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 元友人達とわだかまりの残る別れを経た私は、気持ちを切り替えてその放課後にあの日部外者として立ち入った生徒会室に今度は新入りとして迎え入れられた。


 生徒会補佐には同じ立場の特待生の先輩達もいるが、学年が違うのもあるが今まで関わってこなかった方達ばかりの空間で緊張しかない。

 私もその他の補佐の方と同様に、正規役員のサポートをする事になる。地道な計算や書類の誤字脱字チェック、配布用の書面を作ったり、休憩の時にお茶の用意をしたり、色々。ここで何をしているのか学びがてら、多くの雑用は一番下っ端の私がやることになる。


 実家から連れてきた侍女や侍従、メイドは校舎内に連れてくるのは禁止されてはいないがあまりよしとされない。一応平等を謳う学舎であるためだ。


 生徒会補佐を希望する女生徒はウォーレンハイト会長の影響で溢れて、貴族令嬢まで山ほどいたそうだ。しかし簡単に採用するわけにもいかず人手が足りないのに募集もしかねるという難しい状況だったらしい。

 補佐は同性の方を選ぶことになっているため、そのせいでエメラルダ先輩とイザベラ先輩は補佐を選ぶに選べなかったのだそうだ。ウォーレンハイト会長に擦り寄る心算のない真面目な学生は逆に面倒を避けたがって、去年と今年は立候補は多いが採用できる人がいなくて困ってたのよと裏話を教えていただいた。

 

 今まで私は「最上級のバイト先」としてしか見たことがなかったが、高位貴族の方達は練習というか前哨戦としてこの学園の運営に携わると聞いている。今年は貴族が担う役員の籍もすごい競争率だと聞いて他人事としか思ってなかったが、見えていない所ではそんな問題もあったのか。

 私も避けたがっていた側の一般人だと思い出したのか「だからエミリーの事はしっかり守るからね」と頼もしいことを言っていただいて、思わず笑ってしまった。


「また面倒が起きそうになったら私に用事を言いつけられてるからって逃げるのに名前を使ってちょうだい。いえ、わたくしの名前を使って断りなさい、これは補佐を守るための副会長としての命令よ」

「呼び出しの手紙も無視していい……いや、無視して、私たちに提出なさって。しばらくは人気のないところに一人で行かないように」

「……その、大げさなのではないかと思うのですが……」

「いえ。エミリーの噂は尾ひれどころじゃない悪意を感じるの。不自由だと思うけど、近いうちに解消できるよう手配はするから」


 効果は絶大そうだが私には過ぎた武器を預かってしまい、「使う事のないように上手いこと動かないと」と私は冷や汗をかいた。でももう問題が起きた後なんですと思いつつ、次があるかもしれないし、逃げる手段があると思うと安心しする。気を配っていただいてありがたい限りだ。


 ……私も、まだ困惑しているがこれが最善の形だと分かっている。私がペットを保護する時に目立ったせいで、ウォーレンハイト会長は生徒間のトラブルを解決するために誤解を解く必要ができてしまった。その説明を無視して余計に事態を悪化させる人がいたせいで、私を守るために皆さん動いてくれて。

 一方的な保護ではなく、不自然にならないように生徒会補佐にして。たぶん、私が負い目を感じづらくなるようにという配慮だろう。

 言ってすぐ噂を広めた人達がやめてくれれば済んだ話だが、昼休みのやり取りを経験した私はそれは無理だとわかっている。もう時間と距離を置くしかないだろう。

 


「……ー、エミリー、大丈夫かしら、わたくしの声は聞こえてる?」

「え、は、はいっ! 申し訳ありません、何か呼びましたか?!」


 左側の耳鳴りがずっとしているせいもあるけど、昼休みの事が気になって気がそぞろになっていた。初日だというのにぼんやりして、情けない。

 私は慌てて顔を向けた。他の方達も心配そうに私を見ていて、申し訳なくて叫びだしたくなる。無視するつもりはなかったのにそうとしか見えないだろう。耳鳴りが強くなった気がして、心臓の音が痛みと一緒に響いた。


「……アレント嬢、ちょっと変じゃないか?」

「もうしわけありません、エメラルダ先輩の事を無視するつもりは……」

「ああ、いや、違う。そうじゃなくて……さっきから左側から話しかけた時だけ反応が悪い。今も本当に聞こえてなかったんじゃないか?」


 図星を突かれてとっさに何も答えられず、目を逸らしてしまった。何かありましたと言っているようなものだ。


「……エミリー、何かあったの?」

「いえ、何も……」

「そう……じゃあ学園の治癒術師のところに今から行って診てもらっても構わないわね?」

「いや、そんな、治癒術師の方に診てもらうほどのことでは」

「じゃあカミーユの言うように何かあったのね。やっぱり耳かしら?」

「怪我自体を隠そうとするなら、誰かを庇ってるのね。……急に昼食を辞退したわね、その時何があったの?」


 私は失敗を悟った。なぜたったあれだけの答えで、そこまで推理できるのか。そんな場合ではないというのに私は以前読んだ探偵小説を思い出してしまう。


「違うんです! ……その、私の伝え方も良くなかったんだと……」

「あら、その言い方なら事故ではなく故意に暴力をふるわれたのね?」

「そこまで遠慮するならやっぱりカミーユに関する話かしら」


 しかも誘導に沿って、この怪我が事件性があるものだとまで知られてしまった私は自分が悪いことをしたわけではないのに口ごもってしまう。


「なっ……?! ……大丈夫かアレント嬢、今すぐ医務室に……!」

「いえ、大丈夫です……! こんなの放っておけば治りますから」

「放っておけるものか! すぐに気付けなくてすまなかった……一人で歩けるか?」

「ちょっと、落ち着いてくださいウォーレンハイト会長! 私は大丈夫! 大丈夫ですから!」


 私より慌てて、今にも抱き上げて生徒会室を出ていきそうになるウォーレンハイト会長と、それにひたすら大丈夫と連呼する私とでこの場は混乱を極めてしまった。エメラルダ先輩が間に入って落ち着くように言ってくださり、何とか会長も私も冷静に話をする態勢に戻る。


「でもすごいな、イザベラもエメラルダも、今のやり取りでアレントが怪我してるってよくわかったなぁ」

「よくあるとは言わないけど、女性同士のトラブルでは聞く話だから」

「きっと手のひらを張られて耳に当たったはずみに鼓膜に傷がついたのね……誰がやったのか聞いてもいいかしら?」


 私が怒られているわけではないのに、その笑顔はとても恐ろしく感じた。

 身分差について論じられてきて、貴族と平民の間の摩擦については問題視されるようになっていたが、貴族同士については別だ。ウォーレンハイト会長がはっきりと否定した言説を支持して私を怪我させたエイダの問題は学園の中の話では済まないかもしれない。


「……もう、お互い関わらなければ大丈夫です。時間がたてば、私が言ってたことが本当だって分かると思いますし……」


 私はそんな責任はとれない。取りたくないと言うのが本音だったが、私を理由にそんな事になって欲しくなかった。


「……優しさは美徳だけど、エミリーのそれは加害者を付けあがらせるだけよ?」

「カミーユが一度忠告で済ませたから、実害が出たならもう見逃せないわ。きっと調べたらいつかは分かることだけど、貴女の言葉で聞きたいの」

  

 エメラルダ先輩は私の身を案じて怒ってくださってるのが分かった。私も、第三者だったらきっと同じように後輩の身に及んだ危険に怒りを感じるだろう。

 告発する勇気がないのは私の甘えだと突き付けられて恥ずかしかったし、調べたら分かると言いいつつ、その言葉の陰に、私が庇う余地を残してくださっているのに気付いた。

 そうだ、ここで私が黙っていたら、調べる過程で大勢の人が知ることになってもっと騒ぎになってしまう。


 私は、なるべく客観的に、あった事だけを話した。覚えている限りのやり取りと、手を上げた人の名前だけ。反省して二度としないでもらえればそれでいいので、なるべく彼女の将来に影響が残らない形にして欲しい、と。


「状況は理解したわ。なるべく貴女の希望に沿えるようこちらも努力する。じゃあエミリー、一緒に医務室に行きましょうか」

「そんな、大丈夫ですよ。……ただの遠慮じゃなくて、鼓膜の傷ってお医者様も放置するしかないんです。騎士見習いの弟が訓練中に同じ怪我をしたことがあったから知ったんですけど、清潔に保って自然に傷がふさがるのを待つしかないんですよ」

「では治癒術師の申請をしよう」

「ええ?! とんでもない、こんな軽い怪我で治癒術師様のお手を煩わせるなんて……」


 実際本当の事だし、騎士科の皆様の訓練でもこのくらいの怪我で治癒術師を読んだりしないはず。心からそう思っていったのだが、ウォーレンハイト会長はいたたまれなさそうに悲しげな声を出した。


「アレント嬢。原因がこんな事を言っては君の負担になるだろうが、どうかこの事態を防げなかった哀れな男の頼みを聞いてくれないだろうか」


 懇願するような顔で真正面からそんな事を言われて、私はなんだか顔が熱くなってしまって目を逸らした。彫刻のような美形なのに、悲しそうなお顔の上にはしょんぼりと垂れた耳を幻視してしまったのもあるが。


「じゃあ、エミリー、選んでちょうだい。私たちに付き添われて医務室に行くか……カミーユに付き添われて医務室に行くか」

「ええ?!」

「いずれにしよ、被害を正確に記録するために医師の診断書が必要になるわ。記録に残すなら、きっかけとなった貴族家の人間が何の補償もしないのはそれこそ名誉にかかわるもの」


 あ……そうか。私は自分の都合で「申し訳ないから」ってそればかり考えていたけど、ウォーレンハイト会長からしてみれば何もしない訳にはいかないんだ。


「違うぞ、俺は義務感だけでこんな事を言っているのではなくて……」

「断ろうとしたりしてすみませんでした。エメラルダ先輩、どうかお願いしても良いでしょうか」


 あ、いけない。ウォーレンハイト会長の言葉をさえぎってしまった。左耳が今ろくに聞こえないせいで、何を話したのかは聞き取れなかったけど。声を被せてしまったのを謝罪して聞き返したが、「たいしたことではないから」と言われてそのまま医務室に見送られた。


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