134 美郷の里帰り
杏香の話を二人でしていた時、秀樹が実家に顔を出さないで良いのか訊いて来ました。まあ、折角白山市まで来ているのでちょっと顔を出してみようかな……
秀樹に呼ばれて、年末年始を白山市で過ごしています。私の実家が金沢市にあるので折角だからちょっとだけ顔を出そうと思います。
秀樹も一緒に来てくれるみたいだし……
「なあ、本当に手土産無しで良いのか?」
秀樹もそこを心配しています。まあ、何も言われる事は無いとは思うけど、以前名古屋名物のういろうを買っていったら、文句を言って食べてくれませんでしたから……
「そうだね…… 流石に手ぶらは失礼かな」
そう言って駅のお土産屋さんをぶらぶらしています。
「なあ、お酒はどうだ!」
確かに良いとは思うけど、おまえが飲みたいだけじゃ……
「それじゃ、お父さんだけのお土産になっちゃうでしょう」
「あっ、そうか……」
まあ、買って行っても一緒に飲める事は無いからね。
「あっ、あれは……」
和菓子を並べている陳列棚の隣のケースに金沢プリンなるものが……
「ねえ、これにしようか」
私が秀樹にそう言うと……
「うん、良いんじゃねえか」
だって! はあ、他人事だな……
「何個買うんだ」
「えっと、お父さん、お母さん、お兄ちゃんとその奥さん……」
「四個で足りるのか?」
そうだね、ちょっと多めが良いのかな……
「あと、お店のスタッフさんとかも入れて十個もあれば大丈夫かな」
そういう事で、金沢プリンをお土産にうちの実家へ行きました。
店舗の前まで来ましたけど、なんだか独特の雰囲気を感じます。いつもながら、この敷居をまたぐのも気が引けます。
「あっ、いらっしゃいませ」
しまった! スタッフの方に声を掛けられてしまいました。
「あっ、どうも……」
私もつい声を掛けてしまいました。すると、母がそれに気付いて……
「あら珍しい、美郷さんどうしたの?」
そう声を掛けられてしまいました。
「う、うん、ちょっと白山市まで来たから…… これ、お土産」
そう言って渡しますけど……
「あら、金沢プリンじゃない! 最近は、これ名古屋にも売ってるの?」
それは嫌味か……
「さあ、奥の方へ入りなさい」
「い、良いの……」
「何言ってるの、あなたのお家でしょう」
そう言ってもらいましたので、家の奥へと入って行きました。
「来るなら一言言ってくれれば良かったのに」
最初はそのつもりじゃなかったんだもん……
「う、うん、私もちょっと顔を出すだけのつもりだったから……」
そう言っておきましょう。
「レースのお仕事は、まだやってるの?」
「う、うん……」
「お母さん、美郷さんはチームディレクターをしてるんです」
秀樹は気が気じゃなかったんだろうと思います…… だから、母にそう言ってくれました。
「あら、川嶋君も一緒だったのね?」
「えっと、一年前までは……」
「……? そう……」
母は、一緒に来たのねと言いたかったんだと思います。
ハハ、私も秀樹もちょっと警戒し過ぎたかな……
「川嶋君はレースをやめたの?」
まあ、一年前までとか言うからそうなるのよね……
「いえ、去年からヨーロッパを拠点にやっています」
「あら、それってF1って事?」
母の口からF1というワードが出るとは?
「いえ、その下部組織のF2というカテゴリーに属しています」
「ふーん、そうなのね…… それで、あなたのチームもF2なの?」
母からそう訊かれた時、父が……
「母さん、美郷は全日本のフォーミュラなんちゃらとかいうチームだよ」
父は、まだ反対してるんだよね……
「スーパーフォーミュラなんだけど……」
「まあ、そういうのも良いが、おまえもいい加減いい歳だろう、そろそろ結婚とか考えないのか?」
まったく、人の顔を見たら結婚とか…… 私だって、ここ数年のうちにとは思っているわよ!
「お父さん、今すぐには無理ですけど、ここ数年のうちには…… その、そのつもりですので……」
秀樹にそんな事を言われてしまいました。嘘! 嬉しい……
「川嶋君、何故今じゃ無いんだ」
「ここ数年のうちにF2からF1へステップアップするつもりです。その時に一緒に来て欲しいと思っています」
それって、本気なの? 父を安心させる為に言った嘘なの?
「川嶋君、信じて良いのかな」
「はい、今日はそのつもりで来ましたので」
えっと、言い切ったけど大丈夫?
「そうか、なら三年以内に返事をもらえるか!」
えっ、そんな約束は……
「お父さん、変な事言わないで……」
「おまえは黙っていなさい」
もう、父はすぐにそんな事を……
「お父さん、これは私と秀樹さんの事なの、黙ってはいられないわ!」
私はそう言いましたけど、秀樹がそれを制しました。
「お父さん、三年以内に美郷さんとの事、お願いに来ます」
秀樹はそう言い切ってしまいました。まあ、こいつは最初からそのつもりだったんだろうけど、私にはまだやる事が……
「解った! 川嶋君楽しみにしてるからな」
そう言って、父は店の方へ戻って行きました。
「美郷さん、良かったわね」
母はなんだか嬉しそうですけど…… 私はちょっと複雑です。
なんだかとんでもない事に…… たた、顔を出しに来ただけなのに、あいつが余計な事をいうから…… でも、ちょっと嬉しかったかな。




