第20話 事後処理
それからはしばらく大変であった。
駐在所の定年間近の警官は腰を抜かすほど驚き、近隣の町の警察署へ応援を呼んで村は再び大騒動となった。
この事件の主犯と目される少年、および付き従っていた大人はやはり行方はつかめず、唯一の情報源は村に住む変人、留吉ただ一人のみとなる。
しかし、その留吉は自宅には居らず、捜索をすると隣の県の沼地にて死体となっていたことが発見された。
死亡時刻は2度目の鎌田家襲撃から少し後だったらしく、口封じをされたのだと警察は結論付けた。
今回の騒動は鎌田家の娘、トメがあまりにも美しすぎたから誘拐しようとする奴が現れたのだと言うものも居たが、トメ自身平凡な容姿であったため、『人が死ぬほど美人なのであれば、一度は見ておきたい』と聞きつけた近隣の村の男達が押し寄せてくる事態となる。しかし実際にトメの姿を確認すると、あからさまに失礼な態度でがっかりして帰っていったことがトメの怒りに火をつける結果となったのであった。
ちなみにこの事件は犯人の多さと気味の悪さから極秘捜査で行われていたため、地方新聞に小さく乗るぐらいの話題となり、日本中に知れ渡ることは無かった。
トメの母の正当防衛も認められ、罪に問われる事は無かった。
こうして徐々に村は平穏を取り戻し、変わったことと言えば村の駐在所の警官が1人から3人に増えたくらいである。
ようやくこの事件が落ち着いたころというのは春が近くなり、トメの中学卒業が目前となってきた頃であった。
そしてその頃、ようやく鎌田家ではもう一つの後始末が行われることとなった。
「ようこそ、おいでいただきました」
トメの母がそう言い、鎌田家に迎え入れられたのはこの村の神社の神主と、どこかのお偉いさんらしい別の場所に住む神職の人であった。
先日この村の神社の神主である芹土から『是非とも会ってほしい人物がいる』と連絡があり、トメの母はその依頼を受け会う事にした。
なにせ神社の"神主"からの依頼である。十中八九人形の事が絡んでいると考えたのだ。
「神澤と申します。先日はとんでもない事件に巻き込まれたとのことで……」
と、神澤という神職の人物は挨拶をした後、鎌田家の面々を労わる。
「えぇ、何と言いますか……私も信じられないことばかりでして……」
まだ鎌田家に不審者集団が入ってきたことのみしか伝えていないトメの母は、申し訳なさそうに神澤の隣に座るこの村の神社の神主を見た。
彼は顔を青くし、今にも倒れそうなくらい悲惨な状態になっている。
辺りをきょろきょろと忙しなく見まわし、流れ出る汗を何度も拭う。
そんな神主を見た神澤という男は、
「芹土さん。ここは私に任せて家から出ていなさい」
と、彼を気遣ってそう言った。
「はっ! あ、いえ……そういうわけには」
そう気を使われた神主の芹土はブンブンと首を振って大丈夫だと言うが、
「どう見ても大丈夫じゃないでしょう? あなたにはこの後仕事を手伝ってもらうかもしれないのですから、倒れてもらっても困るんです」
そこまで神澤が言うと、
「わかりました……。ですが、この家がまさかこんなことになって"いた"とは。
なんだか最近こっちの方向で嫌な気配がするなーとは思っていたのですが――」
「芹土さん」
「あ、は、はい。ちょっと外に出ています!」
そう言ってこの村の神社の神主である芹土は、家に上がって早々、足早に家から出て行った。
「あの、お茶が……」
その時、ちょうど学校が休みであり家に居たトメがお盆にお茶を4つ持ってきたところであったが、芹土が帰っていくのを見て首を傾げて見送った。
そして、お茶を並べて母の隣に座るトメ。
ちなみに源吉はどこかに遊びに行っていた。
「さて……。芹土さんが言っていることが気になるでしょうから、さっそく状況を説明させていただきます」
「は、はい」
いきなり本題に入ろうとする神澤に鎌田家の面々は緊張する。
「この家には巨大な霊力が通る道ができています。それも尋常ではないほど強力な。
その為、異常な力を持つ霊地となっているのです。
おそらくこの家を襲撃してきた何らかの術者のような恰好をしていた者達は、この力を狙っていたのではないかと考えられます」
「「……」」
神澤の発言に対し、まだ固まったままの鎌田親子。
「流石にこう言ってしまうと胡散臭く思われるかもしれません。ですが、何か気付いたことがあるのではありませんか?
死んだはずの村の人間をこの家で見たとか、夜に人の笑い声が聞こえるとか」
典型的なオカルト現象が起きていないかと聞いてくる神澤。
その表情はいたって真剣であったためふざけた様子はない。
しかし、トメたちにとってはふざけているとしか思えないような現象が起きていると言わざるを得なかった。
「その……信じてもらえるかわかりませんが」
と、おずおずとした態度で予防線を張るトメの母。
「なんなりと。このような環境なんです。何を言われても疑うことは無いでしょう」
何が起きても不思議じゃないと神澤は言うので、トメとトメの母は互いの顔を見合わせ、うん。と頷き合った。
トメは自分の部屋――自室と自室の前の廊下死人の血まみれになったため別室へと変わった――へと向かい、トメの母は神澤に説明をする。
当然トメの母はこの事を話していいか村の神主の芹土から連絡が来てからこの日この時まで迷っていた。しかし、信頼している村の神社の神主からの紹介であり、目の前の男からは悪党の雰囲気は無い。むしろ温かい気配を感じ、人形の事を話してもいいと判断したのだ。
「実は以前から人形が動き出しているようでして……」
「ほう。人形が」
ここまでは至って一般的なオカルト現象だ。
神澤も何度かそのような相談を持ち掛けられたことがあったため、さて、今回はどうやって除霊をしようかなと考え始めながらトメの母の話の続きを聞く。
「はい。動いていたのは私の娘が以前から確認していたようなのです。と言っても半月ほど前、最初に襲撃を受けた際に初めて動くところを見たらしく、それ以前はこの子の夢に出ていただけだったようです」
「夢に出ていた。うぅむ、それは動いた人形と関連がありそうだ」
詳しく調べてみなければわからないが、かなり強い霊的要因があるのだろうと神澤は考え、なかなかと厄介な仕事になりそうだと気を引き締める。
「えぇ、関連はあるみたいです。何せ人形自身が『動いたら驚くだろうから、夢の中に入り込んでいた』と言っていたのですから」
「えっ!」
だが、続くトメの母の説明で聞き間違いではないかと神澤は驚いた。
しかし、
「あぁ、夢の中で人形がそう語ったという事なんですね?」
と、足りない説明に己の仮説を付け加えた。
「いえ、そうではありません。夢の中ではなく、夢から覚めた後人形から直接聞いたのです」
「……」
この説明には神澤も口を開けて驚くしかなかった。
「人形が……現実で話したんですか?」
「はい……。やっぱり信じられませんよね?」
「あ、いえ。そういうわけではありません。ただ……」
「ただ?」
「かなり……と言いますか、私の想定以上に大事になっている気がして……」
と、額から汗を流しながら答えた。
そこに、ようやくトメが戻ってきた。その腕には一体の古そうな日本人形が抱きかかえられている。
「お母さん。人形達の話、大丈夫だった?」
「えぇ、信じてはもらえた……かしら」
そう言うトメの母も、不安なのかちらちらと神澤の顔を見ていた。
「大丈夫です。信じてはいます。
ただ、信じてはいますが、私でもお力になれるかどうか……」
そう言った神澤の目は日本人形に釘付けであった。
「ほっ、よかった……。
お菊、信じてくれるそうよ?」
そんな言葉をテーブルに置いた人形に語り掛けるトメは、話を信じていなければ年頃の少女よりも幼い精神を持つ少女として印象に残っただろう。
だが、そんなトメの事がどうでもよくなるぐらい、
「ほう。こんな突飛な話を信じてくれるとは……。人間は思ったよりもこういった事に慣れているものなのか?
まぁよい。ワシはお菊。トメの人形……というよりは、鎌田家に代々伝わる人形じゃ。
よろしく頼むぞ」
お菊が右手を挙げながら神澤に話しかけたことにより、彼はかなりの衝撃を受けた。
そして「あぁ」と額に右手を当て、天を仰いだのであった。
「と、いう事は何かい? 君たちは武器を手にもってその術者達を倒していったと?」
「そういう事じゃ!」
「そうそう」
「我の活躍、見てもらいたかったぞ!」
いつの間にかお菊以外の人形も神澤の周囲に集まり出し、勝手にわいわいと話し始めた。このタイミングで源吉が帰ってくれば大問題だろう。
ちなみに侵入者達の人数は既に村中が知ることとなっており、トメの母はとんでもない強者として村中の有名人となっていた。
「信じていただけましたか……?」
一通り人形達から一度目の襲撃と二度目の襲撃について。そして、いつから人形が感情を持ち動き出していたかを聞き取りした神澤にトメの母が心配そうに聞いてくる。
「えっ、いや。信じるも信じないもこれを見て信じないという選択肢は有り得ませんよ……」
何を言っているんだと驚いた眼で神澤はトメの母を見たのだが、
「いえ、この子達が悪いモノではないという事です」
続いてそう言ったトメの母の言葉に、「あぁ、なるほど」と納得する神澤。
しかし、その質問に対する答えは、
「うぅん……」
と、即答できなかった。
「悪いモノと言えば悪いでしょうな。いいことではないのは確かです」
「「……」」
ようやく出た神澤の答えに鎌田家の親子は悲しそうな顔をした。
心なしか人形達も気分が沈んでしまったようだ。
「しかし……その襲撃者が言うほど悪いモノではないでしょう」
次に鎌田家親子の事を気遣ってか、そんな言葉をかける神澤。
「詳しく説明しましょう。
そもそも、この家につながる霊力の道はあまりいいものではありません。
この家にあるのは幽霊が通る道。すなわち霊道というものに異物が入り変化したものなのです」
そう言われても「ん?」と首をかしげる鎌田親子とお菊達。
もう少し詳しく説明をしようと神澤は続ける。
「霊道は頻繁に変わり、ある日突然自分の家に繋がるという事は珍しくもありません。
この変異した霊道も同じで、幽霊が通る道であることは変わりないのですが、何かの拍子で霊力の通り道である霊脈の一部と繋がってしまい、霊力が大量放出される霊道となってしまったようなのです」
その神澤の説明にやはり首をかしげる鎌田親子。
まぁ、難しいだろうなと神澤は考え、
「極端に例えるならば、川の流れが変わって井戸の底と川が繋がってしまったと考えてもいいでしょう。
川の水と地下水は違いますよね? つまり、強制的に強い流れの力が介入してしまった事により、普段は移動する出入り口が固定されてしまったのです」
ここまで説明されたら何となく話が分かってきた鎌田親子とお菊。
「あのぉ。それじゃぁどうしたらよいのでしょう?
その霊道? 霊脈とやらを止めればいいのですか?」
そうトメの母が聞くと、
「その通りです」
と、神澤は答えた。
「なんとなくワシらが動ける力は理解できた。じゃが、そのよくない力でワシ等はトメを守ろうとしていたのかの?」
今度はお菊が質問をした。
お菊にとっては力の出どころが分かったことで、疑問の半分は解決できた。
しかし、よくない力であれば、なぜ積極的にトメたちを守ろうとしていたのか理解ができない。
よくない力の影響があるのならば、トメたちに襲い掛かるのが普通ではないかと思ったのだ。
「あぁ、それは簡単なことですよ」
と、神澤は説明を続ける。
「よくない力と言ったが、その実この力自体使い方によっていい方にも悪い方にも働くという事さ。
長年大切に扱われていた人形に魂が宿るという話は聞いたことはあるかな? まぁ、付喪神とかそういったものに近いんだが、その力が増幅され人形が人間のように動きたい……いや、人型なのだから心があるのならば人間のように動くのは当然だと思うように思った結果だよ」
神澤がそう言うと、
「そういえば、ワシも動きたいという欲求があったのぉ。多くの子供たちをこの家で見送ってきたが、何度動いて共に遊びたいと思った事か……」
と、しみじみと語るお菊。
「やはりか。まぁ、そういった願いと、持ち主達の大切にしようとする心が君たちに動く力を与えたんだろう」
そう言って人形達を見る神澤の目は優しかった。しかし、
「だけど、やはりその力は先ほど言った通り現代の人間にとってはよろしくないものであることは変わりない。
例えば、持ち主に敵対する者が現れた場合、君たちは躊躇なく人を殺す。世の理に反して憎しみで人を殺す。そうじゃないかい?」
「「「「「……」」」」」
神澤の問いに覚えがあった人形達は互いを見ながら答えに詰まる。
「それが絶対的な悪だとは言わないさ。現に今回の事件では鎌田さんの一家は守られた。
だけど、この状況を長く続けるわけにもいかないだろう」
「「「「「……」」」」」
問われた人形達はやはり答えに詰まる。
自分たちも動けてるこの状況が正しいとは思っていないのだ。
いつまた留吉のような人間に見つかり、妙な連中を呼び寄せてしまうかわからない。その結果またトメたちに危険が及ぶなど悲しいことだ。
ならば、自分たちは人形らしくしようと思うのは当然の流れだった。
「では、その不思議な力を止める。という事ですか?」
次に質問をしたのはトメからであった。
それに対し、
「そうした方がいい」
と、淡々と答える神澤。
「……」
答えを聞いたトメは悲しそうな顔をして人形達を見た。
トメの視線に気づいたお菊は、
「トメ。よいのじゃ。何度も言うように、これが自然なことなのじゃ」
と、子供に言い聞かせるようにお菊は言った。
「だけど……」
そうトメは嫌がるのだが、
「何度も言っておるじゃろ? ワシ等は人形。おぬしら人間のように本来は動いたり話したりはせんのじゃ。
わかってくれ。それが互いにとって幸せなことなんじゃから」
「……」
だが、トメは受け入れられない。
受け止めきれず、目に涙を浮かべた。
「そんな顔をせんでくれ。ワシ等は居なくなるわけじゃない。いつでもトメを見ておるから」
ぽんっ。とトメの膝に収まり、顔を見上げるお菊。
「トメ~」
「トメ殿……」
それにつられ、いつの間にか部屋に来ていた他の人形達もトメの周りに集まり出した。
「だからの? これからも人形としてワシ等と遊んでくれ……いや、ほほほっ。そんな歳でもないか。
ならば、トメの子供。孫達とこれから遊んでもらえると嬉しいのじゃ。のう? みんな」
「そうそう。それなら寂しくないよね!」
と、お松が。
「そうですわ。みんな動けなくなっても話せなくなっても、トメの記憶に私達との思い出は残りますもの」
と、お涼が。
「夢の中で会えるだけでも奇跡だったんだから、私達の願いは十分叶ったよ」
と、お絹が。
「これは別れではない。新たな出会いに向けた一歩なのである!」
と、お辰が次々とトメに向け、声を掛けていった。
それは微笑ましい光景であった。
確かな絆が人形と人間との間で確認できた歴史的瞬間でもあった。
そんな光景に水を差すような一言を言わなくてはいけない神澤は、本当に胃が痛かった。
「そうか……やはり君が中心。いや起点だったか」
と、悲しみが籠った表情でポツリと言ったのであった。
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次話は明日の予定です。