそ、ジールンは一週目の一番手に賭けたのだ。
自分が女王になりたいように、王配も自分が王配になれるとわかったら即座に食いつくような人間である僅かな可能性に賭けて。
しかし、その思惑は外れた。
プロポーズを断られるでもなく、時間制限による失敗と言う結果で。
壇上で取り乱すジールン。自分はまだ断られていないと穴に縋りついていた。
そんなジールンに壇上の年経た女性達の中から一人近づく。
ジールンはその人に訴えかけるように懇願する。
「ねえ!まだ終わっていないわ!まだ断られていないもの!だから早くもう一度王配への扉を開いてよ!ね――」
その後の言葉は続かなかった。
儀式のために飾ったであろうドレスが色を変え、この日のために整えたのであろう髪は宙に舞う。
ジールンの美しさを引き立てるために添えられた化粧はただ一色へと染まっていく。
ジールンの服が、顔が、赤く、赤く染まっていった。
ジールンの表情はもう一度チャンスをと懇願する顔のまま、二度と変わることは無い。
ジールンの顔が首の上に乗ることはもう二度となくなってしまった。
――結婚の儀式を汚すものは許されない。
しかし、ジールンの血が周囲に飛び散ることはなく、地面を汚すこともない。
なぜか服を真紅に染めて、顔が血にまみれても、それ以上血が溢れることも飛び散ることも無かった。
ジールンの首を落とした女性はそのまま扉へと向かう。
誰もが道を開け、大広間の中心に入り口までの道が出来る。
女性はそのまま扉から出て行ってしまう。
どこへ行くのか、何をするのか。
その答えは最初に言われていた。
――この儀式を汚す者は許されず、一族郎党ことごとくにその責が及ぶものと心得よ。
その後、儀式は続き、無事に一日目を終える。
プロポーズを受け入れることも、拒否することもなく。
未だ一度たりとも扉の向こうから声が返ることはない。
ジールン初登場、そして退場。
ジールンはラン街という街で街長(市長みたいなもの)の家の次女にあたります。
恵まれない人や、職のない浮浪者たちへの支援なども積極的に参加しており、女王になって弱い人たちを救いたいという願いから代表者となることを決めました。
そんな彼女ですから、街の9割の人から好かれています。
彼女ならきっと良い女王になる。
女王じゃなくてもその側で働ければきっと良い国になる。
そう皆が期待する良い子でした。
どうしてこうなった・・・。




