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第5話 初出社


 家に帰り食事をしたがあまり喉を通らなかった。その後風呂に入り就寝時刻となる。

 ゆっくりと眠れるのは今日だけだと人形達に言われた事を思い出しながら、せめて夢の中では平和に過ごそうと眠りにつこうとするのだが、



「ほわぁああ!! 今日こそ決着じゃぁ、クソガキィィイ!!」


「なめんじゃないわよぉおお!! クソババア!」



 激しくバトルする音が聞こえてきた。

 それはもうドッタンバッタンと。

 隣や下の階に人がいれば確実にご近所トラブルになるだろうというレベルだ。



「その粗末な眼球引き抜いてくれるわぁああ!!」


「その気取った着物ボロ雑巾にしてやるわぁああ!!」


キンキンキュインカキュイン!!


 金属を叩きあう音が聞こえてくる。

 うるさくて眠れない。

 明日初出社なんですが?


「このっ、このぉ!」


「いい加減くたばりなさいよぉおお」


 このままじゃ完全に寝不足の状態のまま出社しなくてはいけなくなる。

 というか、明日が命日なのかもしれないというのに仕事の心配とか……。

 社畜根性なのか現実逃避しているだけなのかわからんな。


「ふわふわのドレスなど着おって! このフランスかぶれがぁああ!!」


「フランス出身なんだからしょうがないでしょ! 悔しいなら顔から作り直されなさいよボロ人形!」


「なんじゃと! ワシがいつ悔しいとい言った!」


「態度がそう言ってるのよ!! だいたい顔が気持ち悪いのよ。何そのいかにも人を呪い殺すために生まれてきましたって面は!」


「おぬしだって人のこと言えんだろうにぃ!」


「なんですって!? あんたにだけは言われたくないわぁあああ」


 うるさい。とてつもなーーくうるさい。イライラする。

 命を狙われている立場ではあるが、怒りで爆発してしまいそうだ。


「粗大ごみにしてらるわぁあああ!!!」


「可燃ごみにしてやるぅぅぅぅうう!!」





 プチン。



 ついに俺の中の何かが切れた。




「うるせぇなぁあああああああ!!!!! 最期の夜とかぬかすなら、せめて安眠ぐらいさせてはくれませんかねぇ!!!」







「「ひゃう!?」」



 俺が壁を強く叩きながらそう言うと、人形達は争うのを止める。



「いやでも決着を……」


 と、日本人形の方が言い訳をするように言うので、


「俺を自分の手で殺したいんだろ!? 寝不足で交通事故とか狙ってるわけ?」


「いや、そんなことは……」


 日本人形は俺が急に怒ったからか、急激に勢いを無くし始める。



「ちょっとあなた生意気よ! 自分の立場わかってんの!?」


 フランス人形の方は勢いは削がれなかったようだが、


「はっ! 自分の立場だぁ? 明日出勤しなきゃいけない真面目なサラリーマンですぅ。

 それとも何か? テメーも俺が寝不足で死ぬのを狙ってるのか? さんざん痛めつけるとか言ってたくせによぉ!

 これだからおたくが生まれた国は信用できないんだ。口ではさんざんいいこと言っておいて、その実裏があるってなぁ!

 二枚舌だっけ? おたくの生産国はそういうの得意だっていう話だもんなぁ!」


「そ、それは違う国の話で……」


 と、泣きそうな顔になった。

 ってか、表情変わるのね。


「違うなら俺を寝かせろよ! こっちは身内が死ぬわいきなり転勤させられるわ近所から不審者扱いされるわ警官に職質されるわ新居には化け物がいるわで気が立ってんだよ! 察しろよ!!」



「「ひゅわぁ」」


 バシンバシンと壁を叩きながら怒鳴り散らすと、すっかりと委縮してしまう人形達。


「やるなら静かに隣の部屋でふすまを閉めてやれ!」


 俺がそう言うと、人形達は、


「「は、はい……」」


 と、素直に出て行った。

 ちっ。できるなら最初からやれってんだ。


 ようやくこれで眠れる……。


 こうして俺は最後かもしれない夜の安息を勝ち取ることに成功した。

 ただ、



「えっ、どうするのじゃ?」


「とりあえず大きな声を出さなきゃいいんでしょ?」


 そう人形達がコソコソと話し合う声が聞こえ、殴り合っているのか、


ピシッ。パシッ。ポスッ。


 と、いう音と、


「うぅっ」


「あっ」


 と、うめき声をあげている声が聞こえてきたのであった。








 翌朝。



「うぅぅん、よく寝た……」


 異常事態だというのに疲れ切っていたからか俺はあれから直ぐ眠ってしまったらしい。


「はぁ……憂鬱だ」


 新しい職場の事ではない。

 これから先の俺の命についてだ。

 おそらく決着がついているであろう隣の部屋のふすまを開ける。



「……」


 すると、そこにはボロボロの状態の2体の人形が転がっていた。



「で、どっちが勝ったの?」



 一応聞いてみる。

 昨日吹っ切れた事により聞き方も雑だ。



「「ひ、引き分け……」」



 ぐったりと疲れ切った声で答えた2体はそのまま動かなくなった。



「そうか」


 返答は勝負がつかなかったというものだった。

 どうやら俺の最期の夜は回避されたらしい。

 それが喜ばしいことは確かなのだが、なんで俺はこいつらの勝負に付き合ってやらなきゃならんのだと思うとイラだってくる。








「ここか……」


 俺は今、新しい職場となる会社の建物の前に立っている。

 7階建てのビルで、ここの建物すべてが俺が勤める桃谷ももたに商事の自社ビルなのだ。


「よし」


 緊張しながらも足を動かし、ビルの中に入る。

 だけど、思ったよりも緊張はひどくはない。それ以上の緊張するイベントが自宅で発生していたからだろうか?

 ま、とにかく俺は第一印象をよくしようと心がけ、受付に自分の事を伝えて応接室へと案内された。




「いやー、よく来てくれた! これからよろしく頼むよ城野君」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 まずは俺が所属する部署の部長に会って話をすることになった。


「突然で悪かったね。だけど、その分待遇は保証してもらうよ」


 部長は小河こがわという名前だ。

 とても恰幅がよく、上機嫌で俺を歓迎してくれるようだ。


「それはありがとうございます。しかし、なぜ私が呼ばれたのでしょうか?

 優秀な社員であれば他にも……」


 俺はこの転勤が決まってから疑問だった。特に優秀でも無能でもないと自負しているため、突然即戦力として呼ばれたのかわからない。


「はっはっは。謙遜するな。噂は聞いているぞ?

 確かに君よりも優秀な社員はいるだろう。だけど、それだけでは会社としては駄目なんだ。

 信用、信頼。それが会社として重要になってくる。

 まぁ、当然信頼だけあって無能ってのは困るがな! はっはっは」


「そうでしたか」


 信頼か……。信頼ねぇ。

 俺、そんなに信頼されるようなことしたっけ?

 豪快な笑いをする小河部長は、俺の肩をバシバシ叩きながら「これからよろしく頼む」と言っていた。





「え~、今日からこの部に支社から転勤になって配属になった城野君だ」


「今日からお世話になります城野 聖人です。支社ではサポートも含めていろいろやってました。よろしくお願いします」


 俺が配属された部署は製品サポート部という部署である。

 そこは自社製品に対する電話やメールの問い合わせに答えていく部署であった。

 元々支社では、それも含めて営業や販売、企画も少ししていたので一応は慣れたものである。

 もっとも本社は本社なりのやり方があるかもしれないので注意が必要だ。


「よろしくー」


「よろしくお願いします!」


「彼が期待の援軍か」


「見るからに違うなぁ」


「なんかこうダークな雰囲気を身に纏っている感じができる印象をより一層深めているよな」


 なんだか過度な期待の眼差しを浴びせられている気がする……。

 勘弁してくれ。俺、そこまで期待されるような人材じゃないぞ!?


「では、早速だが君はこの席で対応をしてくれ。

 製品担当は支社に居た時と同じ内容だから」


「はい。わかりました」


 こうして俺の業務は始まった。

 最初の2時間は会社の説明。その後実務に入る。

 一応最初は後ろで俺の対応を上司が見守っていたが、3件ほどの対応を見て安心したのか「よし、あとは任せた」と離れていった。

 支社に居た時とやることは変わらない。まぁ、サポートの件数がものすごく多いくらいだ。

 そうして昼休憩となり、俺は食堂へと案内され持ってきていたコンビニで買ったおにぎりを袋から取り出した。


「おっ、城野。ここは社食もあるぞ?」


 そう最初俺の仕事を見守っていた上司である仁井山にいやま係長が俺の正面の席に座り社食の定食をテーブルへ置いた。


「そうだったんですね。来て初めて知りました。

 本社ってやっぱり支社よりも充実しているんですね」


「支社にも大阪支社とかには社食はあるんだけどなー。まっ、気が向いたらここのを食べてみろよ。

 トンカツ定食はおすすめだぜ」


 そういう仁井山係長の定食は焼き魚である。


「あぁ、俺はな……トンカツ食べすぎて医者から控えるように言われた……」


 俺の視線に気づいた仁井山係長は気まずそうにそう言う。


「そうだったんですか……」


 どうやら反応してはいけなかったものに反応してしまったようだ。


「そうだ!」


 と、ここで俺は会社に来たら聞いてみようかと思っていた内容を確認するために動く。


「ちょっと確認なんですが、僕のアパートを選んだ人って本社の人ですよね? どなたなんです?」


 いつかぶん殴ってやりたいNo.1の人間の面を見ておきたいと思ったのだ。


「ん? あぁ、そんな話聞いたことが……あるな。えっと、誰からだっけな……課長! 北見きたみ課長、ちょっといいですか?」


 仁井山係長は立ち上がり歩き出し、少し席の離れた場所に居た俺が所属する課の課長に話しかける。

 慌てて俺もその後をついて行った。


「どうした?」


 社食のうどんを食べている最中だった北見課長は、箸を止めて俺たちの方を見る。


「課長、ちょっと聞きたいんですけど、前に城野君の家の手配をした人がうちの社内の誰だかとか言ってましたよね? なんかすごい人だとかも。あれ誰でしたっけ?」


 仁井山係長がそう言うと、課長は訝しげな眼で俺を見て、


「そんな事知ってどうするんだ?」


 と、逆に聞いてきた。

 とても警戒した言い方だ。俺もこんなことで波風を上司と立てたくない。


「あっ、いえ。立地や家の雰囲気とかもよく、選んでくれた人にお礼を言いたいなぁと……。

 あんな物件探すの大変だったのではないでしょうか?」


 俺がそう答えると、


「おぉ、そういう理由だったのか。なんだ。だったらこの後私と一緒に手配した彼の所に行こうか」


 と、言い出したではないか。

 先ほどまでの不機嫌な面とはうって変わって笑顔である。どういうこと?


「はい。よろしくお願いします!」


 なんだかよくわからないが悪い印象ではなかったらしく、この後俺はあのふざけた家を選んだ人物に会うことになったのだった。









「総務部?」


「そうだ。ここが彼がいる場所だ」


 昼食を食べ終わり、俺と北見課長は一緒に目的の人物がいる場所へとやって来た。


桃谷ももたに つばささんはいるかね?」


 と、北見課長が声をかけると、


「はぁい、何か用ですかぁ?」


 と、部屋の奥で手を振っている男が目に留まる。

 ん? 桃谷……?

 すると、課長は桃谷と呼ばれた男性社員の場所まで進んでいく。

 俺も後から付いて行くと、


「いやぁ、昼休み中申し訳ない」


「いやぁ、いいですよぉ」


 桃谷という俺よりも若そうな青年が携帯でゲームをしながら答えた。

 さすがに部署が違うと言っても上司に対して失礼ではないだろうか?


「城野君、彼が君の部屋を用意したこの会社の社長の長男である翼君だ」


「え? あっ! よ、よろしくお願いします!」


 桃谷という名前を聞いて違和感を覚えた正体はこれだ。

 会社の名前と同じだと思っていたら、やはり彼は会社の関係者。しかもトップである社長の息子だったのだ。

 おいおい、殴りたいと思っていたのに殴ったらやばい事になるじゃないか。


「ふふん、ぶぉくがこの会社きってのエリート。桃谷 翼さぁ〈さぁ――さぁ――さぁ※エコー中〉」


 いきなり立ち上がり、髪を右手でなびかせながら自己紹介をする社長の息子は、なんとも印象的だった。悪い意味で。


「それでぇ? 今日はどうしたんだ~い?」


 ねちっこい話し方で、目をぱちくりさせながら聞いてくる。

 あ、駄目だ。こいつに喧嘩売りたいけど、売ったら俺の首が飛ばされる。

 そうか。だから北見課長は俺の家を選んだ人物を聞いてあんな態度をしていたのか。

 苦情を言うなら容赦しないぞ。と。



「実は城野君は翼さんに家を選んでもらった事を感謝しているらしく、礼を言いに来たのです」


「は、はい。そうなんです! まさか社長のご子息直々に選んでいただいていたとは思わず、光栄であります!」


 俺が斜め45°で礼をしながら言うと、


「はは~ん、そんな事気にしなくていいというのにぃ。まったく真面目な男だ。こっちに来させて正解だったようだねぇ~北見くぅん」


「はっ。そのようです」


 礼をしたまま横目で課長を見ると、課長も頭を下げていた。

 これだけでこの男たちの力関係が分かるというものだ。


「まぁ、今回の事は気にせず頑張り給え」


「はい、日々精進し、業務に取り掛からせていただきます!」


「では翼さん、我々はこれで失礼します」


 課長がそう言って俺たちはもう一度礼をした後その場を立ち去ろうとした。

 すると、


「あぁ、待ち給えぇ」


 と、翼が俺を止める。

 なにか気に障ったか? と思ったのだが、彼の表情からはそんな負の感情は読み取れない。


「ふふっ。いやぁ、城野君だっけ? 君の事は気に入ったよぉ。近頃は君みたいな礼儀正しい人間はなかなかいない。今後目をかけてあげよう」


「あ、ありがとうございます!」


 こうして短かったが、衝撃的な出会いは終えた。

 幸運なのは部署が違うため、これからこいつの顔を拝みながら仕事をせずに済むこと。

 不運なのは将来こいつの下で仕事をしなくてはならないことだろうか。



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