第037話 名前の無い怪物
我が妄想。……続きです。
右腕に持った魔杖<スコルピオン>を高々と掲げる格好良さげなポーズなのに、鼻血が全部を台無しな感じにしていて、魔法を使い終わる度にこんなんだと、なんか、もう情けないなぁ。って思う。俺の身体を操る婆さんは、鼻から流れ出た血を枯草色の外套の裾で無造作に拭う。ワイルドなのはいいけれど、これ、結構お気に入りだったのに血が付いちゃったよ。トホホ。
俺のそんな思考は余所に、婆さんは右腕で掲げていた魔杖を下ろし、左手を腰に当て、上空で爆炎の中に消えたガーゴイルを呆然と見上げるイーエヌ・デーに対して、睨み付ける様に多少の警戒をしながら言葉を掛ける。
「これで、お前さん一人になっちまったが、まだ続けるかい?」
「……くっくっくっ、ふふふ、ふはは、ははは……」
イーエヌ・デーは上を見上げた格好で首を斜めに倒し肩を震わせ、手で顔を覆いながら口角を上げて笑い出しこちらを向く。
「……ふぅ、そう、だね。お陰で埋め込んでいた補助記憶が換気されたよ、大魔導師シルクレーテ。いや、それに近しい者、かな?」
「で、どうする?お前さんの性格じゃあ、今更、引かんのだろう?」
「……あぁ、貴様の様な火力馬鹿相手だと、この腐りかけた身体じゃ高が知れている。正直、ケツ撒くって逃げたいんだが……」
「人形は捨て駒、相打ち上等っ、玉砕最高っ、自分の為に殉じて勝手に散れ。って扱いだもんなぁ」
「はは、判ってるじゃないか。仕方が無い、多少の嫌がらせで茶を濁す事にするか」
「だよなぁ」
(婆さん、婆さん。盛り上がってる会話中に済まないんだけれど、どういう状況?なんとなーく、想像は付くんだけれど……)
(男の中にアー……昔の知り合いの記憶が埋め込まれていてな、今、お前のこの身体と同じ状態にある。といった所かな?)
やっぱ、向こうも精神副座式の身体だったのか……。しかも、婆さんの知り合いとか、その時点で長閑で穏やかなって言葉から激しく乖離していくんですけれど。
(まぁ、死体と若い肉体でこちらがとても、大変に、凄く有利な状況だ。なので勝てないけれど嫌がらせはするわ。って事だな)
(……さっさとお帰り願いたいんだけれども)
(ただでは転ばないヤツだからの。この人形の他に範囲外からもしっかり観察されて居るかもしれないぞ。今のうちしっかり顔を売っとけ)
(……えー)
(気に入られれば、執っこく、激しくねっとりと勧誘してくるからな、はは)
(……嫌だよ)
脳内会話をしている合間にも目の前で状況が進行している。目の前の汚れた神官服が徐に胴体を左右に揺すりわき腹をとんとんと叩いていた。そして頬を膨らませて口を大きく開け何か吐き出し始めた。
「っぶぅお、……うげげぇ……ごぉええ……ぅぇぇ……」
右手で喉下を押さえ、左手を胃袋の辺りに当て嘔吐き始める。そのまま身体を前傾姿勢にすると口から徐々に膜の張られた白っぽい何かが吐き出されてくる。
ソレは生きているのか、円筒形の八つの赤い目が付いた白い蛇とかワームっぽい形状の物体。口から吐き出された部分はびちびち、うねうね、と動き、見ていて大変に気持ち悪い。1メートルを越えてもまだ出てくる。どんだけの長さだよ。
うげぇぇ……。自分も戻したくなってしまう光景だ。既に視覚的嫌がらせは達成させてしまった。
「腹中蟲か。腹黒の割には真っ白い寄生虫を飼っているんだな」
直径3から5センチメートルの太さで2メートル近いソレが吐き出され地面にぼたりと落ちる。薄汚れた神官服の男は地面で、のたうち、うねる腹中蟲をしゃがんでむんずと掴む。
蟲を吐き出した際、口周りに付着したのであろう白い泡を黒い服の裾で拭い、ブツブツと言葉を呟き始める。土属性の魔素を注入しているのか淡い黄色の光を発しながら、その滑る表面を両の手で何度か滑らせ真っ直ぐに伸ばし整える。
魔力の所為なのか赤い血管らしき筋を表面に浮かべ、大人しく真っ直ぐに伸ばされた腹中蟲は一本の棒状に固定された。なんとなく六尺棒や槍を連想させる形状。血管の様な筋が滑り止めになっているのか、それを軽々と振り回し棒術や槍術っぽい構えを見せる。
「……人形使役用の蟲を使った一回限りの魔法さ」
「腹中蟲を使っている時点でエセ人形遣いなんだよ、お前さんは」
「……決して外れる事の無い槍、その身を以って篤と味わうがいい。魔法誘導槍<アーラーヴァル> っ!!!!」
神官服の男が声高に叫びながら放たれた槍の刺突。疾い。しかし近距離攻撃を読んでいたのか、俺の身体を使っている婆さんは間一髪でかわしていた。
だが、男は凄まじいスピードでそのまま槍を手放した。勢いそのままに宙空を飛ぶ槍は加速し緩やかな黄色い弧線を描き、今度は側面から襲ってくる。そして再びかわす。擬似360度全天周囲モニターが槍の飛んでくる方を察知して警告してくる。それが何度も繰り返される。
「ふ、ふははっ、そいつは、貴様の命を狩り獲るか、注入した魔力が切れるまで、何処までも追い続けるぞっ!」
踏ん反り返りながら、そう叫ぶと男はその場に崩れ落ち、物言わぬ屍となった。
(イーエヌ・デー……アーシャ・エンデノーブとやらは死んだのか?)
(そいつは元々名も知らぬ何処ぞの誰かで命令を刷り込まれた哀れな屍さ。それを動かしていたのは腹中蟲。アーシャは補助記憶として埋め込まれていただけで、本体は別に居る)
(このままにして大丈夫なのか?)
(終わったら、火葬がいいだろうな。何処の誰とも知らない死体だが、最後ぐらいは人として扱ってやるのが道理だろう)
(あれ、こっちの世界は中世ヨーロッパとか欧米風に土葬とかじゃないの?)
(土葬も在りだが、こやつの様に死体を使われたりアンデット化するのを防ぐ為に、だな)
(灰は灰に、塵は塵に、魂は魂に。天国に至る道程に安寧を。か)
そうしている間にも婆さんの平行演算の賜物か、脳内ライブラリから使用魔法が選択され、魔法詠唱の文字の羅列が駆け巡る。地面スレスレを旋回中の腹中蟲の棒?……もとい、魔法槍に向けて魔杖<スコルピオン>を構え、鍵言を発する。連続した<ファイアバレット>を近接へ撃ち出し、宛ら対空砲火の様な弾幕を形成した。
魔法槍は意思を持つかの様に上下左右と乱数回避しながら、弾幕の合間を縫ってに飛び回り上手く中らない。ならばと脳内ライブラリから別の魔法が呼び出され鍵言と共に突入方向に障害物として<ストーンウォール>が設置される。それを避ける様にホップして上空へ飛び去る魔法槍。
如何やら障害物を察知して避けて飛ぶ様だ。有り難いのは、幾度も狙いを定め襲ってくる槍は、俺の身体を執拗に追いかけ狙うだけで、近くに居るシルヴィアさんも障害物扱いで避けらている事か。
(しっかし、お前の身体は魔法が使い易いな。魔眼<龍の瞳>のお陰か、外れたとは言え視認した所をピンポイントで魔法発現出来るとか羨ましいぞ)
(俺の身体だ、やらないぞ)
(安心しろ、お前が独り立ちして経験と知識が私を越えた時、この記憶は消える)
(……また随分と気の長い話だ。永遠に縮まる感じがしないんだけれども)
(「為せば成る、為さねば成らぬ成る業を、成らぬと捨つる人の儚さ」だ。お前なら出来る、だろう。まぁ、頑張れ)
……安易な激励である。
夜の闇に黄色い弧線を描き、或いは雷の様なジグザグな軌跡を描き、空を舞い駆け巡る魔法誘導槍<アーラーヴァル>が幾度となく襲い掛かってくる。それを軽いステップで暴れ牛を往なす闘牛士が如く避ける婆さんも婆さんなのだが。あの槍は何時になったら魔力切れを起こすのだろうか。
三度。脳内ライブラリから使用魔法が選択され、魔法詠唱の文字の羅列が駆け巡る。幾度もの攻撃をかわした後、角度的に正面から向かってくる魔法槍に対し、婆さんは魔杖<スコルピオン>を目の前へ翳し迎え撃つ構えをとった。白い表面に赤い筋を浮かべた禍々しい腹中蟲の槍が急送に、勢いよく、段々と近づいてくる。
接触の寸前、俺の着ていた外套を脱いで先端部から被せ、身体を逸らしてその場へ転がる。槍は外套に依って視界を遮られ目標を見失った所為なのか、空へと跳ね上がった。間髪入れずに先端部から等間隔でその胴体に幾つかの魔法陣が浮かんだ。
魔法陣は槍に引っ張られる感じで魔法陣の中心が円錐形に伸びる。幾重の丸い網にダツとかサヨリの細長い魚が勢いよく突き刺さった姿を連想させる。直後、婆さんが鍵言を介し<プチプロージョン>の発動。
外套に包まれた魔法槍は先端から胴体部に掛けて、魔法陣が発現した箇所で指向性を持った爆発連鎖が起きる。視覚的には発火、着火と同時に魔法槍は炎を纏い空中へ溶ける様に消失した。魔法槍が描いていた黄色い軌跡は爆炎の中へ消え、俺のお気に入り外套も一緒に燃えカスとなってしまった。ガッデムっ!なんてこったい!!
しかも爆発の勢いは激しく、槍から退避する為に地面へ転がっていた俺の身体は爆風に煽られ吹き飛ばされていた。衝撃を削ぐ様にゴロゴロと転がった先は、座り込んでいたシルヴィアさんの膝元で、俺は地面に寝転がった状態で彼女の顔を見上げる形になった。彼女もまた転がって来た俺の顔を見ていた。風魔法の結界を張っていたのか、その場所はとても穏やかだった。
「ちっ、管理者権限まで上げたのに<ホーライ>は使わず仕舞いか、勿体無い。や、待て。シャウラ、不審な移動物体がないか、極天導機で近隣走査を開始」
「02番<アーメスト>は蝕入りの為、通信微弱。代わって07番<オーペル>、13番<サーニクス>が蝕明けで後方支援に入ります。そのまま待ちください……周辺地域の走査と魔素エーテル探査終了。レーダーエコー画面に表示します」
そんな和やかな状況を掻き消す様に、悔しそうに舌打ちをした婆さんがシャウラに新たな指示を出していた。時間を置かず擬似360度全天周囲モニターにレーダーエコーの画面がポップアップされる。斜め上方からの白黒暗視映像も映し出される。ちなみに地面に寝転がっている体勢の為、空を見上げる感じになっている。
画面上に数え切れない幾つもの輝点が無造作に動き回っていて徐々に外側に向かって動いている。幾つか近づいてくる輝点も見えた。そんな無数の蠢く輝点で一つだけ、速いスピードで索敵半径外へ向かう輝点が有った。白黒画像では翼の生えた人型。明らかにガーゴイルの形状。
「ふふん、逃がさないよ。シャウラ、折角<ホーライ>を起動してるんだ、極天導機のエーテライド使用。<ソールレイ>を使う。目標は索敵外へ離脱中の輝点、暗視画像に映るガーゴイル。座標補正頼む」
「直上へ最接近中の05番エメロードを使用します。備蓄光属性エーテルの変換開始。エーテライド充填……30……50……80……120。充填完了、照射可能時間30秒。進行予測、誤差修正縦軸プラス0.008、横軸マイナス1.025、角度0,203……補正完了。何時でも行けます、我が主」
「よし、薙ぎ払えっ!!」
「照射開始」
擬似360度全天周囲モニターに新しく画面が開く。蝕明けの人工衛星からの映像だろうか、やや浅い角度からの映像で帰らずの森と小高い山並み、そして地平線が見えた。その向こう側には夜を目覚めさせる薄い白のグラデーションが掛かっていた。
その光景をバックに空から降りる一筋の光線が森の上空を飛行するガーゴイルの後方へ突き刺さる。少し周囲が明るくなった様に思えた。遅れて光が降り注いでいる方向から、激しい鳴き声を上げながら慌しく飛び立つ鳥の羽音やこの世の終わりと言わんばかりの獣達の遠吠えが聞こえてきた。画面から視線を外し、そっちの方へ目を向けると遙か天空から地に突き刺さる様に一本の光柱が立っていた。再び画面に視線を戻す。
「予測より移動速度が早いのか」
「照射角修正0.003……0.001」
画面に映し出される光柱は森の木々を焼失させながら、高速で飛ぶガーゴイルの後方から緩やかに微修正をしながら確実に追尾して、追い付き、その存在した形跡すら残さないといった具合に眩い光の中へと飲み込んでいった。
役割を果たした光柱は徐々に細くなりながら、使命を果たし途切れ途切れの残光し、明るくなり始めていた空に消えていき、今まで騒がしかった夜とは打って変わり、辺りに静寂が訪れた。
「……<ソールレイ>照射終了。目標は消失」
一連の流れを見ていて俺が思った事は、剣と魔法のファンタジー世界は何処へ行った?である。
(今のは剣と魔法が行き着いた先だな。文明と言うのは魔法だろうが科学だろうが似た方向に進むらしい。ただ、更に先にいく前にそれらを過信した先人達が文明崩壊を招き、そこに至る経験や過程を失った所為で文明が退化し、現状に至ったのがこの世界なのさ)
婆さんのそんな教訓めいた有り難いお言葉が脳内に聞こえてきた。
「……さて、シャウラ、状況終了。管理者権限から使用限定モードへ、<ホーライ>はデフォルトへ」
「<ホーライ>稼動終了後、休眠体勢へ移行。極天導機は通常運行へ……システム終了直前、他の<ユグドラシル>からのアクセスを確認」
「ふむ、気にするな。どうせピーピングな女王様か、或いは今回の親玉辺りだろう。自己防衛機能が動かないのであれば好きにさせてけ、あとは任せた」
「了承しました、我が主」
(って事で輔よ、参考になったかな?これで今回のカスタマーサービスは終了するが、もし更なるアップデートを希望するなら<ホーライ>へ向かうといいだろう)
(一応、助かったけれど、なんか好き勝手やられて全然参考にならなかったよ!!……ただ擬似360度全天周囲モニターは漢の浪漫を感じるから、そのうち行ってみたい、気はする)
(気はする、か。まぁ、いいさ。ちなみに簡易モニターなら権限レベル3ぐらいで取得出来るぞ、地道に上げる事だな、はっはっはっ)
(……権限レベルの上げ方なんて知らないよ)
(シャウラの気分次第だな。色々と方法はあるが手っ取り早いのは己の血をやる事だな)
……えー、気分次第って何処のお殿様だよ、下手すると腹切って臓腑を捧げろって言われそうで怖いわぁ。……ていうか、シャウラが執拗に血を求めていたのはレベル上げにも絡んでいたからなのか。
そんな事を思っていると婆さんはシルヴィアさんに話し掛けていた。
「シルヴィアよ、まだ、戻れそうにないが孫の事は頼んだぞ。ついでに極潰しのジンの事もな」
「えっ?えっ?た、タス……も、もしかして、お師匠様ですか?!中身はお師匠様だったんですか?!」
寝転がっている俺に四つん這いになって近づいて顔を掴んで覗き込んでくる。シルヴィアさん、俺の頭の中に婆さんの記憶があるって知らなかったから慌てるのは判るけれど、手は土塗れだし、顔が近いし、うん、顔が近い。……俺としては眼福だけれど。
「今、語りかけているのは私の記憶の残滓だな。ただ言葉は偽り無く私の気持ちさ。必ず、戻るからそれまで元気にしているんだよ」
「は、はい。この身が朽ち果ててでもお待ちしております、お師匠様」
「や、それだと私の方が先に墓の中に居る事になるわ。せめて、お前さんが伴侶を見つける辺りまでには戻りたい。最悪、お前の子の顔を拝める辺りまではー……」
「……お師匠様、私の性格だとそのどちらも難しいと判っていて言ってますよね。相変わらず意地悪です」
不貞腐れる様に頬を膨らませ明後日の方を見るシルヴィアさんは少し微笑んでいた。
(……婆さんは、戻れないのか?)
(記憶で見ただろう、あの時、私と爺さん、静は岩扉を抜けたけれど、あの後、こっちに戻ってこれたのは、爺さんと静だけで私だけが帰れなんだ。流石に途方に暮れたよ)
(何か理由でも?或いは何か条件とか?)
(さぁな、色々と手を尽くしているが芳しくはないな。……さて、時間だ、輔よ)
(なんだよ?)
(ユー、ハブ、コントロール)
(え、え、あぁ、アイ、ハブ、コントロール)
(……ではな、また向こうで逢おう)
そう言ったきり、脳内で婆さんの声は聞こえなくなった。
俺は横になったまま空を見上げる。さっきまで地平の彼方を白く染めていたグラデーションは真上まで色を伸ばし、本格的な夜明けの様相を呈してきていた。
読んで頂き有り難うございます。
構成を考えず直感で自己満足しながら楽しんで書いているので他の人が面白く読めるかは判りません。
120%の適当加減さ。中途半端な知識を妄想でブレンドして、勢いと雰囲気だけで誤魔化そうとしています。
読み手に対する時間泥棒な作文です。読み辛い部分が多々有ると思いますが、そこは平にご容赦を。




