第013話 逢瀬のままに
続きです。
村の広場で繰り広げられたイベント。
オクノモリ商会の新製品の実演販売の見学や姉さんとサクラさんの模擬戦と村の人達との少し早い昼食会。買い物のついでとしては、余りにも物事が目白押し過ぎて、最終的に少し早い昼食までご馳走になったのだけれども、なんとなく気持ちとしては疲れてしまった。それでも当初の予定通り、目的だった衣類をようやく買い揃えて、正午前にしてようやく俺達三人は村の広場から撤収した。
陽の穏やかな光を受けている神社の参道っぽい雰囲気が有る森の小道を抜けて、ふじの湯別館へ帰還する。ツヅラさんはそのまま自分お仕事へと戻っていった。多少予定より時間が遅くなってしまったのだけれど。自分達の部屋の前で姉さんと別れ、お互いそれぞれの部屋に戻り一応、俺は買い忘れた物が無いかを確認した。と言っても、日用品の殆どが別館に揃っていたので、勉強で使う筆記用具、あとは荷物の持ち運び用にと大き目のバックを買ったぐらい。
そのバックに衣類を詰め戻ってきたのである。中には替えの下着、村人っぽい感じの綿で出来た普段着が数着。姉さんも多分、同じ様な構成だろう。そしてダイフクさんのお勧めの物品。俺は枯草色の外套を、姉さんはコートを。しかも真っ黒で裾が地面に付きそうなぐらいのロング。……在庫にサングラスは無かった様で少しホッとしたのはここだけの話。
異世界定番の武器は既に最強っぽい一品をそれぞれ受け取っているので無し。防具も当面必要無さそうだったので見送り。代わりにマリンキャスケット風な帽子も買ってきた。そうしたら、姉さんも真似して買っていた。まぁ、いいけどさ。代金はふじの湯別館のお館様持ちと言う事だったが、こちらの硬貨に興味があったので見せて貰った。
なんと言うか、少し長い麻雀の点棒っぽい形をしていた。この世界の流通硬貨で円柱貨と言うらしい。
転がるのを防ぐ為らしく、断面が微妙に楕円形をしていた。素材は鉄、銅、青銅、真鍮、銀。ロングとハーフ、角銭と価値が変わる。ロングの価値を10とすると、ハーフで半分で5。ハーフを5等分した一欠けらを四角く鋳造した角銭が1。この法則は鉄から始めり銅、青銅、真鍮、銀に適用される。
鉄ロング10ジェーン。銅ロングで100ジェーン。青銅ロングで1000ジェーン。真鍮ロング10000ジェーン。銀ロングで100000ジェーン。感覚として1ジェーンが約10円ぐらい。
……ん?万能包丁が通常価格3600ジェーンで約3万6000円。実演販売価格で1980ジェーンで約1万9800円。万能包丁、高くね?!……ま、異世界だし、いいか。
金と白金はその希少価値ゆえ、インゴットの様に未加工でも重さで取引出来る金属。故に国が保有する量が多ければ多いほど、その国力を表す為、保有資産として国庫の奥に仕舞われているとか。個人資産として流通している物もある様だけれど。まぁ、中には豊富な産出量で過去に流通硬貨に使用していた国もあったが、国外に持ち出され最終的に破綻、消滅した珍しい事例もあるのだそうだ。他に装飾品などに使われたりする。
そう言った事もあり、代わりに国家単位の取引で扱う物で国銭と云われる物が存在するそうだ。この国は刀銭。デフォルメされた片刃の剣の形をしている。他国は剣の形、槍や斧の形も在る様で国や地域でも色々と種類が有る様で、それぞれの国の特色を表しているんだとか。
国銭には重さの規格が存在していて、これも、一定量の希少金属でオリハルコンやアダマンタイト等の加工の難しい硬い物質を使用して作成している。加工が困難な故に、如何に豪華絢爛な模様を施せるか、また如何にその意匠を凝らしたかで価値が変わってくるとの事。
世界中の国々は己の国力を示す為に、その制作に力を入れているのだが、材料の産出量や日々の技術進歩でレートが常に変動しているのだそうだ。
貴族や大富豪の中には種類が豊富で様々な形の国銭を蒐集しているコレクターも存在していると言われている。その為、偶に過去の生産数が少ない希少価値の有る国銭がオークションにも掛けられ事もあるそうだ。
ダイフクさんは「私等一介の商人でも滅多に見ないモンですがね、はははっ」なんて笑っていた。つまり俺達も関係ないのだろう。
補足として、国銭同様に、お金の形も国に寄って様々で、円形コインタイプも存在しているそうだ。為替レートも国によって違うので国境を越えたら一応、両替所に行って確認は必須事項らしい。俺達に行く機会が有れば、の話だけれど。
多少、思考の横道に逸れたものの、実はサクッと買った物のチェックを済ませたし、シルヴィアさんに呼び出しを食らっているのでさっさと執務室へ向かうとするか。俺が廊下に出るのと同時に、姉さんも部屋から出てきた。動き易い格好と<更綱>を抱えている所を見ると、サクラさんとの模擬戦でなにか思う事があったのか。「ちょっと表の庭で練習してくる」と言って別館の外に出て行った。一応、「あんま遠くに行くなよぉ」って釘を刺しておく。
俺は執務室に向かって別館の廊下を歩く。扉の前に立ちノックをする。なんか学園の職員室に呼び出された気分だ。入室許可の声が聞こえ、なんとなく緊張しながら「……失礼します」なんて言葉を口にしながら扉のノブを回す。
執務室の扉を開けると目に入ったのは男装の麗人。パリッと決まった白いブラウスに足のラインを綺麗に見せる細く黒いパンツ姿。その白と黒のコントラストで描いているその女性は、執務室の机に据え付けられた椅子に足組みをしながら座っている。この別館の代行を務めているシルヴィアさん。
一見、学園の先生か有能な秘書が事務をこなしている姿に見えるのだが、俺が部屋に入った時に向けられた深紫色の瞳は、何かを見定める様に細められ、元々の切れ長で凛とした目元も相まって刺す様に鋭かった。それも一瞬で、扉を閉めた頃には、その威圧感はすぐに消え、昨日の夜、今後の方針を話し合っていた時の空気に変わった。若干、ピリめいているけれど。
「結構時間が掛かりましたね、買い物はきちんと出来ましたか?」
「はい。当面必要な物は購入出来ました。……ただちょっと余計なモノまで買っちゃいまして、それで、ちょっと時間を食ってしまいました」
「……余計なモノですか。なにか欲しいものでも有ったのですか?」
「いやぁ、俺じゃなくて姉さんが買っちゃったんですよ。参りましたよ、ははは」
広場での出来事は説明するのが面倒臭かったので濁して話しらシルヴィアさんの顔からは「?」が浮かびあがっていた。そして「コホン」一度咳払いをし、真剣な顔で俺に言葉を掛けてきた。ここからが本題だ。
『タスク君。貴方を呼び出した理由、お判りですよね』
『んー、異世界の言葉で話が出来るか?理解しているか?って事ですね』
『……やはり、話せましたか。読み書きの方も?』
「はい、一応。けれどまだ慣れなくて脳内で変換しながらじゃないと話せないので出来るなら日本語でお願いします」
そう、実はまだ直接的、感覚的に話せない。一旦、脳内での日本語と異世界語の通訳のプロセスを経ないと言葉に出せない。読み書きも同じ。言葉を脳内変換するのではなく、それ自体を直接理解し、やり取り出来るまでにならないと円滑な日常会話は厳しいと思う。
「……では説明を。貴方は何者で、そもそも、ここに何をしに来たのですか?」
「改めて言わせて貰うけれど、婆さん。は、シルヴィアさんのお師匠さんで大魔導師。爺さんは、ここのお館様になるのかな。俺と姉さんはその孫になる。そしてここに来た理由、有るのなら俺も聞きたい。何故俺達がここに来ちゃったのかを」
「……本当に、お師匠様とお館様のお孫さん、ですか。そしてこちらに来たのは、あくまで偶然だと。……それだけじゃ納得できません」
「俺だって出来る事なら向こうで大人しく過ごして居たかったですよ。まさか掃除していた祠の裏の扉がここに繋がっているなんて、知らなかった」
若干苛立ちながら言葉を返してしまう。まさか異世界に来る事になるなんて理不尽を通り越して非常識だ。しかも、それに身内が絡んでいるかもしれない。となるとちょっとsぢた憤りすら感じる。
「それでは何故、初めての世界なのに魔法が使えて、何故、知らない筈の言葉が話せるのですか?!それこそ理解不能過ぎて不可解の方が先にきます」
「昔、事故にあって死に掛けた。その際、婆さんが俺の命を助けてくれた。目はその時の後遺症。ついでに魔法の知識を植えつけてくれた。そんな所」
「……っ、それって、禁呪指定の記憶書き込み<ライティング>を使用した、と言うのですか?!……まさか本当に実在、したの?」
「えぇ、禁呪、ってなにそれ?あの時の事を思い出した記憶だと婆さんは催眠取り説とか言っていたけれど。そんなに危険なものなの、えっ、えっ?、ええっ!!」
「文明崩壊以前ならまだしも現在は他人にそれを使用するのは倫理的に禁忌となっています。まぁ、古い記録や名前は書物に記載されているものの、術式そのものは既に廃れている幻の魔法なのです」
「……知らないうちに身体を操られていたり、大事な記憶を奪われていたりする、とか?」
「あら、察しがいいわね。そして性質が悪いのは、本人が気が付かない内に使用者の思うがままの行動に出てしまっている事、なんですよ」
「えぇっ、それってまさか俺も知らないうちにこっちに来る様に仕向けられていたのっ?!」
それこそ、まさかだ。俺が事故にあったのは何年も前なのだ。その頃から計画をしていたのだとしても余りにも迂遠で時間を掛け過ぎな話だ。
「……実の孫に対して流石にそれは無い、と思いたいわ。でも、お師匠様の事だからまったくと言えないのが……本当に何を考えているのでしょうか?」
「俺の事故は命に係わっていたらしいから、その時は単純に命を助けてくれただけ、なんだと思う」
うん、考え過ぎると反って深みに嵌る気がする。それに何かあったら、その時はその時さ。「ケ、セラ、セラ」だったか。あ、姉さんが言葉に出すと「ケセラン、パサラン」って言いそう。そんな事を想像したら思わずクスリと笑んでしまった。って、また横道に逸れてそんなくだらない事を考えているから、ほらぁ。
「やはりその魔眼<龍の瞳>は抉り出して、お師匠様の思考を呼び起こす……むしろ、そこに埋められた知識をっ!!叡智を我が手にっ!!」
「え、えぇーっ、どんな思考経路を辿ると、その結論が導き出されるんですか!」
「安心して下さい、伝説級の代物です。大事に、大事に扱いますよ、それこそ、我が家宝として一子相伝させるぐらいには。でもその前に……」
……ついでに言葉尻で声のトーンが下がる様につぶやかれた「その前に私の伴侶を見つけ出さなければいけませんね」って、うん、それ聞こえないフリをした。しかし参ったな。この人、俺の両目の事、全然諦めていなかったよ。
「判りました。タスク君、私と付き合ってください」
「……えっ?!」
上手い具合に言い直したと思ったら、何言ってんのこの人?!まさか手短に近場に居た俺を手篭めにしようって言うのか?……や、絶対有り得ないっ!
「……あ、間違えました。私に付き合ってください」
……ですよねぇー。言葉遣いを間違っただけだった。女性にそう言って貰える事が無かったから、俺としては嬉しさ7、残念な気持ち3、ぐらいか。特にエルフな極上の美人さんに言われた瞬間に嬉しさは有ったけど、心の中で全力否定出来たからそんな割合になるだろう。女性と付き合った事すら無いから判らないんだよ。って、何か言い訳めいた事を考えてしまうのはテレから来ているのだろうか?
俺の頬が熱くなっている。多分赤くなっている。そして、言い間違えた本人も恥かしかったのか頬を赤くしていた。ほんと、何やってんだろう、俺達。
「と、兎に角、別館裏の遺跡に行くので部屋から魔杖<スコルピオン>を持ってきて下さい」
「了解です。ちょっと待ってて貰えますか、取ってきます」
「ええ、ついでに動きやすくて汚れてもいい格好に着替えて来て下さい」
「ィエッス、アイ、マム!仰せのままにっ!!」
「……え、ええっと『めでぃーっく』もそうですが、『ぃえっす、あい、まむ』ですか、たまに私の知らない単語が出るのですが、どう云った意味なのでしょう?」
「……知らなくても問題ない単語ですよ。単に自分の心の中で勢いを付ける為に使っただけなので、気にしないで下さい」
「ふむ、ニホン語って難しいのです」
や、そもそも日本語じゃないし、取り敢えずなんとか誤魔化して、「向こうの言葉を使う時は気を付けよう」なんて思いつつ、その場から離れる。部屋に戻って、買ってきたばかりの普段着と、日除けも兼ね、マリンキャスケット風な帽子を被り、枯草色の外套を羽織い、魔杖<スコルピオン>をケースごと持って出る。
執務室に戻るとシルヴィアさんに「あら、その格好似合っているわねぇ」なんて嬉しい褒め言葉を頂き、彼女の後に従い、別館裏手に在る風化した遺跡に向かった。俺は黙ってその後ろに付いていく。んー、でも、この流れって、やっぱりアレですかねぇ?学園で俺の代わりに偶に姉さんが買っていたヤツ。「お前少し生意気なんだよ、ちょっと体育館裏まで顔ぁ、貸せや」的なアレ。
思わずそんな想像をしてしまった。
読んで頂き有り難うございます。
自己満足しながら楽しんで書いているので他の人が面白く読めるかは判りません。
多々読み辛い部分も有ると思いますが、そこは平にご容赦を。
更新は気分的に、です。




